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執筆後記:「らしさ」と「サンドイッチ」で組み立てる(キャリアハック/「糸井重里さんと考える企画」に寄せて)

今回の執筆後記は、キャリアハックでまとめさせていただいた、糸井重里さんが登壇したトークイベントの記事について。前回のクラシコムジャーナルの執筆後記では記事を読んでの所感を書いていったが、今回は原稿制作の裏側をちょっとまとめてみようかしらと思っている。

キャリアハックさんから糸井重里さんのトークイベントの原稿編集の依頼が来た。「執筆」ではなく「編集」なのは、一度は編集部で記事をまとめてみたんだけれども、どうにもしっくりこないので、良い形にするにはどうしたら良いだろうか、という相談みたいな依頼だったからだ。

「糸井さんらしさ」を残したい

珍しい依頼ではあるんだけれども、以前にもキャリアハックさんからは同様のお題をいただいたことがあり、その時の仕事が良かったのだろう。今回も似たようだろうと思って軽い気持ちで引き受けた。何より糸井重里さんのトークを仕事で読めるのであれば、これは原稿料以上の価値があるのは疑いないので、僕にとっても勉強になるはず、そういう思いがあった。

そもそもしっくり来ないのはなぜか。今回の課題は、原稿からどうにも糸井重里さんらしさが抜けてしまっている、そうだ。現状の原稿に手を入れるつもりで一度読んでみると、たしかに綺麗にまとまってはいる。けれども、糸井さんらしさという観点から見ると、どこか全く別のクリエイティブディレクターの方が話している内容を、さも綺麗にまとめましたと言われても納得できる文章ではあった。

そこで僕は、あぁ、これは単なる原稿を良い感じに編集するだけではなくて、もういっそ全てを変えてしまうぐらいの調整が必要なのだと悟り、自分が軽口で受けてしまったことをすこし後悔していた。

テーマの再設定と、メディアにとって残したい言葉

とはいえ、受けてしまったものは仕方がないので、ほぼ全てをリバイスする方針になるだろうと思いつつ、仕事に入っていった、第一に始めたのは編集者との内容のすり合わせだ。僕はあらためて一人のライターとして、この原稿を書き直すという意志を持って向き合わなければならない以上、編集者とのすり合わせは必要になると考えた。

僕が手を入れる前の原稿では、いくつかのテーマがバラバラと並べられている印象を受けたので、記事の芯が無いように思えた。芯がないということは、タイトル付けに困る。通常、ウェブメディアの記事は、タイトルで読む人の気を引き、内容で応える図式になっているので、可能であれば一つのテーマについて語っている方が、受け取る人にとってもわかりやすくなる。

今回の記事の場合は、糸井重里さんと阿部広太郎さんによるトークイベントの書き起こしが手元に届き、そこから記事を作る。取材を前提としていないので、テーマの再設定が可能だ。僕は編集者と話をして、「この原稿で届けたいテーマを2つくらいまでに絞りたいのですが、何がいいと思いますか?そして、このトークイベントの中から、あなたのメディアにとって、どうしても残したい部分はどこですか」という質問を投げかけた。

ウェブメディアはその性質上、ある一定の趣味趣向、テーマ、コンセプトを掲げていることが多い。そこで、トークの中から、そのメディアに合ったテーマに照らし、この対話から自分たちの文脈として残しておきたいこと、伝えたいことを抽出することで「そのメディアらしい」記事になる。

ほどなくして、編集者さんは丁寧にもう一度文字起こしの全体を読み直し、テーマを絞り、必ず残したい部分をハイライトで残してくれた。糸井重里さんの「企画術」と「仕事のスタンス」をテーマに、「楽しさ」というキーワードを大切にして構成する方向性が定まった。

「らしさ」をどこに見出すのか

さて、ここまで決まれば、後はそれに沿ってトークイベントの内容からしっかりと該当箇所を抜粋し、整理していくことが必要になる。ただ、今回の原稿に関しては「糸井重里さんらしさ」を残したいという最初のオーダーが重要な役割を持っていた。

単に内容をまとめ直したとしても、糸井重里さんらしさは消えてしまう。では、僕にとって「らしさ」とは何だろうと考える時間が必要になった。でも、これに関しては、それほど迷わなかった。はっきり言ってラッキーだったと思うしかないんだけれども、僕は糸井重里さんの著書を読んだり、ほぼ日の毎日のコラムを読んだりしていて、糸井さんが書いた文章ないし糸井さんが出る対談を目にする機会が多くあった。

つまり、それらは糸井さんも目を通した上で世に出ているわけで、「文字面の上での糸井さんの振る舞い」を、ある程度は表現したものだろうと考えた。そこに、何かしらの「らしさ」を感じとるヒントはありそうだった。

