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孤独のタクシー飯 ride.4 荻窪「中華徳大」で半ラーメンの前菜としての可能性を思う

38歳、2人の子供がいる。東京大学に11年間在籍した後、文筆家になるという夢を追い始めた。しかし、夢とは夢で稼ぐことではないと気付き、家族を養うためにタクシー運転手を始めた。

お客様にご乗車頂きながら辿り着いた街で、今日も、独り飯を食う。

……。

……。

若手のタクシードライバーと縁が出来て話してみると、食事に時間を掛けているドライバーはほとんどいなかった。食事をすると眠くなるため、コンビニでチキンを食べる程度に止めることが多いそうだ。

確かに食事に時間を使うのは無駄という意見もある。歩合制なので車を走らせている時間が長いだけ稼げるのだから。もちろん3時間は休憩を取るという法的な規制はある(アルバイトの休憩などと同様、これは事業者に対する規制である)。

といっても出庫してから帰庫まで最大で20時間という規則さえ守ればいいのだ(確か最大で21時間までである)。そして、20時間中14時間はハンドルを握っている必要がある。ハンドル時間の定義などはややこしいのだが、労働基準としては大まかにはこうなっている。

ということは、6時間までは休憩することも可能ということだ。もっともあまりギリギリになるのはよろしくないので1時間余裕を見ても5時間休むことが出来る。そう考えると食事に30分を使ったとしても4時間半を休息にあてることが出来るのだ。

もちろん、そんなに長時間休む必要はないのだが、タクシードライバーを続けながら方々の町で食事をしてエッセイをしたためることは十分に成立するということがわかった。

問題は高確率で美味しいお店を見つける嗅覚があるかどうかと、毎回必ずかかる駐車場代である。路上駐車は、交通の迷惑になるし、タクシードライバーは違法駐車とスピード違反だけは犯してはならないのだ。2重で罰則を喰らう上、使役者の会社も罰せられる。

さて……。

今後も続いていく目処がついた。

そして、タクシードライバーとしての勤務にもだいぶ慣れてきた。わずか4乗務目ではあるが、東京の道は概ね把握したので、ナビさえ駆使すればどこにでも行けるようになった。ホテルや病院などの苦手な目的地はあるが、いずれわかるようになるだろう。

運転にも地理にも自信がついたので、タクシードライバーの主戦場である港区へと車を走らせていると、あれよあれよという間に辿り着いたのは阿佐ヶ谷であった。

時間は、19時半——。

場所は、阿佐ヶ谷——。

最高のタイミングで、最高の場所に着いた。うまい飯の予感がする。お客様にご降車頂いた後、駅のロータリーを向けて中杉通りに入る。この辺りにパーキングエリアがあったはずだ……。

そう思っていると、お客様の手があがった。

休憩に向かうときは回送版を掲示してもいいのだが、すっかり忘れていた。お客様が巨大な荷物を持っている、泥酔して会話が出来ないなどの特別な事情がない限りは、空車の時は拒否してはならないという鉄の掟があるのだ。

もっとも、それはそれ、これはこれ。食事の時間はずれるが、お客様がいるなら最優先である。ちなみに回送板を掲示して走行し、お客様を見つけた時だけ空車に変えるのもお客様を選ぶ行為なので違反である。

今日は前置きが長くなってしまったが、お客様と共に訪れた場所は荻窪駅の近くであった。これは幸運であった。阿佐ヶ谷にはまた縁があったときに行くとして、今日は荻窪で食べよう。

とはいっても荻窪の飯屋には詳しくない。どうしたものかと思い適当にうろうろしていると、町中華のお店を見つけた。

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ここで食べることにしよう。

店の外観はオーソドックスながら、町中華にありがちな不潔さはない。メニューが多いお店には外れもあるが当たりもあるので難しいところだが、長時間の運転で少し疲れていたので、中華徳大へと入った。

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店内に入るとカウンターが15席ほどあり、8割ほどが埋まっていた。そして、カウンター内には料理人であるおじさんが2人。食器の洗浄や給仕、盛り付けなどをしているご婦人が2人であった。この規模のお店としてはスタッフが多い。そして、ご婦人の一人は、失礼ながらとってもご飯が好きそうな方で、働きぶりを見ているだけで食欲が湧いてきた。

女性が二人も入っているせいもあってか、掃除が行き届いていて、床が脂ですべることもなく、コンロ上の換気扇も綺麗であった。

メニューが多くて悩んだのだが、「徳うま丼と半ラーメン」のセット850円を注文することにした。店外のメニューにはなかったような気がしたのだが、帰り際に確認したところ、「豚バラのうま丼と半ラーメン」と書いてあった。このあたりの表記揺れはメニューが多すぎるがゆえだろう。

