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闇夜のフクロウは二度飛ぶ。 OWL magazine; flight 02.



動ケバ雷電ノ如ク
発スレバ風雨ノ如シ

この二行の言葉が好きだった。

山口県下関市にはこの言葉が刻み込まれた石碑があると聞いている。いつか拝みに行きたいと思いながらもなかなか行く機会を作れずにいる。

Jリーグが再開した暁にはレノファ山口を見た後、下関をめぐってみたい。そうしよう。旅に出たいという人間の本性と、サッカーを観たいという欲望は、コロナごときには決して屈しない。もちろん、一時の我慢は必要であるが。

さて、二行の言葉を刻んだのは、時の宰相伊藤博文であった。

伊藤博文が、とある人物を評したのが、冒頭の二行である。


動 ケ バ 雷 電 ノ 如 ク

発 ス レ バ 風 雨 ノ 如 シ



その身を動かす時は雷のように速く、言葉を発するときは嵐のように激しい。

伊藤利助という名もなき青年は、そんな男に憧れていた。その男は、ぼくに言わせれば極めてクリエイティブな人間であった。

その男は、江戸幕府を中心とした連合軍に攻め立てられ、窮地に陥った幕末長州において、奇跡を起こした。なぜそんなことが出来たのか。

誰もが絶望する中、一人未来を見据え、戦う気持ちを失わず、打開策を考え続けたからだ。クリエイティブな人間はどんな状況でも考えることをやめない。いや、特殊な状況、追い詰められた状況こそが本領発揮なのである。

自分を慕う少数の仲間達と共に挙兵し、小さな革命を起こした。そしてその動きは、次第に大きな共鳴を引き起こし、260年続いた江戸時代を終わらせた。そして、近代日本という国家が誕生した。

万能な人間ではない。むしろ欠点だらけであったと言えるだろう。そして、能力においても凡人であった。剣術も、学問もすべて人並みであった。

それどころか、やるべきことを投げ出して他人の金で遊郭に上がったり、めかけにした遊女と供に逃避行を演じたりもした。

決して真面目な人間ではないが、現代風に解釈すると、常にクリエイティブであろうとしていたといえる。


だから、好きだったのだ。


ああ、本当に好きだった。高校に通っていた時は、彼の言葉を何度も何度もノートに書いた。

わずか28歳、肺結核でこの世を去った高杉晋作が最後に残した言葉、辞世の句は有名である。


面 白 き 
こ と も な き 世 を
面 白 く


高杉晋作に惚れ込んでいた伊藤博文は、明治44年になってもその勇姿を忘れていなかった。高杉晋作のクリエイティビティは、国家の宰相にも影響を与えた。

もっともこれは司馬遼太郎の描いた高杉晋作像であり、実際の晋作とは異なっている可能性もある。いわゆる司馬史観の産物なのである。

ただ、ぼくからすると、それが事実かどうかは関係ないのだ。ぼくの中の高杉晋作はそういう人物である。それがフィクションだろうが、ノンフィクションだろうが、どちらでも良い。


動けば雷のように速く

発するときは大声と供に正義を説き

時には人をおちょくったような奇策を弄し

身体は常に軽く

感性は誰よりも鋭く

どんな時でも自分を信じ続けた



俺も、動くぞ!!!


思えばずっと弱っていたのだ。昨年は、投薬治療を受けている件があり、常に活性が低かった。それでも原稿だけは何とか形にしてきたのだが、それ以上の大きな活躍は出来なかった。

思えば、OWL magazineからの収入はほとんどなかった。今冷静に考えると変な話で、購読者の皆様の半数はぼくの記事から入ってくれていて、ぼくのことを支援してくれようという気持ちもあるのだろうと思うが、そのお金はぼくのところには入ってこない。

他の著者への原稿料として流れていくため、昨年の収入は確か100万円にも満たない。OWL magazineのタスクが多量にあるため、他の仕事も満足に出来ず、非常に困窮したのだ。