このことは、以前に編集者の若林恵さんが「話すときには俺だけど、文章を書くときには僕としたい」といった話をしていて、あぁ、そういう違いがあるのだ、と強く印象に残っていたのが、思考のとっかかりだ。

そこで僕が感じていたのは、糸井さんはいつも比喩が面白い。面白いだけではなく、例えばビジネスであるとか、ちょっと難しいテーマである時にも、僕らにとって馴染みやすい、親しみのある比喩を使ってくれる。そして、その比喩が全て的を射ているようで、実はちょっと的を射てないんじゃないかと思うときもあるくらい、少しふわっとした、ただ優しくて面白いと感じられる表現であることがままある(気がしていた)。

どこか読む人の想像力の余地を信じているかのような、その比喩こそが、糸井さんらしさの源泉になるかもしれないと僕は考えた。その観点で書き起こしを読んでみると、すでに一度編集された原稿からは、そういったところが全て抜け落ちているようにおもえた。

そこで、編集者さんとのやり取りの中で決まった「企画術」と「仕事のスタンス」という芯をもとに、糸井さんが言いそうな感じ……というのか、マッチしている表現を自分なりに抜き出して優先して残すことにした。

サンドイッチ話法を援用してみた

ただ、「仕事のスタンス」は読む人にとっての即効性というか、汎用性が弱い面も否めないので、比重としては「企画術」に当てた。と、なれば、原稿の最後には「企画とは何なのか」がまとまってくると、非常に収まりがいいだろうと思った。

そこで、まずは「糸井さんにとっての企画の原点は何か」を冒頭に置き、文末には「企画とは何か」という真髄を短く表したものでまとめることで、非常にバランスの良い原稿になるのではと考えた。文末は、すぐに決まった。最初の原稿ではバッサリと抜けていた「100円玉を捨てる」という企画の話を盛り込むことにした。

この話は、書き起こしを読んでもすごく発見があって、企画とは何なのかという真髄を、糸井さんの身体的な表現で、かつ僕らも身近にイメージができる「100円玉」を用いることで説明した金言だと思った。

結果として、冒頭では糸井さんの原初的な企画体験である「紙飛行機大会」の話をして、文末では誰にとっても企画の重要性がわかる「100円玉を捨てる企画」の話で挟み込む構成になった。

これは「叱り方」の一つのテクニックであるサンドイッチ話法を援用したものだ。頭とお尻に「肯定」を置き、中に「否定」を置くことで、相手が受け取りやすい叱り方になるそうだ。

今回はテーマが2つあるので、企画術→仕事のスタンス→企画術と流れをつくれば、読み手の印象には企画術がしっかり残るために、正しく企画術の記事になりながら、仕事のスタンスについての気づきも提供できるため、内容を濃くできるだろうと考えたのだ。

でも、ほぼ日になってはいけない、という難しさ

そして、糸井さんらしい、少し柔らかな表現をなるべく残しながらも、ここで難しいのが「ほぼ日になってはいけない」というもう一つの制約だ。ほぼ日という強力なウェブメディアがある以上、なぜこの記事がほぼ日ではなくキャリアハックに載るのかを考えながら文章を整えていく必要がある。いや、必要はないかもしれないんだけど、僕はそう考えた。

だからこそ残すところは残し、削るべきところは削り、言い替えるべきところは言い替えながら、ある程度の「ビジネス感」を大事にすることにした。その結果が今回の原稿になる。

ざっくり言うとこんな風に考えて一つの原稿を作った。そして、やっぱり気軽に受けるにはかなり重い仕事になってしまったのは否めない。ただ自分にとってもすごく気づきのあるものになったし、Twitterなどの反応を見ても100円玉の話に感銘を受けたコメントも見られ、よい形にできたんじゃないかと思っています。

面白く、学びのあるお話を、わかりやすく伝えることができていたら嬉しいです。

トークイベントの記事化は腕の試しどころ

トークイベントの記事化は、案外に、難しい。インタビューよりもコントロールが効かず、対談よりも調整がきかない。ただ、現場に行きさえすれば何かしらの撮れ高が望めるので、イベントレポート的な記事はたくさんある。

たくさんあるが故に非常に簡単だと思われている節があるのかもしれないが、あるメディアのテーマに沿って、いかに自分のコントロールの効かない原稿をまとめるかという点では、ライターの腕が試されるタイプの原稿なんじゃないかと僕は考えている。

逆に言うと、テーマで切れるのであれば、登壇者の方に失礼にならない限りで、どんな観点からでも原稿ができる可能性はある。それは非常に魅力である。往々にしてトークイベントに出ている方というのは、話の内容にパワーがある方が多いので、うまくハマればいい記事にできる。

もし、ライターとして何か経験する場を積みたいと考えるのであれば、何かしらのトークイベントに参加して必死にメモを取り、それをあるテーマに沿って原稿にしてみる、もしくはメディアで記事にするというのも、一つの修練にはなるんじゃないかと思います。

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