調理を待つ間に、中華徳大に対する期待は高まっていた。このお店、においが美味しいのだ。中華料理と言えば焦げた調味料の匂いが漂っていて、それが周囲の建材や壁紙に染みついているように感じられることがある。しかし、清潔感溢れる徳大では、あくまでも今調理中のものだけから香りが漂っている。もちろんこれは感覚的な話である。

徳大では焦げたソースではなく素材そのものの香りが感じられた。店員さんも明るく愛想が良い。なんて美味しそうなお店なんだろうか。

まずは、徳うま丼が運ばれてきた。

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野菜でご飯が見えない。掘ってみると下の方にご飯が隠れていて、豚野菜炒めの汁がたっぷりかかってダクダクになっている。これは……、まずいわけが……。まだ、早い。まだ判断するのは早い。味つけがずっこけていることもある。

かつてぼくは塩を入れ忘れたかのようなラーメンすら食べたことがあるのだ。

野菜炒めを口の中にいれるとスパイシーな香りが広がった。なかなかパンチが効いている。と思ったところ、これは……。酸味だ!酸味がある!

お酢が入っているようだ。それなりに油も使っているだろうし、スパイスも効かせているのだが、最後に酸味が感じられるため、後味が妙に爽やかななのだ。野菜も豊富に入っていて、もやし、ニラ、人参、ネギ、タマネギが発見された。ネギとタマネギが同時に入っているということは、余り物野菜を適当に放り込んでいるのかもしれない。あるいは高度な計算かもしれない。

そう考えると半ラーメンがやってきた。

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これは……。サイズこそ少し小さめだが実に本格的なラーメンである。美味しそうだ……。

ぼくはラーメンのつゆから飲むことにしている。口に入れると、海の香りがした。にぼし系ラーメン!!まさかのにぼしである。やる気のない鶏ガラに味のないナルトが浮かんでいるラーメンではないのだ。町中華の半ラーメンとしては頂点なのではないだろうか。

ラーメンを食べ進めると、無性に徳うま丼が食べたくなってくる。濃厚なにぼしの香りが食欲を誘うのだ。うまみを凝縮したスープなのでうまいのは当然といえば当然なのだが、これだけ食欲を誘う効果があるとは思わなかった。

これからは料亭の前菜は半ラーメンにすればいいのではないだろうか。

ラーメンをすする。
丼を食べる。
ラーメンをすする。
丼を食べる。

何往復かしているうちに、あっという間になくなってしまった。美味しかった。特に徳うま丼の底に残った、酸味のある汁でダクダクになったご飯は永久に食べていられる美味しさだった。

本当に美味しかった。

ごちそうさまでした。

帰り際に「チャーハン券」をもらった。ご主人が体調を崩し養生中なため炒飯を多数作ることが出来ないのだそうだ。そのため券を持っている人限定で炒飯を提供しているのだという。確かに炒飯は体力を使いそうではある。

次に訪れたら炒飯かな……。荻窪まで乗ってくれるお客さん見つけないといけないな……。

店を出ると口中をくすぶる酢の香りが妙に爽やかで中華量を食べた後とは思えなかった。スパイシーでパンチは効いていたが効きすぎではない。爽やかさもあったが、爽やかすぎない。実に絶妙だった。

徳大の美食の力もあってか、この日は縦横無尽の活躍をして、4乗務目にして売上額が5万円を超えた。コロナ騒動で人が少ない時期としては十分な数字とのことだった。

やはりうまい飯は力になる。営業効率は悪いかもしれないが、ぼくはこれからも飯屋を探していこう。

さて、次はどんな町でご飯を食べることになるだろうか。


中華徳大
最寄り荻窪駅(JR中央線、丸の内線)
東京都杉並区荻窪5-13-6

食べログ
https://tabelog.com/tokyo/A1319/A131906/13001111/

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本当にありがとうございます。食費は仕方がないにせよ駐車場代もかかるので本当に助かります。頂いたサポートを励みに今後も書いていこうと思います。目標は毎乗務の執筆です!
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作家・Youtuber。偏差値30からの大学受験を経て東京大学文科Ⅱ類(経済系)→文学部に進学(宮沢賢治の生命観)→大学院は理転して農学系(アワビ類の行動生態および繁殖生態の比較)→自主退学しスポーツ系の物書きに。著書『サポーターをめぐる冒険』がサッカー本大賞2015を受賞。