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定食記念日

私は張り切っていた。もう7年ほど前のことだ。

「この子が大きくなったら、色々なごはんを作ってあげよう。この子は何が好きになるのかな。色々なものを食べさせてあげたいな」

生まれたての我が子を見つめながら、私はやる気に満ち溢れていた。

昔から料理が好きだった。
初めて料理をしたのは幼稚園くらいの頃。作ったのはたしか、甘い卵焼きだったと思う。母に教わりながら、少し焦げた卵焼きが完成した時のことを、なんとなく覚えている。
私の料理史(というほど大袈裟なものではないけれど)で印象に残っているのは、小学生の時に作ったホワイトシチュー。母の日か何かで「私が作ってあげる!!!」と張り切って料理を始めたのだけれど、いざ作り始めると失敗の連続。お肉や野菜は焦げてしまい、そこにそのまま水を入れたものだから、結局ホワイトシチューがブラウンシチューになってしまった。でも完成したシチューを見て両親は「すごい!!!よくできたね!!!」と言い、「これめちゃくちゃ美味しいよ!!!ありがとう!!!」と食べてくれた。「焦げちゃったね!茶色じゃん!」などと茶化さずに、美味しい美味しいと食べてくれた。あの日がたぶん、私が料理を好きになったきっかけだったと思う。

小学生、中学生、高校生と成長する中で、作れるものは確実に増えていった。お小遣いやお年玉で買っていたものは、漫画やCD、そしてレシピ本だった。

料理の腕が上達したのは、大学入学と共に一人暮らしを始めたことも大きかったと思う。周りには「料理をしたことがない」もしくは「苦手…」という友達が大多数で、大学に手作りのお弁当を持っていくと「え?!これ自分で作ったの?!すごい!!!」と褒められることが多く、浮かれた私はベーグルを焼いて持参していったこともあった。案の定「…ん?!?!ベーグルから手作り?!!!どういうこと??!!」と驚かれた時は、ふふふ…と不敵な笑みを浮かべていたと思う(絶対怪しかった)。

そんなこんなで「ねえ食材のお金出すからごはん作って!!」と言われることもあり、私は大いに張り切って、友達へのごはんを用意した。むしろ食材を用意してもらって料理をさせてもらえるなんて…こんなラッキーなことある?!くらいに思っていた。
「美味しい!ほんとに美味しいんだけど!!」と食べてくれる友達を見ている時間が、私にとっては最高に幸せな時間だったのだ。

そんな私にも、新しい家族ができた。
夫は全く好き嫌いがなく、私の料理を何でも「美味しい!美味しい!」と食べてくれる最高のパートナーで、私はさらに料理が楽しくなった。
そして子どもが生まれた。さあ、この子には何を作ってあげよう。どんな料理で喜ばせてあげよう。私は楽しみで仕方がなかった。

しかし子どもというのは、それほど単純なものではなかった。

離乳食を始めたばかりの頃は順調だった。わりと何でも食べてくれる我が子に「好き嫌いがなくて助かるな〜」などと思っていた。
問題が起こり始めたのは、少しずつお話が出来るようになってきた頃のことである。

少しでも野菜を摂ってもらおう…と用意すると「これいや!いらない!」とポイされる。作ったごはんをぐちゃぐちゃにして、もういらないと言われる。好きなものを用意しても「えー!!このごはんやーだ!!ちがうのがいい!!」と文句の嵐。

私は年子で出産し子どもは二人になっていたので、それぞれの好みの違いも、食事の用意をより複雑で面倒なものにしていた。

そして子どもは、いつもの好き嫌いに加えて気分でも物を言う。「これきらい!!!おいしくない!!!」は単純に「嫌い」「まずい」という意味ではなく「今日は食べたくない、この気分じゃない」という意味で使われることもあった。

自分が作ったものに対して「これ嫌い!」「おいしくない!」と言われるのは初めての経験で、私は普通に傷ついた。
子どものことを思って一生懸命ごはんを作っているのに、毎日毎日、文句を言われる。

勿論、黙り続けていた訳ではない。

「そんな風に言われるとお母さん悲しいよ。一生懸命作ってるから、まずは一口食べてみて」
「(いつも好きで食べているものを気分で嫌だと言われた時は)食べられない訳じゃないよね?今日はこれを食べてくれるかな」

