砂漠の獅子『第五話 獅子と雷獣2』マハト・オムニバス~ファンタジー世界で能力バトル!~

*砂漠の獅子第一話:『災難』マハト・オムニバス

 攻撃に転じたフーデリアは凄まじかった。
 爆風に乗って瞬く間に距離を詰め、マハトを込めた拳で殴りかかる。
 これをトーマは余裕で躱す。しかし空を切った先で拳が爆発。周辺に爆炎と塵が巻き上がった。
 一撃一撃が必殺の威力。まさに戦いの申し子、獅子奮迅、鬼神のごとき有り様だ。
 高速で動くトーマにフーデリアの攻撃はなかなか当たらない。が、かと言って攻める余裕も与えさせない。
 フーデリアの圧倒的な火力を前にトーマの勢いは鳴りを潜め、ただただ防戦一方に徹している。
「すっげ……」
 この戦いを間近で見るビクターは、あまりのレベルの違いに声を漏らした。
 フーデリアは雷の力を得たトーマと互角以上にわたり合っている。舞い落ちる砂塵にむせながら、ビクターは彼女の恐ろしさを改めて理解した。
「そうら、この程度かい坊や!」
 フーデリアが攻撃を繰り返すたび、砂がどんどん巻き上げられていく。
 爆音が響くたびに砂埃はどんどん濃くなっていき、どんどん視界が不明瞭になっていった。
 ビクターからわかるのはもう、稲光と爆発でまだ戦いが続いているということだけだ。
「——おい、ビクター。無事か? 夜の砂漠は冷えるだろ、風邪引いてないか?」
 呼びかけに振り返ると、いつの間にかチェインが背後に回っていた。
「チェイン! どうやってここに?」
 人差し指を口にあて『静かに』というジェスチャーをしながら、チェインは声を潜めて縄に手をかける。
「フーデリアが来た時、派手に爆発させてただろ? あれは砂埃を上げるためにわざとやったんだ。つまりは煙幕だ。それに紛れてここまで近づいたって寸法さ。やけに煽った口調で挑発していたのも、今も派手に粉塵を巻き上げているのも、囮になって俺が見つからないようにって作戦だ」
「そうだったのか……でも、おかしいな。俺にはさっき、あいつの姿が楽しそうに見えたんだが?」
 二人が戦いに視線を移すと、砂塵の中で楽しそうに死闘を繰り広げるフーデリアがいた。
 その無邪気な姿は子供が砂場で遊んでいるようにも見える。
「……ちょっと自信ない」
 チェインは彼女が作戦をちゃんと覚えているのか少しだけ不安になった。
「まあとにかく……フーデリアがトーマを引き付けている間に俺がお前を助けるのが作戦だ。ビクターが捕まったままだとあいつも全力を出しづらいみたいだし。いま縄をほどいてやるから待っててくれ」

——トーマは頭に引っかかるものを感じていた。フーデリアが攻め始めてから妙な違和感がある。
 ここまで避けきれないと思う攻撃が何度かあった。だがその度に攻め手が緩む。まるでわざと戦いを長引かせようとしているかのようだ。
 実のところ、長期戦はトーマの望むところではない。吸収した稲妻の力には限りがある。まだ半分も使ってないとはいえ、それが切れれば劣勢になるのは明らかだ。
 雷鳴と粉塵が飛び交う戦場で、トーマは敵がなぜ戦いを長引かせようとしているのかを考えた。
 電気を操作するマハトは脳内の電気信号すらも高速化。加速した電気信号は頭の回転を通常の何十倍にも引き上げる。これはトーマ自身ですら気づいていない副産物だ。
 単純に戦いが好きだから? だがフーデリアの性格からすれば戦闘に手を抜くようなことはありえない。ならば他に理由があるのだろう。フーデリアの大事なものと言えば——
「ビクターか!」
 トーマが振り返ると、砂塵に紛れて男がビクターの縄をほどこうとしているのが見えた。
 予感は的中。フーデリアは陽動のために戦っていたのだ。
「むう、バレてしまったか。もう少しだったのになぁ」
 フーデリアは砂埃を払いながらため息をついた。
「ふざけやがって……お前は初めっから、本気で俺と戦ってなかったのか」
「なんだい、しっかり向き合ってほしかったのかい? 母親じゃないんだ。まじめにかまってやる義理はないね」
 トーマの身体は怒りでわなわなと震え始めた。
 全力を傾けているにも関わらず、フーデリアは片手間で相手をしているだけだったのだ。
 コケにされた気分だ。怒りと悔しさでバラバラになりそうだった。
「ふざけやがって……ふざけやがってぇーッッ!!」
「おっとそうはさせないよ」
 ビクターへ向かおうとするトーマにフーデリアが立ちふさがる。
 幸いトーマを挟んでビクターたちを背にした布陣。チェインとの救出作戦がバレてしまったとはいえ、ここでフーデリアがしっかりと抑えていれば問題はない。
 トーマの頭は沸騰し煮えくり返っていた。
 怒りで思考はぐちゃぐちゃ。発散しなければ今にも爆発しそうな感情が五臓六腑で暴れ回る。
 そして怒りに我を忘れ、無作に、無様に、最大出力の電撃を解き放つ。

