砂漠の獅子『四部第五話 過去との対峙3』マハト・オムニバス~ファンタジー世界で能力バトル!~

*砂漠の獅子四部第一話: 『パンドラの箱』マハト・オムニバス

 ルーがフーデリアを見守り始めてから数十分、これまで硬直したまま動かなかった黒い彫像がようやく動き出した。
 つまり、フーデリアの身体をめぐる勝敗が決したということである。この時点でフーデリアとキメラ、どちらがあの身体を操っているのか、ルーの目には判別できない。
 フーデリアは黒く染まった肉体をぎこちなく動かしながら、震える手を胸元に添える。そして——
 
『——さあ何をためらう? 一緒になろう。本当の自分に』
 影はフーデリアに手を伸ばし、手を取るように促す。
 ケモノへの招待状だ。周囲を闇が包む舞台のような精神世界、自分と影だけがスポットライトで照らされている。
 そんなこの世界において、この手は誘蛾灯のように妖しく、魅惑的に映った。
 これを拒む理由はどこにも見当たらない。フーデリアは影の言葉を振り払うことができず、自然と足が前に出る。
(そうだ。わたしはケモノ……どこを取り繕っても、それは変わることはない)
 フーデリアは影の言葉を受け入れかけていた。
 自分は元よりケモノ。本来の自分を取り戻して何が悪い。抗いようのない客観的事実に心が傾く。傾いた心に押され、足がまた一歩前に出る。
 ゆっくりと、だが確実に進み始めた歩みはもう止まらない。いつの間にか、影はもう手の届くところまで来ていた。
 ほんの少し手を伸ばせばその手を取れる。否定する根拠もない。誘われるがまま、フーデリアは手を伸ばそうとした——その時だ。
 そんなフーデリアの手を何かが引き留めた。
 それは肩に手を置き、そちらに行くなと引き留める。その手は力強く、暖かくて優しい。武骨な男の手だ。

「チェイン——」
 とっさに出た友の言葉を噛み締め、フーデリアは伸ばそうとした手を引き戻す。
「……かつてのわたしよ。悪いが先約がある、お前の話には乗れん。わたしは、わたしのそばにいてくれると言ってくれた者のために、ケモノになる訳にはいかない」
 フーデリアはハッキリと、自らの意志で影を拒んだ。その瞳には力が、過去の自分に対抗するだけの意志が戻っていた。
 ケモノに落ちかけたフーデリアを踏みとどまらせたのは、賢者でも強者でもない。ただの友の存在だ。あと一歩のところまで傾きかけていた心を、友の存在が支えたのだ。
『何を、世迷言を……!』
 拒否された影はみるみるうちに激昂して声を荒げる。
『お前はケモノなんだよフーデリア! 家畜の群れの中で生きていける訳がない! お前を引き留めたのも所詮は家畜っ、一生分かり合うことはない! お前を理解できるのはわたしだけ、自分だけなんだ——』
「くどい」
 まくしたてる影をピシャリと跳ねのけ、フーデリアは切り返す。
「確かに、わたしの中にはケモノが潜んでいる。それは言い逃れできない事実だ。だが、それだけが全てじゃない。わたしはわたしの中のケモノを飼いならし、従わせる。屈服させてみせる。わたしは——ケモノにはならない」
 固い意志を持って放たれた言葉に、影は反論することができない。何か言いたげに唇をもごもごさせ、言葉を探している風ではあるが、その先が出てこないようだ。

「実を言うとな、この殺風景な独り舞台も嫌いじゃないんだ。誰にも縛られず、自由に、好きなだけ踊っていられる。それはそれで楽しいものさ」
 そうして押し黙る影に対し、フーデリアは表情を和らげて続けた。
「でも、そろそろ飽きた。たまには誰かと踊りたい。お前ならわかってくれるだろう、かつてのわたしよ」
 するとフーデリアの後ろに光が刺す。真っ暗な闇の中に照らし出されたのは、チェイン、ニヴァン、その他大勢のペルセケイレスの民たちだ。
「彼らがわたしと踊りたいと言ってくれている。わたしもそうだ。わたしは彼らと踊りたいんだ。なあ、フーデリア。かつてのわたしよ。たまにはみんなで踊ってみないか?」
 今度はフーデリアが影に向かって手を差し伸べた。
 その手を影は目を丸くして眺めている。こうなることは予想外だったのだろう、すっかり毒気を抜かれ、鳩が豆鉄砲を食ったように呆けている。
『ふふ……まさか、この展開は予測していなかったよ』
 少しの間硬直した影がやっとのことで吐き出したのは、不思議と澄んだ笑い声だ。
『でもせいぜい気を付けることだ。お前の中のケモノはいつだって血を求めている。一緒に踊る者たちを傷つけないよう、常に目を光らせておくことだ……』
 影は不敵に微笑んで手を伸ばした。
 影はキメラではない。キメラによって増幅されたフーデリアの一側面にすぎない。
 フーデリアが心のどこかでかつての孤独を望むように、影もまた誰かと寄り添うことを望んでいたのだ。
 そうしてお互いは一歩ずつ前に出て、固く手を取り合った。
 二人を照らしていたスポットライトが重なり合い、一つとなって輝きを増す。二人にはもう敵対の意思はなく、ただお互い見つめ合う。
 そして——