プロの書き手としての誇りはあるのだが、記事を書いても稼げないというのはなかなか辛いものだ。何年も前、デビューしたばかりの頃を思い出した。

貧すれば鈍する。

紛れもなくこういった状態であった。

昨年は収入が少なすぎて頭が回らなくなっていた。欲しいものがまったく買えない。日用品も嗜好品も我慢しなければいけない。仕事に必要なものも買えない。ZOOMの有料プランにも入れず、経費で出すことも断られ、結局タクシーで得た収入でようやく入ることが出来た。

とはいっても、単に節約していただけではなく我慢の反動で、新宿ゴールデン街で飲み歩くようにもなった。これが良かったのかどうかはよくわからない。逃避と言えば逃避であっただろう。ただ、ゴールデン街で深く酔っているときに、ぼくの中の感性は少しずつ変化していったように思う。

一度心の底から酔う必要があったのだ。今思うと、高杉晋作みたいだなと思ってクスリと笑った次第だ。

あまりいいことではないが、正直人生に充実感がなかった。稼げないという状況は男を弱らせるのだ。

昨年、唯一買えたのがOWL magazineの動画発信用のパソコンであるが、これが21万円。OWL magazineから得た年収は、たったの10万円なので、これだけでも赤字である。それでも、仕事に使えるガジェットがあるのは良いことだ。思考するにも道具が必要なのだ。

ただ、家計が困窮しきっていたので随分と借金をした。額面としては3桁万円を超えているので、なかなかのものである。そのくらいしないとOWL magazineを続けていくことは出来なかった。

さっさとやめて他の書き物をすれば困らない程度には稼げたのだが、やめようと思ったことはなかった。

フクロウはもっと高く飛び上がれると信じていたからだ。

ただ、どれだけやっても状況は良くなりそうにない。購読者を伸ばすとか、OWL magazineをもっと良いものにしていこうとかいう動きをする人材が編集部にいなくなってしまった。

これではいけないと思ったのだが、一人で変えることは出来ない。能力的にも出来ないし、周りに味方が少ない状態では、なかなか強い物言いも出来ないようだ。

すべては停滞していた。

挙げ句に、有料記事を書くのは苦痛だから無料マガジンにしたいとか、大きくするのはもう無理だという意見が、運営をする人間からも出るような体たらくに陥っていた。

それは嘘偽りない気持ちなのだろう。無理だと感じたから、無理だという言葉が口に出たのだ。


でも、本当にもう動けないのか?

もう、手は動かす気力もないのか?

見上げれば大空が見えるのに、そこへと飛び立っていこうと思わないのか?


ただ、責められない。ぼく自身も、OWLの活動への強い愛着はあったのだが、借金をして、文筆業だけで返せるあてもないという状態であった。毎日が快適とは言いがたかった。まさかライターとしてデビューした一年目よりも収入が少なくなるとは思わなかったし、その状態で二人も子供を育てるなんて狂気の沙汰であった。

どう考えてもOWL magazineを続けていくのは難しい状況であった。確かにそれは正しい経営判断なのかもしれない。しかし、ぼくは断固として従わうつもりはなかった。

また、OWL magazine編集部の雰囲気も暗くなっていた。始めたばかりの頃は書き込みこそ少ないものの希望に溢れていたように思うのだが、次第に陰気な場所へと変貌してしまった。クリエイティブな活性は皆無で、連絡事項などを伝えるだけの場となっていた。

何とか打開しようとアイデアを出すのだが、誰も返信をくれなかった。何かを変えようと施策を打とうとしても「うまくいくかどうかわからない」などと言われて拒絶された。

しょうがないから自費でパソコンを購入し、何もかもすべて一人ではじめたYoutubeも、登録者が1000人を超えたにも関わらず「無駄な時間」の一言で片付けられてしまった。

ただ、ぼくはやはりお人好しだ。その時点では怒ることはしなかった。今思えばもっと早い段階で怒っていれば良かったのかもしれない。人に対して怒るのではない。

状況に対して怒り、吠えるのだ。

ちっともうまくいかず、原稿が遅いとか、編集が遅いとかいう批判だけを受けて、編集者もつかず、誤字脱字だけがペロッと貼られ、記事の感想ももらえない。そんな状況でもやめようとは思わなかった。

ぼくは馬鹿なんだろうか?