——フーデリアは一流の武人だ。
 だが一流であるがゆえに、自分を守ることは得意でも他人を守ることは不得手だった。
 街でビクターが攫われた時も、もし自分への攻撃だったなら問題なく対処できただろう。砂漠で初めてトーマに相対した時も、チェインのことはさほど頭になかった。
 周囲の人間が狙われたとき、フーデリアは途端にミスを犯す。
「しまっ——」
 トーマが怒りに任せて放った電撃をフーデリアは反射的に避けてしまった。この威力の電撃は剣で弾けないことを、身体は無意識に理解していたのだ。
 達人であるがゆえに、肉体が、本能が、戦闘という咄嗟の判断が命運を分ける場で身を守る最適の判断をしたに過ぎない。だが、この場においてそれは悪手でしかなかった。
 ここでフーデリアが避ければ、電撃はその後ろにいるビクターたちに向かって突き進む。遮るものはない。

——「バチン!」という激しく乾いた音が砂漠に響く。
 結果を言えば、ビクターは難を逃れた。電撃との間に『遮蔽物』——遮るものが現れたのだ。
「チェイン……」
 ビクターの口から自然と友の名前が零れ落ちた。
 眼前には両手を広げ、仁王立ちのチェインが佇んでいる。
 チェインは身を挺して雷撃からビクターを守ったのだ。全身からは煙が立ち上り、倒れる暇さえなかったことが電撃の強さを物語っている。
「…………」
 フーデリアはあまりの出来事に言葉が出なかった。
 その代わり、腹の底から何かが湧き上がってくる。何かが身体の中でのたうち回り、吐きそうになる。けれど、思考は恐ろしいまでにクリアだ。
「くそ邪魔しやがって! アイツがいなけりゃ本気で相手してくれるだろ!? なあフーデリア! 見てくれよ! 俺を! 本気で戦えよ! なあ!」
 トーマが吠える。いやに癪に障る声だ。
「お前は——」
 フーデリアは喚き散らすトーマには目もくれず、ただ静かに言葉を発した。
「それ以上喋るな」
 その言葉には信じられないほどの重みがあった。
 荒ぶっていたトーマも思わず口を閉じる。狂犬を黙らすには十分すぎるほどの威圧だ。
 フーデリアは足元を爆発させて加速、肉体を弾丸のように弾き飛ばし、懐へと飛び込む。トーマは射竦められたカエルのように動けない。
「『デュエット』——ッ!!」
 そして、剣にマハトを込めて斬りかかる。
 フーデリアの剣はトーマの身体を袈裟懸けに捉えた。剣は肩口から腰にかけて直線を描き、それと同時に切り口が爆ぜる。
 斬撃と爆発の二重奏。肉の割ける音と爆ぜる音が同時にこだまする。
 二つの攻撃に同時に襲われたトーマは口から血と煙を吐き、そのまま膝から崩れ落ちた。

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