連作小説【シロイハナ】9



「買ってきたよ。」
「あぁ、ありがとうねぇ。」
「どこまでいってきたんだい?」
「近くのショッピングモールだよ。あんまり遠くにいくのはいけないと思って。」 
「そうかいそうかい。ありがとうねぇ。」
「外は寒かったろう。」
「ううん。そんなに。」

「あんたは昔からセンスがよかったからねぇ。」
「きっとお母さんも喜ぶよ。」
「ありがとうねぇ。」

「だといいけど。」
「じゃあ、そろそろいくよ。」

「もう、いくのかい?」
「うん、いく。」

「もうすこし話してやってほしいんだけどねぇ、あんたも忙しいんだろ?行く前にもう一回会って話してやっておくれ。」

「そうだね、わかった。」


*   *   *



いつからだろうか。母と仲が悪くなったのは。もういつからだったのかもはっきりと覚えていない。ここ数年、僕と話すとき、母が笑っている姿を見たことがない。おそらく高校の頃からだったと思う。母が僕の前で笑わなくなったのは。高校に入学したとき、僕は絶望していた。何をしても結果を出せず、当然両親が喜ぶこともなくなった。ずっと、自慢の息子だった僕がもう自慢の息子ではなくなった。


ちょうどその頃、母がガンになった。すべてが僕のせいではないと思う。あれから、父の会社は倒産し、父は新しい会社に会社員として勤めるようになった。決して給料がいいわけではなく、昔から抱えていた借金もあったらしい。生活は赤字続きだったと後になって知った。当時の僕は、何とか生活は回っているものだと思っていた。


引っ越してから両親の喧嘩が増えた。2階で勉強していると、1階から怒鳴り声が聞こえてくる。その声を聞く毎に、僕は仲裁に入った。話を聞くと、きっかけはほんの些細なことだ。「テレビばっかり見てないで、言われなくても少しくらい家事を手伝ってよ。」「手伝ってほしければ、言ってくれたらいいだろ?言われれば手伝うっていつも言ってるじゃないか。」これの繰り返しだった。



両親を喜ばせるために頑張ろう。この気持ちで今まで頑張ってきた。ただ、今の両親はもう僕の憧れではなくなっていた。こんなにも同じ理由で喧嘩を繰り返す親にうんざりしていた。「少しは学習しろよ。」そんな風にさえ思っていた。両親のいうことならすべて合っていると信じて、言われたことを素直に実行してきた。


僕は、何を信じたらいいのかわからなくなった。

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