そう言われるとそうなんだろうと思う。でも、やはり約束は果たしたかったのだ。

だから、OWL magazineを続けながら自分の人生を成立させる方法を探し続けた。

そんな中で思いついたのがタクシー運転手であった。

歩合制なのでうまくやれば月収40万円を超える上、執筆やOWLの執務が出来る時間的余裕も作れそうな仕事であった。それだけの収入があれば、借金を返済しつつ、家計を成立させ、OWLにも突っ込むお金が出来る。

また、お客様との交流が、創造的な感性を刺激してくれることも期待できた。

ぼくは物書きであり続けるために、物書きであることを捨てたのだ。

かつて書籍を書いた時は、作家と名乗った。

しかし、今は作家ではない。専業のライターですらない。

ぼくはタクシードライバーだ。


それが他人にどう見えるかなんて、まったく興味がない。Yahooコメントでは、東大を出ていてタクシー運転手になるやつは無能かアホウだというコメントが溢れていたと聞くのだが、それは価値観の相違である。

見方によってはどんな行き方だってアホウの生き方には変わらないのだ。どんなアホウとして生きるかの違いだけがある。

例えば、古いディズニー映画映画『メリーポピンズ』では、銀行に勤めて冷たいお金に囲まれている人物を「かわいそう」と表する一方で、仲間達と一緒に煙突掃除にあけくれている薄汚れた男達を活き活きとした存在として描いている。チムチムチェリーである。

収入が少ない方が幸せだと言いたいわけではない。ご存じの通り、世の中はそうはなっていない。しかし、どういう姿勢で仕事に向かえるかが、幸福度を左右するといえば誰もが頷いてくれることだろう。

「快活に生きる煙突掃除のような銀行屋」もいれば、「沈鬱な銀行屋のような煙突掃除」もいるのだ。

大事なのはどんな肩書きを背負うかではなく、どのようなメンタリティで働くのかである。

ぼくに必要なのはOWLを存続させるためのお金であり、家族を養うために必要なお金であった。どうしてOWLが必要なのか。

それはクリエイティブな感性を刺激し合う仲間が集う場所だからだ。ここは仲良しの集まりじゃない。同窓会ではないのだ。人の出入りは気にしない。去る者は追わないが、ドアを叩く者は心から歓迎する。それでいい。

OWLは終の棲家である必要はない。ここは空港のようなものだ。チェックインを済ませ、一時の安らぎを得た後、それぞれの翼で大空へと羽ばたいて行けばいいのだ。

新しくラジオ「中村慎太郎のクリエイティブドライブ」の中でも紹介したエピソードであるが、サッカーメディア界のドン(?)岩本義弘さんからこう言って頂いたことがある。

「初期費用なら出してあげるから何か起業してみたら?慎太郎くんくらい賢かったら絶対うまくいくと思うよ」


岩本さんが入れてくれたワインのボトルは4本。既に脳みそは麻痺していた。あれ、それは違う日だっただろうか。岩本さんは本当にお酒が強いのだ。思えばその日は、宇都宮徹壱さんと某Vtuberさんがいた日だっただろうか。

詳しいことは思い出せない。
さておき、泥酔した状態でぼくは思った。


OWLを何とかしなくちゃ……。


ここにはOWLの活動が好きで集まってくれた仲間がいる。何よりぼくの表現が好きで購読してくれた読者がいる。OWLの活動を支援したいという気持ちで、正直言って不調の月もあったのだが、それでも解約せずにいてくれた読者の皆様がいる。

