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型と形、中国武術の技術と套路、八極拳の衝捶(中段突き)

八極拳、蟷螂拳、太極拳、八卦掌、劈掛掌、形意拳など中国武術には、様々な門派があるが、ほとんどの門派の教習は、『型』を通して行う。では、武術における『型』とはどのようなものなのだろうか。

これについて考えていこうと思う。結論から言うなら、武術で練習する『型』とは、数学や物理学で使う『公式』のようなものである。三角形の面積をもとめる式を例えに出して説明しよう。

底辺×高さ÷2

これが一般的な三角形の面積をもとめる式である。しかし、下記の式も同じ意味を持つ式になる。

底辺×高さ×1/2

XYZ (X=底辺、Y=高さ、Z=1/2)


形は変わっているが、『三角形の面積をもとめる』という原理から離れてはいない。このように、最初に述べた一般的に使われている三角形の公式の形は様々な形に変化する事が出来る。

しかし、どの形においても、三角形の面積を導き出すという原理と何故三角形の面積を求める公式がこの形になるかという理論については、変わっていない。

むしろ、実用を考えるのであれば、扱いやすい形に変化させるべきである。ただし、それは上記の理論を内包していれば、であるが。

また、この公式の意味の理解が出来たとしても、これは三角形の面積を求めるという協議的な一面を理解し、実用したにすぎず、これではある一定の局面、状況でしか実用する事ができない。

つまり、三角形の面積を求めるという公式を、それのみで活用するのではなく、他の状況においても活用し、この公式を反映させる事が出来なければ意味をなさないのである。

このように多方面に実用、応用が可能な状態で初めて公式、又は公式を覚えたと言えるのであって、原理と応用性の抜け落ちたものは、文字や数字、単語の羅列に過ぎず、形でしかない。

ただ機械的に覚えるという行為を行えば、同じ意味を持つ公式を複数覚えるという無駄な行為をする事にもなりかねない。

では、次に八極拳の型の中から『衝捶』を例にあげて説明していこうと思う。ここでこの衝推を使って説明するのは、単純な形をした型だからであるが、この型より単純でより根元的な原理を持つ型も存在する。

しかし、この型は現代において、一般的により想像しやすいと考えるので例としてあげたのである。さて、この衝推の形態とは、一般的に中段突きと云われている形態に近い形をとる。馬歩による、順歩の中段突きである。

簡単に説明すると、例えば右拳で突く場合、準備姿勢において上半身は突き出す右拳と反対の左拳を前方に出した状態で、突き出す右拳は腰の横に添えた状態で腰を捻り蓄勁する。

また、下半身は突き出す右拳と同方向の右脚を前方に伸ばした状態にする。反対の軸脚となる左脚は、深く曲げて重心を落とし、いつでも大地を蹴り出せるように準備、蓄勁する。

この準備姿勢から前に伸ばされた脚を大きく踏み出し、着地すると同時に前方に伸ばされた爪先を内旋させ騎馬式になる。

この騎馬式という歩形は、両足を一膝足分に体の左右に開いた状態で、両足の爪先を体に対して正面に向け重心を落とした状態であるが、膝が外に開かないように内に閉め、横から見た時かかとと膝とお尻が正三角形になるまで重心を沈める。また、両足の指は大地を掴むようにする。

これら以外にも細かい要求があるが、形態だけを簡単に説明するならこのような歩形である。

上記と同時に、上半身は、前に突き出された左拳を後方の腰に引き戻しながら、腰に添えた状態で蓄勁されている右拳を前方に縦拳の状態で真っ直ぐ突き出す。

この時突き出した右拳は、肩の高さに収めるようにする。また、後方に来た左の肘は打ち出した右拳の真後方に来るように収める。これが、八極拳の衝推の形態である。

では、この型における原理とはなにか、言い方を変えるならば、前述した公式における「三角形の面積を求める為の式である」という原理に相当するものとはなにか、という事である。

結論を一言で述べるなら、それは、直中求方という言葉でも言い表される。つまり、直線的な運動の中に方形に働く力である。つまり前後、左右、上下に力が均等に働いている事である。

このように聞くと簡単に思うかもしれないが、上記のような状態を作るためには、衝推という形態で打ち出し終えた後、体の各部位をそれぞれの要求に合わせて運用させなければならない。

まず、騎馬式(馬歩)となった下半身は、この歩形の要求と同じく、膝を中心に上部にあたる太ももを外旋させる。

また、外旋させた上部とは反対に、膝より下部は内旋させる。これは前述した膝を内に閉めるという事と類似する事でもある。

更に前述した行為によって起きるであろう、爪先のズレを地面を足の指で掴むという行為で抑制する。

次に、丹田に意識を落とし、拡大運用させる。また、この丹田の背部にあたる尾と、命門穴を拡大、安定させる。

この事により、重心は安定し下方に向かうが、この力とバランスを取るために、頭の頂部を上方に引き上げ力の配合、バランスをとる。次に、背部で作った力を肩を上部に張り付かせるようにして上方まで引き上げる。

