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「スポーツと人間教育」 --その2020年的意味について

「スポーツは教育」vs.「いやスポーツはあくまでも競技であって教育と混同すべきでない」的Twitterバトルがあったらしい。でも「教育か競技か」という二項対立では消耗だけの宗教戦争。僕の結論は:

「2020年以降の日本社会にとって効果的な教育」ならば、スポーツに持ち込まれるべきである

その逆=過去の成功体験の繰り返しでしかないものは、明らかにし、外してゆくべきだ。以下、1原則ー2反論ー3真の原因ー4対応、と説明する。約3,000字。

1.原則:スポーツは教育である

世の少年少女スポーツは、原則、人間教育の一環だと思う。総予算3兆円ともいわれるオリンピックのみならず、毎年の国体(2014滋賀国体で主催県213億円+参加県も予算投入する)、学校部活での教師の無償労働、公共放送でのスポーツ放映、等々、直接間接に投入される公的リソースは莫大。それだけの公的な理由があるということだ。

新潟の子どもスポーツクラブ代表による丁寧な説明:

これによると、発端のツイートとは、バスケ指導者or審判が、中学生の審判に対するリスペクトの欠けた言動に「チームでそういう部分を教えてもらわないのか」と苦言を呈したらしい。正論。それを踏まえての上記Noteのポイントを抜き出すと:

・競技力を純粋に追求した結果として磨かれる人間力はある
・競技力は一瞬、人間力は一生
・スポーツの人間教育的効果は、スポーツ指導者の価値を高める第一の戦略

正論。これを受けて「だから西欧近代文明において大事にされてきたよね」と大学のスポーツ担当:

近代オリンピックも、こんなエリート校を卒業した欧州貴族達の究極の遊びとしてスタートしている。

2.分離論

こういった意見への典型的な反論として、「サッカーを教育と混同しない方が良いと思う」というツイートも見られた。(上記noteでの事例かは不明)その理由、「サッカーはサッカーであり、審判への抗議が良い方向に働くこともあれば意固地にさせてマイナスに働くこともある。どちらもひとつの戦略でしかないでしょう? 」とは、一見、競技力=正義、というスポーツ原理主義のように見えた。

が、ツイートをたどってゆくと、

と、つまりは「スポーツに持ち込まれている教育の中身」を問題視している。

実際、多くの日本のスポーツ指導の現場で、マナー・礼儀についての指導は徹底されているけど、それらは、表面的・一方的・ときには服従的な礼儀が強調されがちな面があるかと思う。

でも、今のビジネス環境に必要なコミュニケーションとは、双方向性が基本。特に中〜上層=良い会社ほど、地位が上がるほどそう。だからズレてしまうし、そのズレが年を経るごとに拡大してしまう。(ちなみにここまで紹介したお三方は東大出身スポーツ関係者、偶然なんだけど、みな教育問題への関心が高い)

同様の意見:

こういった問題意識を共有する人たちが、Twitterで100字前後で発信する時に、「スポーツと教育を一緒にするな」とワンフレーズ化する。

つまり問題は、「教育」の定義がなされていない点にある。

この状況で建設的議論は無理だ。Twitterあるある😁

本当に必要なことは、「どのような教育的意味を、スポーツに込めるべきか?」という二項対立からの昇華ではないだろうか。

(そこに至る過程として、いったん分離してから、あるべき姿をゼロから作っていこう、というゼロリセットのための分離論は合理的だと思う)

3.真の原因:20世紀日本スポーツ文化

日本の伝統的なスポーツ文化で重視される礼儀とは(軍隊式と言われることもあるけど、それよりも)、20世紀後半の日本の経済状況、特に製造業に最適化された仕組みであると思う。たとえば

" 「定形業務を真面目にこなすこと」の価値・・・作れば売れた時代、システムよりも人力が主たる事務をこなしていた時代は、工場、事務、サービス現場に大量の人力を要求したため、ブルーカラーもホワイトカラーも、「定形業務を真面目にこなす」ことで、明るい将来を約束されていた。” (安達裕哉さんブログより)

という時代だ。戦争は1945年に終わったわけで、いくらなんでも、時代の要請に応えない仕組みが75年も続くはずがない。軍隊的要素があるとすれば、その製造業文化の中に軍隊要素もあったから、という理由だろう。(僕はトヨタ筆頭に製造業王国の愛知県三河地区で、1980年代の管理的な公立学校で育っていて、実体験から言ってます)

しかし2020年、もはやそんな時代ではない。たとえば、日本経済新聞オンライン2020/7/22就活探偵団 「体育会系就活、必死の汗 試合なく時間できても逆風強く」

ガッツやチームワークがあり打たれ強い――。体育会学生といえばこんなステレオタイプなイメージもあり、かつては企業の人事担当者から一目置かれていた存在だった。・・・しかし今年は、体育会系の学生にも内定獲得に苦しむ姿が目立っている。・・・「特定の体育会系学生の採用枠が縮小しているのではないか」。都内にある大学のキャリアセンター担当者はこう指摘する。・・・これまで就活でアドバンテージになっていた「体育会」の看板が、コロナの影響もあり急速に通用しにくくなっている

4.まとめ:2020年以降のスポーツ文化へ

「スポーツと教育とは一体」である点は、それこそ大英帝国イートン・カレッジから変わらないが、「教育」の中身は時代の変化に対応してゆくべきだ。

日本では、20世紀型の「スポーツを通じて磨かれる人間力」とは、20世紀後半の社会のニーズに合っていた。この点で時代に大筋では対応できていたと考えられる。

でも今、ズレがあちこちで目立っている。にもかかわらず、教える側の価値観の押し付けがあちこちで起きていて、さらに「スポーツとは教育である」論によって押し付けが正当化されることもある。教育とは、教える側でなく、教わる側が主役であるはずなのに。

だから「時代からズレたスポーツ文化は、教育と分離すべきだ」という主張も生まれるのではないだろうか。

ならば今、本当に目指すべきは、2020年バージョンの人間教育へと、スポーツが目指すものも変化させること。

2020年以降とは、東京五輪だけでなく、大学入試制度改革もある。中高の学校教育も変化を迫られている。

スポーツには、こうした変化に対応できるだけの力があると思う。まず必要なのは、20世紀に終わった成功体験を捨てること。

そこで・・・

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【対象者】
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【概要】
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日時: 2020年8月23日(日)13:30-16:40
会場: 国立オリンピック記念青少年総合センター センター棟 会議室(東京都渋谷区代々木神園町3-1)
定員: 10名程度(会場定員の1/3)

(セミナーはマスク着用ですが、長時間のマスクには、唇にマスクが当たらず、息苦しくなくて、不快感解消でき、軽くて使用感もないブラケットが便利、当日も使用予定)

・・・

関連note:


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