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平成最後の日に本帰国、そこから1年経って見えた景色

ちょど1年前、私は2つのスーツケースと2つの段ボールを抱えて羽田空港に到着した。

イミグレと税関を抜けて、タクシー乗り場まで一直線。大量の荷物を何とかタクシーに積み込んでもらい、タクシーの席で一安心した感覚は今でも覚えている。帰国便で運べる量の荷物に身の回りを整理し、この帰国便でもって生活拠点をバンコク→東京に動かすこと、が私のバンコクでの最終任務であった。

朝6時頃だったので、首都高もスムーズで、1時間弱で自宅に到着。自宅について荷解きを少しだけしながらの身支度、そしてGWに実家へ帰る荷造りを再び。この日の予定は、11時に大宮駅で夫・子供たちと合流、その後、北陸新幹線を使って、実家の福井まで行くことだった。時間を逆算しながら、できるところまでの荷解きを終えて、再び駅へ向かった。

平成最後の日に本帰国となったのは、意図したわけではなかった。

バンコクでの仕事と、日本での仕事の双方を調整した結果、そうなっただけであった。それでも「平成最後の日に本帰国」なんて、何だか私の新しい時代が明けたようだな、ってその偶然に思わず笑ってみたりもした。実際、今、1年前を振り替えると、その言葉は当たっていて、自分が新たなフェーズに入るタイミング、本でいう「はじめに」の部分だったのだ。

最初の逆カルチャーショックは日本「令和時代の幕開け」モード。

30代の半分以上をタイ・バンコクで過ごした私 は、バンコクでは日本人社会で暮らしていたとは言え、いくつかの 逆カルチャーショック(母国/ここでは日本の文化や環境に違和感や心理的衝撃を受けること)を経験するだろうなと思っていた。しかし、こんなに早く逆カルチャーを体験するとは思ってもみなかった。。。

GW前半に夫の実家に遊びに行っていた子供たち(11歳の娘と8歳の息子)と大宮駅で合流。子供たちは学校開始と合わせて4月に本帰国したのだが、子供たちは既に、それぞれに逆カルチャーショックを経験していた。その中には悲しい出来事もあったのだが、私にはここ1か月で随分成長したように感じた。ここ1か月での出来事をあれこれ話している間に福井へ到着。(ちなみに、夫とは1年間の逆単身赴任生活を行っていた。これはまた改めて記事にしたい。)

私の祖母・両親の待つ福井へ到着し、ご馳走の並ぶ食卓を囲み、ゆっくりくつろごうと思っていた。しかし、テレビには「平成の総集編」「令和時代へのカウントダウン」が映っており、まるで大晦日のような夜だった。そう、最初の逆カルチャーショックは「令和時代の幕開け」モード とそれに乗り切れず冷ややかな目線を送った自分との対比だった。

そして1年経って、自分が新たなステージにいることを実感。

そんな逆カルチャーショックで始まった東京生活だけども、実は約1年間、仕事の傍ら、自分と向うために「Mon*Treコーチング」を受けていた。

Blossomy*Life Labo.Y 代表のゆかこさんとは、かれこれ10年ぐらいのお付き合い。今まで何回か単発のセッションやワークショップを受け、渡泰前と一時帰国中にもセッションをお願いした。都度都度、自分がどう在りたいかをサポートしてもらっていた。またこの10年間でゆかこさんもいくつかのターニングポイントを迎えていた。「自分自身がターニングポイントを迎え、バージョンアップしたゆかこさんに1年間サポートしてもらおう、サポートしてもらったら何が出てくるのだろう、想像したらワクワクしてしまって」と申し込み時のメッセージを読み返すと書いてあった。

15回継続セッションの13回目に「自分はこれにワクワクするんだ!」と 今までやってきた無数の点が一気に繋がった 経験をした。これが好きなんだな、という確信とこういう世界を実現させたいという想い が、ようやく見えてきた。多分、40代はこの世界観を少しずつ形にする期間 なのだろうと思う。


# 今日の写真はチェンマイの コムローイ の写真をお借りしました。

  

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