キュンチョメ

キュンチョメさん日記を読んで

5/2に届いた、クラウドファンディングのリターン
キュンチョメさん日記の
あいちトリエンナーレ2019編を読み終わった。

わたしのなかの現代美術は、
狭い範囲でしか楽しんでこなかったので
キュンチョメさんも、他のアーティストさんも
あいちトリエンナーレ2019で初めて知って
今回の騒動で、展示の設定が終わった後も
展示再開に向けての
たくさんのアーティストさんが滞在して
不安のなか、手探りでも引

もっとみる

「私」から離れて隣り合う──キュンチョメ『いちばんやわらかい場所』レポート

芝田 遥(制作者)
______________________

独自の嗅覚とクリエイティビティをもって、現実に分け入り、複雑かつリアルな感情や矛盾を引き出すアートユニット、キュンチョメ。3月上旬に開催されたワークショップは、「ぬいぐるみ」を媒介に、参加者それぞれの無意識下にある「やわらかい場所」を探り、刺激するものだった。制作担当の芝田遥が、その一部始終と、自らの経験を報告する。

 約20名

もっとみる

関係性なしの連帯へむけて ──キュンチョメ「いちばんやわらかい場所」

ぬいぐるみになってぬいぐるみと歩く

 いちばんやわらかい場所、というなんともいえないタイトルと、ホームページに載っていたコアラのぬいぐるみのビジュアルにやられてしまい、具体的な内容は分からないまま申し込んだ。運良く抽選に当たり、「子供の頃にいちばん大切にしていたぬいぐるみをお持ちください。」というメールが届いたので、実家にあるキモリ(ポケモン)のぬいぐるみを送ってもらいワークショップに持っていっ

もっとみる

キュンチョメ《声枯れるまで》:揺らぎの声を聴くこと

ジェンダーと政治の揺らぎ

「ジェンダー平等」

あいちトリエンナーレ2019において掲げられたその理念は、参加作家の男女比率を等しくすることによって具現化され、大きな話題を呼んだ(1)。一方で「表現の不自由展・その後」の中止に伴う「表現の自由」対「検閲とテロ」という膠着した構図(2)の中で、ジェンダー平等に関する話題はほとんど吹き飛んでしまったかのように見える。しかし、本来これらの問題はジェンダ

もっとみる

あいちトリエンナーレ【キュンチョメ「声枯れるまで】

過去4回のトリエンナーレすべてに一応足を運んでいますが、今年ほど真剣に観ている回はありません。

「世界は感情に振り回されているのではないか」
「その感情は情報によって煽られているのではないか」

「情の時代」というテーマを意識して観ると、それぞれがそれぞれの形で具現化されていて、けっこう刺さるモノが多いという印象を感じています。

にしても映像展示が多い。しかもどれも長い。

トリエンナーレに限

もっとみる
ありがとうございます。みなさまのスキの数だけ幸せになれます
5

2018年現代美術回顧 「五輪」を引き込み、「沖縄」に飛び込む

止めどない底抜けの感覚――。今に始まったことではないが、とりわけ2018年は政治社会の前提が音を立てて崩壊してしまった現実を痛感させられた。嘘に嘘を重ね、その虚偽にあわせて記録や情報を改竄して憚らない反歴史主義、あるいは弱者を露骨に切り捨てる一方、身内をなりふり構わず優遇する縁故主義。近代国民国家の大前提だったはずの三権分立や立憲主義、そして公共性ですら、今や存続の危機に瀕していると言わねばなるま

もっとみる

【完璧なドーナツをつくる】の

【3331 ART FAIR 2019】
お目当ては、キュンチョメの
「完璧なドーナツをつくる」

キュンチョメのステートメント
「アメリカのドーナツと沖縄のドーナツを合体させたら、
穴のない完璧なドーナツができるのではないか?というプランを立てた。
しかしそれはとてつもなく大変なことだった。
これはドーナツの話だ。だけどこれはドーナツの話じゃない。
政治の話だ。歴史の話だ。信念の話だ。愛の話だ

もっとみる

毒山凡太朗+キュンチョメ 今日もきこえる

「天才ハイスクール!!!!」出身のアーティストで、福島県出身の毒山凡太朗と茨城県出身のキュンチョメによる合同展。いわき市内にある古いビルのワンフロアをブラックキューブとすることで、映像作品を中心にそれぞれ作品を発表した。発表の場所に、あえて「いわき」を選んだことから伺えるように、いずれも東日本大震災を強く意識した作品である。

毒山凡太朗は故郷の安達太良山に登り、頂上に設置されている同郷の洋画家

もっとみる

言葉と沈黙のあいだ―キュンチョメ《完璧なドーナツをつくる》に寄せて[2]

わたしは沖縄について無知だ。オスプレイを見たことがないし、基地反対運動の座り込みデモに加わったこともない。しかし、そんなわたしですら、映画の中のさまざまな声に耳を傾けるうちに、否応なく我が身を振り返ることになった。

こうした内省を可能にしたのは、キュンチョメがメタファーの効力を最大限に引き出したからだ。サーターアンダギーに沖縄を、ドーナツにアメリカをそれぞれ象徴させただけではない。彼らは双方を合

もっとみる

ドーナツを壊せ!―キュンチョメ《完璧なドーナツをつくる》に寄せて[1]

日本はサーターアンダギーなのだろうか、それともドーナツなのだろうか。

前者に沖縄を、後者にアメリカを、それぞれ象徴させた構図はわかりやすい。それが見る者に米軍基地とのあいだの距離感を測定させていることも理解できる。だが、サーターアンダギーとドーナツが合体する直前で映画が終わることも手伝って、見る者には明快な答えというより、むしろ大きな問いが残される。

わたしの場合、その問いは日本の立ち位置だっ

もっとみる