菓子折り

一度酷い目に遭った経験から、その行動を避けたり辞めたりする事は往々にある。例えば、遅刻をしてものすごく怒られたので、それからは遅刻をしないように細心の注意を払って2本くらい早い電車に乗る、てな具合に。

今回、私も酷い経験をしたのでお酒をやめることにした。良いものを得損なう感覚は少しあったが、それでもやめるという決断をした。

これまでも、お酒にまつわる失敗談は数多く持っているが、今回のは効いた。皆に迷惑をかけた。反省している。みんなごめんね。

先週の土曜日の事、いつも通りにいつもの汚い立ち飲み屋でビールを飲んでいた。ほぼ常連ばかりで、行けば必ず誰かしら又は全員とお喋りしながら楽しくお酒を飲む事ができた。

生ビール4杯くらい飲んだ所でほろ酔い気分になり、きゃっきゃと楽しく飲んでいたが、途中でそれほど親しくもない男が絡んできた。酔った頭で、そうだこの男を懲らしめてやろう、と悪い気持ちがむくむくと湧き上がり(こんな事考える時点でほろ酔いを通り過ぎてますね)テキーラを飲ませて潰れた所に飛び蹴りでも喰らわしてやろうと計画を立てた。

「マスター、テキーラある?ふたつ頂戴」と声高らかにオーダーし、小さなグラスにテキーラを入れたものを二つ出してもらった。

「はいどうぞ」と笑顔で相手に渡し、お互い一気に飲んだ。それぞれ2杯くらい飲んだところでもうテキーラが無くなったというので、マスターからお金をもらって近くの酒屋からテキーラを2本買ってきた。

と、記憶があるのはここまで。

気づいたら自室のベッドで寝ていた。もう朝だった。ああ良かった。ちゃんと帰ってちゃんと寝たんだ。枕元にはペットボトルのお水もあった。昨日は確かテキーラ飲んだなあ…。

今何時だろう、と携帯電話を探したが無い。そして鍵も財布も無い。てかカバンごと無い。慌ててあちこち探したが全然見つからなくて、もしかしたら洗濯機の中かな?なんて思い、洗濯機の中を漁ってみたら吐瀉物の着いた服とジャケットが入っていた。

なんとなく、察し。怖い…やばい…何したんだろ私。記憶を辿ろうとしたが全く無かった。

うちの男子学生に、緊急事態なので携帯電話を少しだけ貸して欲しいと頼んだ。無視された。朝から全く口をきいてくれず目も合わせてくれない。こりゃ大変なことになっていると感じた。

ノートパソコンから誰かしらに連絡を取って、私のカバンの行方を聞くとともに、iPhoneを探す、ってやつで携帯電話を探そうと試みた。がしかし、パスワードも思い出せず、友人のメールアドレスを暗記しているわけもなく、その作戦は無駄に終わった。

ちょうどその時、ピンポンとインターホンが鳴った。見たら昨日立ち飲み屋にいた友人だった。彼は中学の数学教師で、ちょうど休日出勤の途中に私の家があるので寄ってくれたという。インターホン越しに「早苗ちゃんのカバン、立ち飲み屋にあるよ」と教えてくれた。

少し話を聞きたかったので急いでエントランスに向かった。

「早苗ちゃんね、昨日テキーラ8杯飲んで、意識なくなって吐いて大変だったのよ。隣の男に全部ゲロかけて、そのまま倒れ込んじゃったの。で、たまたまマキちゃん達がいたから処置してもらって、水飲ませて指突っ込んで吐かせて、もう大変だったんだから。」

マキちゃん達というのはその店の常連さんで、看護師さんと看護学校の先生のコンビである。誰かが救急車を呼んだら、こんなんで救急車呼んだら迷惑だろとキャンセルしたらしい。市内には救急車が9台しかないんだとか。脈を測ったり瞳孔を見たり吐かせたり飲ませたり、あの2人にはお礼を言っといた方が良いよ、と教えてくれた。

店から家までは徒歩5分ほどなのだが、どうやって連れて帰ろうかと話し合い、近くに住む人は家に戻って担架代わりにシーツを持ってきてくれたり(結局使わなかった)またある人は近くのローソンでうちの男子学生がバイトしているのを知っていたので、ローソンまで走って呼んできてくれたり(その日はバイト休みだったが、他のスタッフを通して連絡をつけてくれた)そしてうちの男子学生と他2人でゲロまみれの私を家まで引きずって連れ帰ってくれたそうな。

ひと通り聞いて顔が青くなったり赤くなったり。申し訳ない気持ちでいっぱいだった。ふと後ろでお団子に結ばれていた輪ゴムを外すと、髪の毛にも吐瀉物が付いていた。

「うわっ、きったね!」とその数学教師は言い残し去って行った。

その後、パソコンでお店の電話番号を調べ、公衆電話から電話した。10年ぶりくらいに公衆電話を利用した。

電話をかけたらマスターが出て(小さい店なのでマスターの携帯電話が店の番号として掲載されていた)あと20分くらいしたらお店開けてくれるという。私がカバンを持って帰るためだけに朝から一瞬開けてくれた。

お詫びを言いながら取り急ぎカバンを取って帰ってきた。携帯電話を見ると、いろんな人から、カバンお店にあるよ、とか、大丈夫?とか、たくさん連絡が来ていた。懲らしめてやろうと思った男からも心配のメールが来ていた。ゲロかけてごめん、と返信しブロックした。なんであいつはあんなに飲んで平気なんだろう。後から聞いたところによると、彼は水もたくさん飲み、ちょこちょこトイレでわざと吐いていたらしい。悔しい。そいつが履いていたホワイトジーンズとスニーカーが私のゲロまみれになったと聞いて少しスッキリした。もう関わるのやめよう。

その日の夜、うちの男子学生に謝った。心から謝った。本当に心配をかけた。不安だったろう。本当にごめんなさい。まだあまり喋ってくれないけど、「菓子折り持って全員に謝って来い」とだけ言われた。はいそうします。

そして次の日、菓子折り持って立ち飲み屋に行った。何にも注文しないのも悪いのでウーロン茶を頼んだ。私今回の件でお酒やめることにしました、て。

そしたら「そんな事したら余計にお酒が弱くなってまたあんな風になっちゃうよ、少しだけ焼酎入れとくねー」てウーロンハイが出てきた。他の客もうんうんうなづきながら「でもあんな面白いもの久しぶりに見たよねー」「うわぁ私その時いなかったわぁ、悔しい、見たかった!」みんなでワハハと笑ってまたいつもの立ち飲み屋だった。

持っていった菓子折りを渡したら、こんな事されたら毎日菓子折りだらけになっちゃうよ、とマスターが笑った。みんなで坂角の海老煎餅をバリバリ食べた。

薄めのウーロンハイを飲みながら、みんなの優しさに包まれ涙が出そうだった。帰り際、また来てね、と言われた。ありがとう、また行きます。

今日はマイルチャンピオンシップが阪神競馬場で行われ、グランアレグリアがラストランだった。テレビの前で応援し、勝った。馬券も3連複で買っていてこれも勝った。普段なら祝杯をあげようとコンビニでビールでも買って飲むのだが、やめた。そのかわりに水をゴクゴク飲んだ。充分だった。

てかテキーラ8杯も飲む前に誰か止めてよ。

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