子どもに文句を言われる度に、ひとつひとつ話をした。正直、全く丁寧に言えない日もあった。「そんなに文句ばっかり言うならもう食べなくてもいいよ!!!」と言ってしまった日もある。自分で料理ができない子どもに対してそんな言い方はないんじゃないか…?でも文句ばかり言われるのは正直つらい…私の感情は行ったり来たりしていた。
「今日はチャーハンでいいかな?」「いいよ!」そんな風に事前の確認を取っても、10〜20分の間に気が変わり、完成する頃には「チャーハンやーだー!!!!」と文句を言われる…そんなイヤイヤ期の洗礼も受けた。

ずっと大好きだった料理が、少しずつ辛いものになっていた。

でも夫は子どもたちが残したものでも「じゃあ俺が食べるよ!!!」とひとつ残さず食べてくれ、そんな夫の行動が、私の気持ちをギリギリ繋いでくれていたように思う。

そして、子ども達は小1と年長になった。
そんな昨日。

「今日のご飯は定食がいいな!お母さんのおまかせで!」

…定食??????

あんなにチャーハン、オムライス、ラーメン、パスタ…のようなわかりやすいものばかり好んでいたこの子達が、定食??????

私は耳を疑った。
しかも、お母さんのおまかせで?!?!!!

「定食だから〜、おかずと、ごはんと、お味噌汁とかがいいな!」

定食の定義も、私が想定する定食と相違ない。

「わかった…!待ってて!」

まだ少し信じられない気持ちがありつつも、私は冷蔵庫にあるもので、ズッキーニと豚バラの炒め物、白菜とネギのお味噌汁、納豆、白ご飯を用意した。

それを子ども達に出すと、

「わぁ〜!!おいしそう〜!!!いただきま〜〜す!!!」

と喜んでいる…
これは幻だろうか……

「ほんとにおいしいね〜!!!やっぱりお母さんのごはんって最高!!!!」
「給食よりもっとおいしい!!どこのお店よりお母さんのごはんが一番だね!!!」

信じられない言葉が聞こえてくる…
これは本当に今、現実に起こっていることで合ってる…?!?!!!

結局、ペロリと完食をした。

「また明日も定食がいいな〜♪楽しみにしてるね!!!ごちそうさまでした!!!」

…という極め付けのセリフで、食卓が締めくくられた。



食器を洗いながら、私は泣いた。
リビングでゴロゴロする子ども達の後ろ姿を見ながら、涙が止まらなくなってしまった。
こんな日が来るなんて、想像できなかった。

離乳食を投げ飛ばされたあの日。
喜んでもらえると思って作ったごはんに、ブーイングの嵐だったあの日。

メニューを決めるのにも喧嘩が始まって疲れ果てたあの日。
ぐちゃぐちゃになったごはん、床に落ちたぼろぼろのおかずを、心を無にして掃除したあの日。


あの時泣いていた私を、今日の子ども達の言葉がぎゅーーーっと包み込んでくれたように感じた。

少しずつ色んな味を覚えられるように「一口でもいいから試そうね」とテーブルに並べたおかずたち。
最初は「やーだ!」「これきらい!」だったのが、少しずつ「うーん、あんまり好きじゃないかな」になった。そこからそれが「美味しい!」に変わり、今は大人が食べるようなおかずを一緒に楽しく味わえるようになっている。

「お母さんのおまかせ」で、全部を美味しく食べてくれるようになったのだ。

本当に本当に嬉しかった。

子ども達に気付かれないようにそっと泣きながら、これまでのことを噛み締めていた。

もうなんでもいいや、と諦めなくてよかった。

ここには書ききれないくらい、本当に色々なことがあった。あの時ぐちゃぐちゃにされたごはんと同じくらい、私の感情もぐちゃぐちゃになった。
でも「料理すること」や「食べること」、私の大好きなものを子ども達にも楽しんでもらいたい、そう思うのは私のエゴかもしれないけれど、大好きな子ども達に色々な味を楽しんでもらいたかった。「美味しい」をたくさん知ってほしかった。

そんな想いが届いた気がして、心の底から嬉しく思った。


サラダ記念日じゃないけれど、10月23日は我が家の「定食記念日」とする!!!

子ども達がもっと楽しくなるように、可愛いトレイと豆皿も買おうかな。
今日のおかずは何にしよう。
そう考えるだけでワクワクする。


私の料理史は、まだまだ面白くなりそうだ。

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