これに対して背部が丸まり、前方にかかり過ぎる事を抑制するために、胸骨を上方に引き上げ、肋骨を拡大して前後のバランスをとる。

このように、丹田からの力の流れは、正中線上を通る任特脈上を逆転方向に向かい運用するのである。

次に肩まで来た力を肩甲骨を打ち出す拳の方向にスライドさせる事により、体に対して左右の方向へ運用させる。

ただし、これによって左右のバランスが崩れ、正中線が崩れないように、スライドさせる力、距離を加減させなければならない。

次に、打ち出された腕は、肘を中心に拳側にあたる部位は内旋させ、逆に肘から上部を外旋させる事によって、腕部の中だけでも左右、上下に均等に力が配合されるように保つ。

また、打ち出された拳と反対の腰部に引き戻された拳は、打ち出された拳と同じく、肘を中心に拳に近い下部を内旋させ、逆に上部を外旋させる事により左右、上下に力を配合し、バランスをとる。

また、左右の腕部は打ち出された拳と後方に引かれた肘によって、体に対して左右に均等に力を配合させることによってバランスをとる。

ただし、技の性質上、打ち出した方向に推進力がかかっているため、止まった状態よりも、より後方への力を配合しなければならない。

そのため、この推進力で起きる慣性を考慮にいれた状態で力を配合させなければならないのである。

このように、各部位にこのような厳密な要求を持たせる事よって初めて前後、左右、上下に均等な力を持たせる事が出来るのである。

これらの説明は、あくまで衝推という形態の主に発勁面についての説明であり、この発勁面以外の要求も当然存在するが、ここでは一番基本となる運動法則について説明をした。

また、これは衝推という形態から習得した運動法則であるが、前述した三角形の公式と同じく他の状況や形態にも応用できなければならない。

逆にいうならば、三角形の公式の時と同じく、この根本的原理を表現できるならば、形は変化させても問題ではない。

さらに言うならば、どのような状態であっても、たとえ衝推とは違う型であったとしても、ここで習得した運動法則を表現し、反映させなければならないのである。

なぜならば、前述した三角形の公式の説明で述べたように、衝推という型のみでしか、この運動法則を表現できないという事は、限られた局面でしか運用する事が出来ないという事である。

このような方法をとれば、それぞれの局面ごとに運動法則を作らざるをえない。

例えば、千の局面、型があるならば、千の運動法則、千の原理が必要になる。

つまり、型とは、一つ或いは複数の原理を理解するためにある雛型である。

そして、それを一つの局面だけでなく、全ての局面に反映させた状態こそがはじめて型、或いは型の習得と言えるのであり、原理と応用性の抜け落ちたものは形の羅列にすぎない。

ただ機械的に型を形の連続として覚えるという行為を行えば同じ運動法則、同じ原理を持つ型を複数覚えるという無駄な行為をする事にもなりかねないのである。

初めに述べたように、型とは公式のようなものである。

それは、主に数学や物理学などで活用される公式と、武術で練習されている型には、多くの共通点があるという事である。

どちらも、ただ文字や数字、或いは、形の羅列ではなく、その形を形成させる原因、理由が存在しているという事である。

その原因、理由である原理をより単純な形に構成されたものが、数学や物理学においては公式であり、武術においては型なのである。

そして、これらの原理の抜け落ちたものは、ただの形に過ぎない。

また、前述したようにたとえ原理を理解出来たとしても、実際に実用、運用できなければ意味をなさない。

武術の場合を考えるならば、その原理を実用、運用をするための体、筋力が必要である。

そして、原理の習得は、最低限形を支えるための体があっての話しでもある。

また、先ほどの例と同じく、たとえ原理を実用できたとしても、その形の中だけでの実用しかできないのであれば意味をなさない。

つまり、これらの型から習得した原理を応用、運用させるための訓練が必要だという事である。

このように、武術でいう型は、公式と同じく原理を習得し運用、応用させるための雛型であり、その形は一つの例えに過ぎない。逆にいうならば、その形の中から原理を導き出し、型にしなければならない。

このように、型とは形の中に原理を内在している。そして、型を通して理解した原理、原則を後生に伝えるという事が型の存在理由なのである。そのために形として表現しているのである。

つまり、型とは、多くの先人たちが築いてきた技術と情報の結晶であり、後生えと紡いでいくための願いなのではないだろうか。


下記は、八極拳の衝捶と変化をご紹介した動画です。


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