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歌の心臓

今日は、ふとしたきっかけがあって、
わたしが本当にやりたいことはなんだろうかと考えていた。
一人で考え事をするには丁度いい気候だった。


わたしは歌手でありたい。

音楽で食べていくなんてカッコつけて思っていたときもあるけれど、今は音楽をやりつづけるために、他のお仕事でお金をいただきながら歌手を続けていくのが丁度いいと思っている。

そのほうが、やりたい音楽ができて、歌を嫌いになることもないと気づいたから。

そして、そのほうが今の時代は音楽を続けやすい気がする。


でも、なぜ歌を歌っていたいと思ったのか。
その大事な理由を忘れているような気がして…

いや、わかっているつもりでいてちゃんと向き合って来なかった気がする。


10代から20代くらいは「感情のはけ口として」「それをするしか表現できないことがある」と言っていたと思う。
それは本当だった。
言いたいことが言えるのは歌を通してだけのような気がしていた。

それから、精神的にももう少し大人になって、視野も昔よりは少しばかり広げられるようになった今、感情の出し入れも上手になり、他人様に伝えたい感情はあまりなくなった。

伝えたい想いはある。けれど、伝えたい感情、わかってほしい感情はだいぶ少なくなった。

なんというか、恥ずかしながら、昔は自分のことをわかってほしいばかりだったように思う。


わたしは大人になって、知ってしまったのだ。

わたしが怒りに震えて叫んでいる出来事の裏側には、事情があってそうせざるを得なかった人々の切なさがあり、
わたしが声高に叫ぶせいで知らなくて良いことを知り、傷つく人がいる。

自分の側面ばかりを知ってほしくて表現することはもうできない。
それは、なにも知らなかったからできたことなのだ。

知ってしまったから歌えなくなった歌があり、
知ってしまったから書けなくなった詩がある。


随分前に、元パンクロッカーのヴォーカルだった、現音楽制作会社の社長にお会いしたことがある。
彼は「俺はもうパンクはできないな。パンクをやるには知りすぎた。」と言って、我が子を見るような優しい目で若手パンクロッカーのライブを見つめていた。

わたしはそのとき、彼の言うことがわかったような気がしていたけれど、本当の意味でわかったのはずっと後だった。


誤解しないでいただきたいのだが、わたしは前の感覚がなくなってしまったことを悲観してはいない。
元パンクロッカーの彼も、きっとそうだろうと思う。

感覚が変わって昔好きだったものに魅力を感じなくなったこと、以前創れたものが創れなくなったという変化を、事実として自分の中に淡々と受け入れているだけで、少しも悲しんではいない。

これから何を表現すべきなのか、わたしが最高に好きだと思えるものはなんなのか、今手元にある新しい感覚をどう活かすべきか少しだけ興奮している。

前は良かった。これからもきっと良い。


そう考えたときに、これからのわたしにとっての「歌手でありたい」という気持ちはどのように表現されるのだろうか、何が原動力になってまだその想いを捨てないのか、棚卸しが必要になった。

わたしが歌手になりたいと思ったきっかけは何だったろうか。


半日ほどかけて自問自答を繰り返していると、
わたしの心の奥底に、今まであまり人に話してこなかった「きっかけ」があることに気がついた。

わたしの中で当たり前過ぎて、気が付かなかったのだ。

心臓が動いていることを意識して生活していないように、「ある想い」が動いていることでわたしの歌が生きているのを意識したことがなかった。


わたしのすべての源は、久世星佳(くぜせいか)さんだった。

彼女は宝塚歌劇団の元月組男役トップスター。
今やドラマやCMで引っ張りだこの天海祐希さんの次にトップになった方だ。

わたしは彼女が大好きだった。

彼女をはじめて知ったのは小学校1年のとき。
母が家のテレビでベルばらを見ていた。

その時は正直に言って、ミュージカルの良さがわからず、ファミコンがしたかったので早く終わってくれと思っていた。ラインダンスもムカデのようにみえて好きじゃなかった。

母がテレビを見る時間が終わらないとゲームができないからとりあえず横でみていたのだ。多少、文句を言いながら。


それから母はわたしと姉を連れて宝塚を見に行くようになった。
年が離れた姉は中学生くらいだったが、子供二人も連れて母も大変だったと思う。肉体的にも精神的にも、金銭的にも。