ぼくはOWLではプロのメンタリティを求めようと思う。プロとアマチュアの差とは何か。

プロは読者のことを考える。そうでなければ、報酬を得ることが出来ないからだ。報酬とは誰かの役に立った証なのである。

アマチュアは自分のことを考える。自分がやりたいことが出来たかどうか。自分がどう見えるかを考える。

どちらが良い悪いではないが、OWLは有料マガジンである以上、プロフェッショナリズムである以外の選択肢はないのだ。

無料マガジンにしてアマチュア化するというアイデアも運営レベルから出たのだが、冗談じゃない。ぼくはプロの書き手だ。稼ぎが多いか少ないかは、プロかどうかの基準ではない。もっとも昨年は異常に少ないだけで、普通はもうちょっとまともである。

まずはここからだ。ぼくの活動を支持してお金を出して購読してくれている方がいる。そこに応えることが出来ないならば、ぼくは駄目だ。他の何をやってもうまくいかないだろう。

OWLをもっと大きくして、ちゃんとした収入にしよう。稼いだお金でもっと面白い活動をしよう。表現する人、クリエイターを育てよう。

そして、みんなの力で、革命を起こすのだ。赤い仮装をしてプロレタリアートの鉄槌を下そうという話ではない。忘れかけてたマイレボリューションである。


ところで、ここに書いた“みんな”とは誰のことだろうか。


ぼくにとって屋下えまさんは永遠の同志である。彼女は常に無償で、というよりも大きくマイナスな状態で、ぼくの活動や、ぼくが見いだす文化祭的な楽しさを支えてくれていた。

新宿ゴールデン街で、岩本義弘さんがえまさんに聞いていたことがある。別の飲み会で(確かこれは横浜のあたりだ)、宇都宮徹壱さんも同じ事を聞いていた。

「どうして、慎太郎のために色々してあげるの???」


どうしてそうしてくれるのだろうというのは、どうもえまさん自身も明瞭にはわからないらしい。結婚前の妻も一緒にバスケをしていて、家族ぐるみの付き合いだからなのかというとそうではないだろう。バスケ仲間で密に繋がっているのはえまさんだけだからだ。


ただ、一つだけ思うのは、クリエイティブであることが、ぼくの存在価値の一つなのだろうということだ。作品作り、表現、クリエイティブ集団としてのOWL、そういったものを彼女は支持して、高く評価してくれていた。

だからぼくも、クリエイティブな人生を目指すようになった。そういう関係性ではありそうだ。


次に変化があったのは、やはりとよださんとの出会いだろうか。OWL magazineの読者であり、流浪のプロジェクト「ハトトカ」からのリスナーであった。とよださんは、ぼくの活動やOWLに対する強い愛情を示してくれた。

とよださんが連絡をしてくれたのは、ちょうど借金を追加して、いよいよ首が回らなくなったなと思っていた頃だったので、非常に心強く思った。ぼくの活動が、知らない誰かを楽しませ、人生に影響している。OWLは無駄ではないのだ。

とよださんは、その後OWL magazineで素晴らしい記事を書き上げた。この記事は、ぼくが助産師となり、とよださんが産み落としたのだ。

おじさん二人で出産している風景を想像するとなかなかおぞましいのだが、クリエイティブの現場とは常に壮絶なものなのである。


「なんでぼくを最初から誘わないんですか?」

という勇ましい宣言と共に現れたfooty-sab氏、読者から鮮烈なデビューをして今は主力ライターとなっているほりけん氏。華麗なる失踪と華麗なる復活を遂げたコンスレンテつじー。

ゴールデン街からの刺客、サッカーメディア界隈で五百蔵容さんの次に漢字変換が難しいとされている名久井梨香も主力になってくれそうだ。

カンボジアからのぴろぽんぴんは、ぼくの表現物をずっと愛でてくれた頼もしい友人だし、たくさんとの出会いは今思っても冗談みたいだ。

マリオさんは未経験から編集者を目指し始め、新しくフォレストに入ってくれたYOUさんは壱日目からクリエイティブなセッションに参加してくれて非常に頼もしい。

心の支えであるスナックのママかずみさんもいるし、サッカー界最強の読者の異名を取るこまきたさんもいる。突然現れたラジオパーソナリティ候補のサカマキさんも、とても面白いことになりそうだ。

そう、OWLでは手を上げた人は寄稿が出来るし、適正とやる気次第ではラジオパーソナリティにもなれるのだ。

企画から喋りの練習までプログラムを組んで実施しているので、未経験でも問題なく出来るはずだ。

こんな集団があるだろうか?