 ——胸元に手を当てたフーデリアはそのまま自らを爆破した。
 爆発で胸元から顔にかけて黒い表皮が弾け飛ぶ。
 そうして吹き飛ばした箇所から両腕を突っ込み、フーデリアは表面を覆うキメラを絹を裂くが如く引きちぎった。
 キメラが強引に引き剝がされる度、ブチブチと悲鳴のような断裂音が砂漠に響く。それはまるで蛹の羽化のようであり、新たな生命の誕生のようでもある。
 しばらくすると全身を覆っていたキメラの外皮は完全に剥がれ落ち、中から生身のフーデリアがまろび出た。
「フーデリア様!」
「ルーか、無事だったようだな。面白い余興だったよ、危うく死にかけたけどね」
「まだです! アレを見てください!」
 ルーに促されてその先を見ると、引き剝がされたキメラが新たな姿を形成し始めていた。
 それはこれまでと違って線の細い、しかし威圧感のある女性のような姿だ。
 右手には剣を持ち、構えのような姿勢でこちらを威嚇している。その姿はまさに、フーデリアそのものだ。

「やれやれ。馬鹿の一つ覚えとはこのことだ。結局お前は、何者かの姿を借りるしか能がないんだ。自分というものがなく、その場その場でうつろうだけ。だがそれはもう通用しない。この土壇場で小手先の猿真似しかできないようなヤツに、このフーデリアが倒されるものか」
 フーデリアの言葉を理解しているのかいないのか、最後の悪あがきとでもいうようにキメラがしかけた。
 見事な跳躍でフーデリアを間合いに収め、掲げた剣を袈裟懸けに振り下ろす。
 この動きはフーデリアのそれを完璧にトレースしていると言えるだろう。フーデリアに憑りついたことでその技術の一端を盗むことができたのだ。
 だがしかし、付け焼き刃の剣がフーデリアに届くことは万に一つもない。
 フーデリアはこれを余裕を持ってひらりと躱す。そして拳にマハトを込め、
「お前と踊るのもこれで最後だ。食らえ——『ロンド』!」
 キメラに拳を叩き込み、爆発させる。綺麗に決まったカウンターにキメラが怯んだ。
「はぁあああ!!」
 さらにフーデリアは初撃の爆風を持って回転。威力を殺さず、むしろ上乗せしてキメラを蹴り飛ばす。剣で受けるキメラだが、それもろともに蹴り足がめり込んで爆ぜる。
 フーデリアは蹴りと爆発の力を利用してさらに回転。二撃目の威力と速度を上乗せした掌底がキメラの脇腹を抉る。この時点でキメラの防御スピードを完全に上回った。
 キメラを置き去りにして攻撃はさらに続く。
 回転、爆発。回転、爆破。回転、爆散……回・爆裂・転・爆砕・回・爆撃・転・猛爆……!!
 回転と爆発を繰り返す毎に威力は増し、速度は留まる所を知らない。
 もはやフーデリアは爆ぜる竜巻だ。この連撃を浴び続けたキメラは粉々に砕かれ原形をとどめていない。
 そして、渾身の力で叫ぶ。
「消え去れ、過去の亡霊よ——ッ!!」
 これまでの連撃で増大した威力の全て剣に注ぎ込み、両手で一気に振り抜く。
 剣速は最大、音を置き去りにする——キメラの胴は両断され、次いで断面が爆発。断末魔を上げる暇もなく爆裂した。
 キメラだったものは砂漠の塵芥となり、二度と復活することはないだろう。
 残されたフーデリアたちを砂塵が駆け、灼熱の太陽が容赦なく照りつけた。

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