国王とは最初は家庭の父親だった
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国王とは最初は家庭の父親だった

 国王とは最初一つの家庭の父親だった。(ロバート・フィルマー著『Patriarcha』より)

 貴族と平民の違いは,「家族意識」だ。平民には家族といった概念はないか、あるいは希薄である。あったとしても,視覚的に見える孫の世代までしか意識しない。

 しかし,貴族は目に見えない耳に聞こえない子孫や祖先を意識する。そうすることで,名誉と財産の保護をはかり,平民と一線を画するのである。

 従い,貴族は相続に強い関心を払うが,平民に相続の概念は無い。

 このため,血統をあらわす「苗字」の概念も平民には無かった。(19世紀末,明治政府が強制的に平民に苗字を名乗らせたのは,富国強兵政策で徴兵制を施行するにあたって,江戸時代のように戦時逃散する平民であっては困るので名字を持つ貴族の模倣させ国民意識の向上もたらすためであった)

 最初,アダムとイブがいた。イザナキとイザナミでもいい。
 子供をつくり,耕した田畑と家畜の財産を相続させた。

 この連続性によって王権が誕生し,王権に寄り添う形で国家が出来た。冒頭で紹介したフィルマーの国家起源説だ。

 これに反対するのがジョンロックで,国家法人説を唱え,国家は原始人同士の契約によって会社法人設立と同じようにして誕生したと説明する。

 さて原始人がそんな契約を守るのかといえば甚だ疑問であるが,18世紀のイギリス人も21世紀の日本人もこの「社会制約説」を信じた。

 だが,これは間違いだ。

 国家とは,「父親」を「国王」だと子孫の誰かが認識したことから始まった。

 国王のためならば死んでよいと思うのはなぜか。それは,国王によって命を与えられたと考えるからだ。

 天皇は,大和民族の父である。そう考えるのは自然だ。

 すでに父親である者,これから父親になる者は,『子』とは最初の臣民であることを自覚しなければならない。

 そして,子どもである臣民から愛される国王(父親)でなければならない。家庭内は親政が執り行われるべき空間だ。

 そうして,あなたの振る舞いが立派であったならば,あなたの子孫はあなたの偉業を語り継ぎ、どこかの時点であなたの子孫からあなたは貴族だと認識される。

 あなたがさらに立派であったならば,遠い未来にあなたの子孫からあなたは王だと認識される。このような連続性によって個々の家庭が成り立ち,個々の家庭の集合体として国家が成るのである。

 国王は,最初一般家庭の父親だった。

 天皇も,ウェインザー家も,パブスブルグ家も,あなたの家も。

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