あれ、誰か忘れてるかな?


うん。忘れていないよ。この二人がいなかったらOWLの新章は開幕することがなかった。

まずはあすかさん。
彼女はようやく現れた新しいことを始めることを恐れないマインドの持ち主であった。

これまで「新しい」とか「成功する保証がない」とか「効果があるかわからない」という理由で反対されていた色々な提案が、あすかさんが入ったことで通るようになった。見事なまでの調整能力でぼくのアイデアをサポートしてくれる。

バランス感覚が優れている上、クリエイティブなものごとを評価する優れた目を持っていることにも気づいた。そして、レモンサワーが好きで、お酒を飲むとメチャクチャである。だから最初の数ヶ月くらいは、ただの酔っ払いというイメージしかなかったのだ。


全員は紹介できないが、このようなメンバーでOWLは生まれ変わった――。


……。


あ、そうだ。

五十嵐メイというOWLの申し子についても話さないといけない。


彼女は斜め上の方向から突然現れた。とあるライター募集サイトを見て、未経験ながらライターになりたいと言ってDMをくれたのだ。

しかし、不可解であった。ライター募集サイトなどに登録した覚えがなかったからだ。

調べてみると、ネット上のメディアに書かれている募集情報を勝手に転載するサイトであった。要するにゴミ情報が載っているサイトであった。募集の連絡先が、中村慎太郎のDMであったため、ぼくに連絡をくれたのであった。

そのサイトを見ていると、なんとも言いがたいゴミのような募集が溢れていて、その中から見つけた宝石がOWLであったのだろう。

思い出す。

32歳の時、ライターになりたいと思って、大学院を飛び出してきた。その時、たどり着いたのが、同じようなゴミクズ案件しか載っていない募集サイトであった。

ぼくは便所の落書きのような適当な募集に飛びつき、1記事70円というとんでもないぼったくり価格の記事を大量に書く仕事に取り組んだ。

前から見ても後ろから見てもブラックな案件で、その起業もウェッブライター界隈では有名なブラック企業であった。

詳しい人のために補足すると、当時はバックリンク作成のためのゴミ記事を書くという仕事が無数にあったのだ。

その後、1記事250円というもう少しマシな案件を見つけた。とはいえ、時給が200円を切るようなものはまともな仕事ではない。それでもやり続けるしかなかったのでとても苦しかった。

最もその時のほうが昨年よりもまだ収入はあったし、借金をする必要もなかったのだが。

さておき。

このままでは駄目だ、何としてもライターになりたい。彼女の強い思いは、確かに届いた。ぼくは全身全霊で彼女を育てることにした。というよりも、誰かを育てようと思うとき、ぼくは手を抜かない。

ぼくが添削を入れると魔法のように原稿が面白くなるのだ。その代わりぼくはヘトヘトに疲労する。能力はあるが得意ではないのだ。ぼくは編集者ではなく書き手なのである。

文章を教えたことで憎まれることもある。感謝の言葉の裏に憎しみを感じることはあるのだ。そういうものは欠片でもあるとすぐにわかる。そしたら次は手を抜く。評価するときもただ褒める。そうしておけばとりあえずご機嫌で次のものに取り組んではくれるし、少しずつなら成長はするだろう。

どこまで上を目指すのかについては、人によって違う。ぼくは上を目指す人の方が好きだが、そうではない人も含めてやっていくことが大切だと思っている。

ただ、気持ちが伝わらないことも多い。というより大抵は伝わらない。しかし、伝わることもあるのだ。五十嵐メイにはしっかりと伝わった。

五十嵐メイとは二人三脚で苦労しながら、時には前のめりでずっこけながら最初の作品を作り上げた。

いつも笑い話にしてしまうのだが、彼女の書いてきた原稿は、タイムリープものの小説のように時系列がメチャクチャであった。それを二人で大笑いしながら直したのは一生の思い出になりそうだ。


