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vol.41 「新米」寒露 10/8~10/22

 カラリと乾いた風が心地良い秋晴れの日が続いている。日中は汗ばむような陽気でも、金木犀のむせ返すような甘い香りはいつの間にか薄らいで、朝晩のひんやりとする空気が秋の深まりを教えてくれる。そして木々の葉は、まるで間違い探しで私を試すかのように、日毎に少しずつ色づいて見せるのだ。
 田んぼの稲穂は見事なまでの黄金色。緑の頃ももちろん美しいけれど、真夏のあの暑さや長雨、台風をも潜り抜け、何事もなかったかのようにしなやかに風に揺られて輝く姿には、やはり心打たれるほどの美しさがある。
 in-kyoにはこの辺りの田んぼよりもひと足早く、茨城県つくば市でお米農家を営む友人、山崎さん家族が丹精こめて育てた「ひなたの粒」の新米が届いた。近くで田んぼの風景を見かけると、頭の中では山崎さんの田んぼがその向こうにいつも広がる。その他にも日本のあちこちでお米を育てている友人、知人の顔も浮かぶ。あの長雨の影響は大丈夫だったろうか、台風が来る前に稲刈りは終えただろうか。そんなことを思ったところで遠く離れた場所では手伝いも何もできないもどかしさを抱えながら、それでも心待ちにしていた新米が無事手元に届く喜びはなんとも言い難い。まさに手を合わせて「いただきます」と口にするのと同じ心境。販売用のお米をお店に並べながら、手にして下さる方とこの喜びを早く分かち合いたいと心が弾む。棚に並んだ小さな米袋たちの姿もなんだかピンと誇らし気だ。
 さて。そうして新米が届いたことに喜んでいるうちに、頭の中は届きたての新米に合わせる我が家の晩のおかずのことでいっぱいになっていく。やはり季節柄、秋刀魚だろうか、それとも夫が喜びそうな生姜焼きにしようか。他にも色々メニューの候補は上がったが、結局最初にパッと浮かんだこの二択に絞られる。あとはスーパーの売り場を見て決めよう。
 店じまいをしてから買い物袋を手に向かいにあるベニマルの、まずは鮮魚売り場へ直行する。すると私を待っていたかのように、ピカピカの秋刀魚とピタリと目が合い、その日の晩のおかずが迷わず決まった。そんな私の意気込み?張り切り?が伝わったのか、秋刀魚を炭火で焼こうと夫が庭に出た。秋刀魚の焼き上がりとお米の炊き上がりの時間を考えて、お味噌汁やら秋刀魚に添える大根おろしやら副菜やらをそそくさと準備する。「せーの!」で食卓に並んだ秋のごちそうはどれもピカピカと輝いて、まさにあの黄金色の田んぼのようだ。
 何はともあれ艶々のご飯から。おかずをあれこれ考えたけれど、ご飯だけで十分なくらい箸がすすむ。その年ならではの風味は、同じ気候の中で過ごす私たちにとって、なおさらしっくりと味わうことができるのでしょう。炭火で焼いた秋刀魚の皮はパリッと、身はふんわりとしてもちろん美味しかったけれど、この日の主役はあくまでもご飯に大きく軍配。
 気づくと新米が届く頃には、その年の梅干しが出来上がり、庭で育った紫蘇の実を塩漬けにしたり、梅干しづくりの副産物の梅酢で漬けたり。冬に仕込んだお味噌はちょうど味噌開きの時期を迎える頃。途中、何度か味噌桶の蓋を開けて様子はうかがっていたものの、やはり季節を待って、いざ味見をするまでは落ち着かない。中蓋代わりに敷き詰めた白い酒粕は、「たまり」を含んですっかりお味噌の色へと染まっている。その酒粕はきれいに取り出して鍋料理の味付けや、肉や魚を漬けるのに使うなどして重宝する。肝心の出来立てのお味噌も良い香りで、今年のお味噌汁の出来栄えにホッとする。秋刀魚だ、生姜焼きだと思っていたけれど、ここにぬか漬けか三五八漬けがあればもう十分。
ピカピカの新米のまわりには、地味ながらもその年ならではの我が家の味が揃い、いつの間にか野の草花のように花を添えている。