ともしび

小説『灯火』⑨【了】

⑨私たちには未来がある

「あ、あそこあそこ。あっちゃん、空いたから座ろう」

 私と学さんはクレープを片手に、ちょうどふたり分の空間が出来たベンチにそろって腰を下ろした。

 都内の水族館を楽しんだ後で、同じ建物内にあるクレープ屋さんへ向かった。びっくりするほど賑わっていたので並ぶのは諦めようかと思ったものの、後ろ髪を引かれて結局私たちは並んでしまったのだった。

「クレープの香りは、魅惑的だよ

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小説『灯火』⑧-4

朝から小雨が降っていた。

「本日は雨の中、ご参列いただきましてありがとうございます」

 野田幸一郎が、ひとりひとりに頭を下げている。

 先ほど、棺の中の京子さんの顔を拝見させてもらい、「ああ」と思わず声が漏れた。感嘆のあまりにではなく、安堵に近い意味での「ああ」だった。入院中、彼女が痛みや苦しみを訴える姿はあまり目にしてこなかったけれど、闘病にあたりそれらは避けて通れなかったはずだから。故人

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小説『灯火』⑧-3

翌日昼の休憩を終えた私は、それまで受付窓口に立ってくれていた先輩に代わってカウンター内に入り、患者さまの対応をしていた。

 間もなくして、こちらから見て左側、病院の出入り口から長身の男性が駆け足で入ってくるのが視界に入った。

 ──あれ、野田くん?

 咄嗟に思う。
    男性は病院内に足を踏み入れるなり、一目散にエレベーターがある方向へと走って行ってしまったため、よく顔が見えなかった。

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小説『灯火』⑧-2

一日空けて京子さんのお見舞いに行った私は、心底後悔した。
 私の顔を見るや否や、京子さんは私の手を握りしめて大粒の涙を流し、何度も「あかねちゃん」と名前を呼んだのだ。

 それまで特段、彼女に取り乱した言動が見られなかっただけに、私は今更ながらはたと思い出させられる。京子さんが、一秒一秒と闘っている現実を。「死ぬこと自体は怖くない」と以前言っていた京子さんの言葉に偽りはないのだとしても、目に見えな

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小説『灯火』⑧-1

⑧この灯火を絶やさない

 あ、ひぐらしが鳴いてる。

 気づいたときには、職場のカレンダーも九月になっていた。目の前の一日一日に夢中になっていると、「一週間なんてあっという間」と毎週同じ感想を口にしている。

「谷口さん、最近よく声が出るようになったわね」

 主任から先日、お褒めの言葉をいただいた。自分でも何となく実感していただっただけに、嬉しさで顔をほころぶ。

 仕事に慣れてきたとはいえ、

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小説『灯火』⑦-2

「おばあちゃんの家がね。あ、隣座ったら?」
「あ、はい。失礼します」

 言われるがまま、私も隣のマッサージチェアに腰を下ろす。せっかくだから、ポケットから百円を取り出して起動させた。

「まさか橋本さんとこんなところで出くわすなんて、びっくりです」

 私の中の橋本さん像が少し崩れる。悪い方にではなく、好感が持てる良い方に、だ。休日はエステやヘアサロンで優雅に過ごしていそうなイメージがあった。

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小説『灯火』⑦-1

⑦至福のひととき

 熱帯夜が続く。
    昨年クーラーを購入する余裕がなく、扇風機で夏を乗り切った。来年の夏までには買えたらいいな、という願いも虚しく再びこの季節が巡ってきてしまった。

 毎年熱帯夜が叫ばれつつも、それが原因で寝つけない苦労をした経験はなかった。
    ところが、今年はどうだろう。アイス枕をして、脇に保冷剤を挟んだりしながら、何度も寝返りを打たなければ睡魔は訪れない。
 

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小説『灯火』⑥-2

抗がん剤を投与する前日の京子さんは、売店で買った雑誌のクロスワードを解いていた。

「入院って、暇よね」

 嘆く京子さんに、「そういうものなんですねえ」と私も笑いながら一緒になって、ああでもないこうでもない、と問題の答えを考えた。

 しかし投与当日、早速京子さんの身体に異変が表れたようで、「あまり気分が良いとは言えないの」とベッドに横になって安静にしていた。ただし、笑顔を見せる余裕はあったよう

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小説『灯火』⑥-1

⑥もうひとつの再会

 世の学生が夏休みに入る直前、野田幸一郎から一本の電話があった。母親の京子さんが抗がん剤治療のために入院する、と。

 当日、一日の業務を終えて更衣室で着替えるなり、京子さんが入院している病室に私はお邪魔した。私がお見舞いのために訪れるとは事前に野田幸一郎から京子さんへ伝えてもらっていたけれど、久々の対面に緊張しながら病棟の廊下を進んだ。思えばお見舞いの経験自体があまりない私

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小説『灯火』⑤-2

「学さん、私、学さんに謝らなきゃいけないことがある……」
「な、何だろう」

 学さんは、背筋を伸ばして私の話を聞く体勢を整えた。

「あのね、実は私ね……他の男の人とふたりきりで会ってしまいました」

 それを聞いた学さんは、数秒間息を止めて固まっていたけれど、おもむろに枝豆に手を伸ばしてから、「やっぱり」と呟いた。

「やっぱりって?」
「やっぱり、僕は今日、フラれちゃうんでしょ」
「いやいや

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