その結果生み出された一つの記事は、彼女の人生を変えた。

「反響どうだった?」

連絡をしたら「なんかわからないけど大泣きしています」と返ってきた。

7年前のぼくはゴミを見つけてしまった。思えばクリエイターの世界はゴミだらけなのだ。でも、五十嵐メイは、OWLを見つけることが出来た。

表現している自分でいたい、表現できる自分だと思われたい。そんな安っぽい動機で初めて、自己満足のマスターベーションを見せつける。そんな奴らにもファンは出来る。報酬が得られることもある。ただ、どこかで止まる。

それはあくまでも自己満足をするための行動であり、自分を高めていく為の「道」ではないからだ。

表現とは、受け手のことを心から大切に思うことだ。

原稿とは愛する誰かへのラブレターなのである。


愛する人が望むような、格好いい自分になれるように精一杯努力をしなければいけない。

それが表現というものだ。

努力もせず、ありのままの自分を文句を言わずに愛せと要求するのはクズ男である。クズ男は愛の表現者ではない。


五十嵐メイがぼくの活動を心から理解してくれた。

だからこそ、フクロウは再び飛び立った。


追い詰められたフクロウは雷電の如く動き出すのだ。


そんなに財政状況がやばいのかというとそこまでではない。薄謝ではあるが、サッカーメディア界としてはまともな水準の原稿料は支払えている。収支は概ねトントンなので、スポンサーも必要としていない(いるにこしたことはないが)。

OWL magazineの購読料とOWL's Forestへの参加費だけでまかなっているのだ(例外としてイベント時の収入もあるが、ほとんどはぼく以外の出演者に配分する)。

だから、ぼくが耐えれば持続することは出来る。

でも、正直辛いところもある。思えば昨年はお金がなさすぎて、あまり遊びにもつれていってあげられなかった。二人目の子供にはあまりおもちゃも買ってあげられなかった。

だから、タクシーを初めて得た収入で、アリエルちゃんの人魚姫城を買ってあげたらとても喜んでいた。

タクシーを始めれば、その収入でOWLの支出が出たとしても払うことが出来る。かつ、家族を養うことも出来る。そう思ったのだが、まさかのコロナ禍である。

月40万円を見込んでいた収入はまさかの15万円になってしまった。しかし、それでも昨年よりもずっといい。

拘束時間はフルタイムであるが、精神は自由でいられるし、毎月の支払いを滞納する必要もなくなる(5月でようやくキャッシュフローが正常化した)。

とはいえ、コロナ禍の影響はしばらく続くだろう。リーマンショック“程度”のダメージでも元に戻るのに半年以上かかったとのことだ。

今年はそれほど余裕は作れない。家族にも引き続き苦労を掛ける。

ぼくが表現をしようと思わなければ――。

OWLという表現者の集団を作ろうと思わなければ――。


少なくともうちの家族はもっと幸福であるはずだ。



でもごめんね。

妻よ、息子よ、娘よ。
そして猫よ。

それでも、ぼくには翼があるのだ。

翼があるのに空を飛ばないなんて——。

そんな生き方は出来ない。

しかし、それも今年までにしよう。


今年中にOWLを大きくして、ぼくの副収入くらいには出来なかったら、ここで損切りをする。

覚悟を決めよう。

まずは自分で決められる組織にしよう。空を飛べるようにしなければ。購読者が毎月少しずつ減っている状況でも、何の手も打てないような組織を変えなければいけない。

今年だけの勝負だ。

誰から嫌われようが、恨まれようが、陰で何を言われようが知ったことではない。

追い詰められたフクロウの最後の挑戦だ!!!



