教国の暗殺者『一部六話(完) あの子は、わたしを友達と呼んでくれるだろうか』マハト・オムニバス~ファンタジー世界で能力バトル!~

「ギリギリ合格といったところですけどねぇ。頼んでいた『支配者の指輪』は粉々にしてしまうし……ま、テロリストを無力化できたのでそこは良しとしましょう。アレにはアルモアの民も困っていましたから」
「カーク……っ!」
 セレナの声は怒気をはらみ、隻腕の男を激しく睨む。
 雪に埋もれた森から景色は一変し、寒さとは無縁の洞窟へと変わっていた。
 カークがゲートを開き、セレナを移動させたのだ。

「そんなに怒らなくてもいいじゃないですか~。殺気がダダ洩れですよ。いつもみたいにムスっとしていたらいいじゃないですか、人形らしくね」
 わざとらしい笑みを浮かべてカークは続ける。
「せっかく異教徒に捕まっているところを助けてあげたというのに。あのまま捕まっていたら、最悪火炙りですよ? あ~危ない危ない」
 その言葉に周囲を見渡す。
 どうやら連れてこられたのはセレナだけ。シンシアはあの場に置き去りにされたらしい。
 最後の瞬間、シンシアの願いに答えることができなかった歯がゆさがセレナの胸の奥につかえていた。

「……キヨミは?」
 煮えくり返るはらわたをなんとか鎮め、セレナは尋ねる。
 シンシアのことは諦めるしかないとして、次に気がかりなのはキヨミの安否だ。
 あの寒空の下に放置されているとしたら、今度こそカークの息の根を止めてしまうかもしれない。
「ちゃんと回収してますよ。彼女は貴重な実験体、例え死んでいても遺体は回収しま——おっと大丈夫ですって、ちゃんと生きてますから。今は医務室で治療中です。そんなに怖い顔しないでくださいって」
「そう……良かった」
 ほっと胸をなでおろす。
 カークの性格を考えればあのまま使い捨てにされてもおかしくはない。
 あの小さな命が救われただけでも戦ったかいがあった。

「ところでどうでしたか、キヨミさんとの初仕事は?」
「別に。足手まといだっただけ」
 質問の意図がわからずセレナはぶっきらぼうに返す。
「そうですか……でも、とってもいい子だったでしょう。ちょっとドジですけど、頑張り屋さんで。できないなりに努力する姿勢が微笑ましい。心の優しい素直な子です」
「…………」
「セレナさんも思ったはずですよ。『この子のためになりたい』って。あなたはもう、彼女を放っておけないんじゃないですか?」
 何かが忍び寄ってくるような悪寒が背中をジワリと這う。
 カークは何が言いたいのか? この回りくどい言い回しの心意は?
 まるで獲物を弄ぶネコのような口ぶりのカークをセレナは訝しんだ。
 だが、次の一言でセレナはその心意をハッキリと理解した。
「次の仕事からはですね、キヨミさんに任せよう思うんです。セレナさんはそのサポートに回ってください」
「……っ!!」
 そういうことか。
 セレナは目を見開く。そのどす黒い思惑に全身が泡立った。

 カークの目的は、キヨミを人質にセレナを操ること。あの時のムラトのように。初めからこれが狙いだったのだ。
 そのために仕事に同行させ、良好な関係を築かせた。そのためにまだあどけない、不幸な少女をあてがった。セレナの良心につけ込むために、キヨミを利用したのだ。
 もし、新米のキヨミが暗殺の仕事を請け負ったならば返り討ちに遭うかもしれない。キヨミを守るためには、セレナが代わりに仕事をこなすしかないだろう。
 カークはそうやってセレナを意のままに操ろうとしているのだ。
 つまりキヨミは、セレナを縛る枷。
 セレナはすでにこの脆くも凶悪な鎖をかけられ、逃げることができなくなっていたのだ。

「わたしは……キヨミがどうなろうと構わない」
「本当ですかぁ~? それにしては随分と気にしているようですけど?」
「そんなことをしなくても、わたしに直接命令すればいい。キヨミがいなくてもわたしは仕事ができる」
「そうですかねぇ~。そう言ってこれまで何度も尻拭いしてきたんですけどねぇ~」
 意地悪い表情でこちらをねめつけ、カークは言う。
「それに最近のセレナさん、上の空のことが多いじゃないですか? 人形としての責務を忘れて、別のことがしたいんじゃないかと思いましてねぇ。例えばほら、あのウアタハの女の子と一緒いたい、とか」
「…………っ」
 言い返すことができずセレナは口ごもる。
「あなたはもう命令には逆らえない。アポテミスに忠誠を誓うしかないんです。もし断れば、その代わりはキヨミさんが背負うことになります。なぁに、これまでと変わりませんよ。元の感情のない人形に戻るだけです」
 カークは嘲笑うようにニヤリとして、セレナに鋭い視線を向ける。
 それはまさに悪魔のようで。この男の立ち振る舞いに、セレナは腹の底からドロドロとした憎悪があふれ出てくるようだった。

「……わかった。仕事はちゃんとする。だからキヨミ一人で行かせることはしないで」
「そうです、その意気です。きっと法王もお喜びになるでしょうねぇ。あっセレナさん、どこに行くんですか~?」
 もう一秒たりとも顔を合わせたくないセレナは、静止を振り切ってその場を後にした。
 結局、全てがカークの手のひらの上。あの薄ら笑いから逃れられないと思うと吐き気がする。
 しかし、その一方で確かな心の拠り所をセレナは感じていた。

 自らの存在意義を示すには友を裏切らねばならない。友と一緒にいるためには存在意義を捨てなければならない。がんじがらめの状況は今でも変わらない。
 いつか本当にこのどちらかを選ばねばならない、そんな日か来るのかもしれない。
 けれど。もし仮に友を選んだとしても、きっと友は快く受け入れてくれるだろう。
「わたしは、あの子にまだ友達と呼んでもらえるだろうか」
 セレナは再び自らに問いかけた。
 その答えはセレナ自身の胸にある。

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