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『3000万語の格差』で育む言葉について考える

最近読んだ面白い本を紹介します。

ダナ・サスキンド著・掛札逸美訳
『3000万語の格差 赤ちゃんの脳をつくる、親と保護者の話しかけ』
(明石書店)

http://www.akashi.co.jp/book/b360475.html

アメリカの小児人工内耳外科医で社会科学者のダナ・サスキンドさんが書いた、「生まれてから3歳の終わりまでに聞く言葉の量と質が、その後の学習到達度を左右し、将来に影響を及ぼす」という、子どもに関わっている人なら見逃せない、センセーショナルな内容の育児系研究書。

研究書らしく淡々とした言及・提案は、「賢い子を育てる」「早期教育」といった煽り系子育てノウハウ本のノリとは一線を画しているので、親の業や下心にかんたんに応えてくれることはありません。じっくり読みすすめていくと人間の発達のアウトラインが見えてきて、それから内容を消化した上で育児に活かせる(かもね)という本です。

「ウチの子に良い教育を!」といった前のめり系のスタンスでは読みにくい本かもしれません。

でも、ニュートラルポジションで臨めば、この淡々とした言及はむしろ心地よく響きます。

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人生は3歳までの言語環境に左右される?!

サスキンド博士が外科医として携わった人工内耳の移植手術が成功し、生まれて初めて音が聴こえるようになった子どもたち。

でもその後、順調に言語コミュニケーションを獲得していく子もいれば、音は聴こえているのに言葉を話すことができないままの子もいる。

その違いは何か? 遺伝? 先天性のもの? 

サスキンド博士は音と言語が結びつかない子どもを目の当たりにして、自分は手術室から外に出るべきだと強く考えるようになります。

そして社会科学的な知見を得て原因を追究していくうちに、社会学者のベティ・ハートとトッド・リズリーという先達たちが唱えた「生まれてから3歳の終わりまでの家庭環境で、3000万語の言語格差がある」という調査研究に辿り着きます。

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「3000万語の格差」とは

ざっくり言うと、貧困層と富裕層それぞれの家庭で育った子どもは、遺伝要因ではなく、言語環境の質と量という点で大きな差がある、ということ。

生活が安定している家庭ほど、子どもへの関心や声がけ、肯定的な評価を行う機会に恵まれている傾向にあり、言語環境の豊かさが子どもの脳の成長につながっていると考えられる、というものでした。

つまり、問題は経済的貧困ではなく、言語環境の貧しさである、と。

サスキンド博士はこの格差を埋めるために「3000万語イニシアティブ」というプログラムを開発し、実践をすすめていきます。

ちなみに、本書では、バイリンガルのメリットや、算数や空間認識能力についても言及していて、それも面白いです。


親のエゴから遠く離れて

3歳の終わりまでに得られた言語コミュニケーションの体験が、その後、7〜8歳頃の学習能力を左右し、将来に影響を与えている(!)という、ドキドキする内容でありながら、それが感情的なアプローチではなくて、あくまで過去研究や実例紹介を丁寧に積み上げて提案しているので、余計な感情なしに、淡々と読み進めることができるのが良いです。

まあ、ペアレンツトレーニングではあるんだけど、子どもに「賢く育ってほしい!」と望む業の深い親だけでなく、保育者や子育て支援・教育者など、さまざまな立場で子どもに関わる人、そして自分自身の子ども時代を振り返るにあたっても、役立つ本だなと思いました。

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ざっくりと「3000万語イニシアティブ」を紹介するよ

サスキンド博士が開発した「3000万語イニシアティブ」は、子どもを相手とした話し言葉の質と量を高めることで、脳の可能性を引き出していくための、3段階のコミュニケーションプログラム。

そのスタンスは「子どもに何かを教える」ではなく、「子どもが関心をもったことに寄せて、さらに展開していく」というもの。

Tune in:注意とからだを子どもに向けて
Talk more:子どもとたくさん話す
Take Turns:子どもと交互に対話する

これら「3つのT」で言語環境をつくるのが重要だと説きます。

Tune in
子どもが何をしているのかを観察して、子どもが関心を持っているところに自分を寄せていく。「こっち来て絵本読もうよ」ではなく「何してるの? おもしろそう!」と近寄って行く。
これが "Tune in"
Talk more
子どもがしている行動や思いを言葉にして解説したり実況したり。「これ」「あれ」という指示語を使わずに、具体的な言葉で展開していく。そうすると必然的に言葉数が増えていく。話の主軸は変えずに内容を膨らませていく感じ。
これが"Talk more"
Take Turns
そして、YES/NOで答えられないHOWやWHYの質問を使ってやりとりする。対話に子どもを巻き込んで、彼ら自身が続きを考えられるような足場を作っていく。
これが"Take Turns"

本書では、子どもの着替えや食事、ままごと遊びなどのシーンといった具体的なモデルケースを挙げて、3つのTで展開しています。

「前のめり系育児書ではない」とは言ったけれど、実践のヒントが細かにのっているので、なるほどなあ、こうやって話してみようかなって素直に思えたところが多いです。

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私がこの本を読んだとき、私の娘は3歳と2カ月。

日々の暮らしに追われて、声かけの量は十分ではないという反省はあるけれど、彼女の語彙や話の展開にバリエーションが増えてきた頃だったので、特に3つ目の"Take Turns"を意識して会話を膨らませようとするようになりました。


誰かに言いたい言葉は言ってほしい言葉

ちなみに、この本のことを知ったのは、オバケさん(https://twitter.com/kokuwakuko)のツイートがきっかけでした。
『3000万語の格差』の日本語版で解説を書かれている、保育学の高山静子先生が共有してくださっている「肯定的な言葉」リスト。自分でも言われたらうれしくなるような言葉が並んでいます。

『3000万語の格差』のうまみをギュッと凝縮したような解説、一冊をじっくり読む時間がない方は、まず先に読んでもいいかもしれません。


高山静子先生と、訳者の掛札逸美先生による、"『3000万語の格差』と関連情報"という特設サイトもあります。
http://www.kodomoinfo.org/


「3つのT」って、子育てに限った話じゃなくない?

実はこの3つ、特に「Tune in」は、私が編集者・ライターとして、インタビュー仕事をする際、意識的にやっていることでもあったりするんです。

脳の発達とは話が違うものですが、この本から派生した余談として、誰かの話を聞く(聞き出す)コツのようなものをご紹介しようと思います。

"3つのT"でインタビューする。


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