そう思った時、世界の扉は開かれた。




フクロウの目に光が戻り、夜の空へと高らかに舞い上がったのだ。



嫌な話もあるので割愛するが、内部的にも戦った。OWLはぼくが始めたぼくのプロジェクトだ。ぼくが行き先を決める。


一ヶ月近くの格闘はあったのだが、今はすべての決裁権を得た。これからはぼくがOWLの全責任者であり、すべての責任を持つ。

決して平坦な道のりではなかったし、時には悩み苦しんだ。そんなとき、五十嵐メイは常に味方でいてくれた。

「慎太郎さんほどの人が、無償で原稿をチェックしてくれることは当たり前じゃないんだよ。慎太郎さんがほとんどタダで原稿を出すなんてことも当たり前じゃない。その価値をわからないと続かないと思う」


五十嵐メイにそう言われて、ぼくは何も言えなくなってしまった。

泣きたくなるほど感動すると涙も出ないで「へー」みたいな感想を言ってしまうものだ。感動したという言葉では表現が出来ない。

誰かに思いが伝わること以上の幸せはあるだろうか?

妻に五十嵐メイの言葉を伝えると「私はそうやってずっと言ってきたことじゃない!しんちゃんのことをわかってくれる人がいて良かったね。」ととても喜んでくれた。

そして、五十嵐メイが鹿島アントラーズサポーターで、カシスタのスタグルを案内してくれるということを伝えたら、さらに喜んでくれた。妻はカシスタのもつ煮込みをずっと狙っているのだ。

今回は五十嵐メイのエピソードを紹介したが、彼女だけではない。いつの間にか、OWLが作り出すクリエイティブな場を、評価してくれているメンバーが少しずつ集まっていたのだ。


まだ動き始めたばかりなので目に見える変化は小さいかもしれない。しかし、OWLは雷電の如く飛び始めた。

これまでは締め切りすら設定されておらず、著者へのサポートも皆無であったため編集部がほとんど機能していなかった。でも、今はまったく違う。

原稿を事前に編集部で公開し、著者同士、あるいはForestのメンバーも加えてより高みを目指したクリエイティブチェックが行われている。

これは、自然科学系のアカデメイアでは一般的に見られるピアレビューというシステムを応用したものだ。

他にも様々な施策を打ち出していく。もう編集部内の調整にだらだらと何週間も掛ける必要はない。思いついたら即実行できる環境が整った。

どこまで飛べるかはわからない。真っ暗闇なので先はまったく見えない。

だけどぼくには羽根があるのだ。誰よりも速く空を舞う能力があるのだ。





闇夜のフクロウは二度飛び上がる。



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Today.


OWL magazine; Flight 02



Boarding time,now.



Preparing for taking off.


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長い文章をお読み頂きありがとうございます。

OWL magazineは読者の皆様およびForestの加入者の皆様における毎月の購読料によって何とか成り立っています。

深い感謝と共に、今以上のエンターテイメントをお届けすること約束します。

クオリティが停滞していたことは正直言ってありましたが、それに加えて、長すぎるオフシーズンとコロナ禍の影響もあって、OWL magazineの購読者は減少傾向になっています。

一時期は120人程度まで伸びましたが、今月は88人です(実は初公開です)。決して安くない金額にも関わらずこれだけの方に購読して頂いているのはとてもありがたいことです。

購読者が88人いると購読料は61600円で、諸経費が引かれるため46200円程度の収入です。加えてOWL's Forestの加入者による支援金がありますが、まだそれほど多くはないので50000円程度が6月の収入になりそうです(購読者が増えた場合はその分増加する)。

OWL magazineでは、中村慎太郎と円子文佳以外の著者全員に原稿料を発生させています。いらないと言われても払っています。一例だけ、どうしても口座番号を教えてくれたなかった某氏だけには甘えました(ぼくは経理を触っていなかったのでもしかしたら他の事例もあるかもしれません)。

OWLにおいてやっている仕事の量を考えると、ぼく自身の収入も最低でも3〜5万円くらいは欲しいところですが、今の状態ではまったく足りていません。

なので、しばらくは無償労働落としてやっていきます。前述の通り今年限りです。

ただ、ぼくには切り札があります。

最後の手段と言ってもいいかもしれません。








定額給付金40万円に手を付ける。




妻に話したところ、こう言われた。


「子ども手当が6月に入るからとりあえずそれ使ったら?」


子供達よ、ごめんね。

必ず返すから!!


