目立たないものを欲しがるのは・・・(2010年11月16日のメルマガ)

★こんにちは、ハルヤンネです♪★

 「目立つからイヤ」と言うことよく聞きます。小学校の運動会「去年より、目立たなかったわ、よかったわ」と親は話します。目立つは、悪いことのように想っているわけですが、それは、どうしてでしょうね。

 コミュメモや巻カレをお勧めすると「子どもが、障害者みたいでいやだっていうんです」と返事がやってきました。それを読んで「障害者は変」と刷り込みが行われていることがわかります。生まれたときの子どもは、「障害者は変」とは思ってもいませんよ。そのお子さんが高学年になるまでに、「変わっていることは、格好悪い。同じことほど、よい」という刷り込みが行われてしまっているのです。だからこそ、ちょっと違う形をしているメモもカレンダーも、「障害者みたいで」と平気で言ってしまうんです。それって、誰から、刷り込まれたのかわかりますか?近しい大人、つまり、その子どもの親(または、保育士や教員)からなのです。

 それを、大人は、社会性ができたと言いますが、果たしてそうでしょうか?「お友達と同じものじゃないと、仲間はずれにされてしまうから」ともし子どもが言ってきたとして、それに違和感を感じない大人、結構多いんじゃないでしょうか?大人も、「なんでもいいよ、みんなと同じで」とランチタイムを過ごしている人もかなりいるでしょう(めんどくささもあるかもですが、それ以上に、ひとりだけ違うものを頼むことで、変に見られないかが大きいのではないですか?)。
 
 同じだと安心する。みんなと同じように行動ができて、みんなと同じような格好をして、みんなと同じようなことを言っていたら、「目立たない」。だから、そうしないといけないと思ってしまうんでしょう。でも、それらが、同じように行動できない、同じものだとうまくいかない、同じ形のコミュニケーションではうまく伝わらない人を、どんどんとおいやっていることに、私たちは、気がつきません。

 イヤマフを販売しています。すると、もっと「目立たないものないの?」と言ってくる親御さん、先生。でも、目の前には、大きな音に困っている子どもがいます。もしかしたらイヤマフで楽になるかもしれません。でも、まず「目立たないもの」となる。じゃあとコンパクトなものをお勧めすると、「子どもには、高いわ。もったいないわ」となる。性能やデザインが良くなると、当然価格も上がるのは、自分自身の消費について理解していたら、わかるようなものですが、こと子ども、しかも障害があるとなると、当然という顔をして発言されるのです。

 「いかにも障害児みたいでねえ」と言うとき、その人の中に「障害があることは、悪」という差別感がはっきりと見えてきます。そして、その考えは、結局ご自身の子どもを、本当の意味で認められないということにほかならないのです。だから、そういう大人(親や教員)に、育てられ、教育を受ける子どもは、けしてシアワセにはならないと、予想がつくわけです。

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