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インタビューの準備は何をするべきか。『坂東三津五郎 踊りの愉しみ』の場合。

 インタビューが大好きだった。

 インタビューされるのがではない。自分がインタビュアーとなって、人に話を聞くのが好きだった。

 私の二十代は、インタビューの仕事が多かった。
 編集会議で企画が通れば、できるだけライターさんには依頼せずに、自分自身で話を聞きいった。原稿を書き、写真を選び見出しやキャプションを書くことに追われていた。

 思い出に残るインタビューは数々あるけれども、この仕事で中村勘三郎(当時、勘九郎)や坂東三津五郎とも会った。坂本龍一や小田和正ともロングインタビューをした。


歳をとるにつれて依頼は次第になくなる。

 単行本ならば、自分で企画を立てて、はじめればいい。
 けれども、雑誌のインタビュアーとしての依頼は、私が歳を取るにつれてなくなった。

 よほど、相手が大物か、昔のことを聞くような場合でなければ、私は起用してもらえない。

 最後にインタビューをしたのは、文藝別冊の蜷川幸雄追悼号で、俳優の木場勝己に話を聞いた。二○一六年の八月九日と記してあるので、もう、何年も時間が経ってしまった。

 木場とは、竹内銃一郎が主宰していた秘法零番館のころから面識があり、デヴィッド・ルヴォーが芸術監督をしていたTPTではベニサンピットでよく会った。さらに、蜷川幸雄と木場が仕事をするようになってからも稽古場で顔を合わせた。

 他の演劇人と比べて少し変わっているのは、文京区の西片にある小料理屋で、偶然、よく会ったことだろう。もちろん、短く挨拶をするだけだが、それだけでも、親しみを感じていたから、はじめてのインタビューでも自然に始められた。


聞書きで本を作った思い出。

 話の聞き手としては、蜷川幸雄の『演出術』(ちくま文庫)、坂東三津五郎の『歌舞伎の愉しみ』『踊りの愉しみ』(岩波現代文庫)が、私にとっての大きな仕事になる。

 『演出術』は二年がかり、『歌舞伎の愉しみ』『踊りの愉しみ』は通算四年を超えるだろうか。

 速記の量も膨大で、すべてを収録するわけにもいかないから、編集の段階で苦労した。ただ、こうした構成の作業は、性分に合っているようで、工夫をするのが楽しかった。


事前にどんな準備をすべきか。

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年々、演劇を観るのが楽しくなってきました。20代から30代のときの感触が戻ってきたようが気がします。これからは、小劇場からミュージカル、歌舞伎まで、ジャンルにこだわらず、よい舞台を紹介していきたいと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。