蹴球フクロウは夢を見る。

もう39歳だというのに、家族もいて、子供も二人いるというのに、まだ夢を見ています。

でも、そんな人間だからこそ、読者に夢を見させることが出来るのだと胸を張ります。


ぼくは自分の夢を諦めていない。

だからこそ他人の夢を育てることも出来る。


こんな不器用な生き方しか出来ない自分に誇りを持ち、金や名声、恥や外聞などに囚われることなく、本当の物語を作っていきます。


このOWLという物語を。
これからもずっと。
続けていく。

リアルな問題として新しい体制が合わないで、距離を置くメンバーもいるだろうと思います。それはもう仕方がないことだと思っています。

もし、ぼくの方針について来る人がいなくなったら月に10記事だって書こうと思います。そもそも最初からそうしていれば、すべて自分の収入にもなったわけです。

それなのに、どうしてプロライター以外をかき集めてOWLなどというけったいなプロジェクトを作ったのか。


それは皆様と出会いたかったからです。


そう、ここまで読んでくれた皆様のことです。

テキスト分析学の祖、ロランバルトが指摘しているように、文章も、メディアも、読み手がいなければ成立しません。読み手として、あるいは書き手として、もしくはコミュニティの住人として、是非OWLの物語にご参加下さい。


皆様のご参加を心からお待ちしています。



以上が無料部分です。以下の有料部分では、あまり長くならないようにOWL magazine; flight 02における施策などについて公開します。

是非、ご購読をお願いします。

OWL magazine代表 中村慎太郎


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※有料部分の「編集部新体制」については無料公開したほうがいいのではないかという意見があったので、公開します。

・編集部新体制

これまでのOWL magazineは締切管理がなされておらず、月が始まってもどんな原稿が、どんな順序で並ぶのか誰も知らない状態でした。この点について、改善を求めていたのですがなかなかうまくいかずにいました。

なので、GWから徹底的に機能を改善しました。

今月は月初から強力な記事が並びます。

またこれまでとは異なり、Peerレビュー(仲間同士で評価し合う)システムを構築しました。これによって、OWL magazineの編集部内で、公開前の原稿について意見を交換し合い、よりクオリティの高い記事を作ることが可能になりました。

で、その現場は、覗くことが出来ます。

OWL's Forestにご参加頂き、チャットツールに入ると、侃々諤々の議論を読むことが出来ます。それどころか参加することも出来ます。企画や適正次第は寄稿や、ラジオデビューも可能です。

今の想定ではラジオはかなりハードルが低いです。ぼくのチャンネル「クリエイティブドライブ」であれば、読者の皆様でも参加できますよ。良かったらゲストとして出てみませんか? スマートフォンがあればすぐに収録ができます。便利な世の中になったものです。※ただし現在はiPhoneのみしかゲスト収録はできません、6月にandroidでも出来るようになる見込み

ただ、あんまりにも活発になりすぎて、通知が多いとか、流れが追えないという声も出てきています。盛り上がっているのはいいことですが、フォローアップできるシステムも作っていこうと思います。

こちらにご参加頂けると、OWLの運営上も非常に助かります。もしご興味ある方は積極的にどうぞ! お声がけ頂ければ無料体験も可能です(とりあえず現状は)


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作家・Youtuber。偏差値30からの大学受験を経て東京大学文科Ⅱ類(経済系)→文学部に進学(宮沢賢治の生命観)→大学院は理転して農学系(アワビ類の行動生態および繁殖生態の比較)→自主退学しスポーツ系の物書きに。著書『サポーターをめぐる冒険』がサッカー本大賞2015を受賞。

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