しかも、当時の公演を花組・月組・雪組・星組、講演内容が変わるたびに全て連れて行ってくれたのだ。

当時は何がなんだかわからず、ぶーたれていたときもあると思うが、今は大変感謝している。
あのときの思い出はわたしの宝だ。


4組すべての公演をみて、気づけば役者さんの名前も顔も特徴も覚えるようになったわたしは、宝塚が好きになり、気分がいいとお気に入りの公演の曲を鼻歌で歌うようになっていた。

そして、小学生の癖に生意気にも当時3番手の久世さんのファンになった。


宝塚好きな方はわかってくれると思うが、どちらかというと久世さんは玄人好みされる方なのだ。

たとえば月組には、妖精も悪魔もオスカルも異次元レベルでイケメンをこなす涼風真世さんがトップスターに、2番手に当時としてはある意味「宝塚離れ」した新時代のトレンディー男役を作った天海祐希さんがいる。

そして花組には、女性だったら誰もが憧れるであろう、華のあるtheイケメンの真矢みきさんもいる。

雪組には、時代劇も男役も女役も、どれをやらせても見事にハマって魅せてくる一路真輝さん。

今もテレビや舞台で活躍されているスターたちが数多く在籍していて、言葉に尽くせないほどそれぞれの良さがあり、カッコよかった。


そんな、いい意味で一癖も二癖もあるイケメンスターが並ぶなか、わたしは久世さんに恋をしたのだ。

久世さんは、悪役か、おじさんか、ライバルを演じることが多かった。影のある大人の役が多かった。

乙女ゲームで例えるなら、天海祐希さんや真矢みきさんは主要キャラクターで、久世さんはストーリーを支えるために現れる、攻略できないオジサマキャラポジションだろう。

あまりキラキラしていない、と言ったら語弊があるかもしれないが、落ち着いた大人な役が多かった。

当時もファンの中でいい意味で「王子服が似合わない人」「スパンコールが似合わない人」と言われていた。
それ以上にスーツ姿がカッコよかったのだ。

出待ちをしていると宝塚のファン同士仲良くなることがあって、小学生のわたしが久世さんのファンだと言うと、9割くらいは「渋いね!」という反応が返ってきたものだ。


渋くてカッコいい久世さんが大好きだった。

キラキラしてない、みんなには優しいのに裏ですごく苦悩している、仕事や地域の将来のために恋心を我慢する、賢さ故に悪事を働く。

初めてわたしにカッコいい大人を見せてくれたのは久世さんだった。

幼い頃からマセガキで可愛げのないわたしは、久世さんの魅せてくれる大人の世界が大好きだった。

こんなカッコいい大人になりたいと思っていた。


久世さんが退団した後も、歌や踊りが好きになるスターはたくさんいたけれど、その人の魅せてくれるすべてが好きだったのは久世さんだけだった。


今でも久世さんにもらったものを胸に、夢を追いかけている。

わたしは、あのとき憧れたカッコいい大人になりたい。
子供が憧れるほどの大人だ。

でも、全くうまくできない。なかなか難しいものだ。
全然賢くたちまわれないし、失敗して、恥ずかしい思いをしてばかりだ。


けれど一つだけ、自分でもなんとか、久世さんに近づけているのではないかと思うことがある。

それが、歌っているときだ。

歌っているときだけ、あのときに憧れたカッコいい大人に少しだけなれている気がする。


だからわたしは歌がやめられないんだ。

おこがましいことだけれど、
久世さんがわたしにそうしてくれたように、いつか、わたしの表現が誰かの楽しみになり、憧れの一つになったら嬉しい。

久世さんとの思い出がある限り、わたしは歌を歌ってしまうのかもしれない。




そういえばわたしは物心ついた頃から、大人になりたいと思ったことはあっても、子供のままでいたいと思ったことは一度もなかったように思う。

これも、きっと…。


___________

久世さんの良さを知ってほしいので、おすすめの公演のDVDを載せようと思ったらビデオテープしかなかった(笑)

ので、天海祐希さんがトップのときの最高に楽しいミュージカルを載せておきます。
もちろん、久世さんも出ています。おじさんの役で(笑)。

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『ME AND MY GIRL』('95年月組) [DVD] 宝塚歌劇団 https://www.amazon.co.jp/dp/B00FAJ2ST2/ref=cm_sw_r_tw_dp_U_x_srwSEbERXPSB1 

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あったかくなった。ありがとう。
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フリーランス→全くはじめてのIT業界ではじめての会社員に。仲良しの友達や大切な人に話したいコトを中心に書いてます。前職は音響・効果音ディレクター/ボイトレ講師/カウンセラー/船員など。富山県出身の夫と二人暮らし。
コメント (2)
自分のことってわかっているようで
わかっていない。
自分に正直になって、
自分を認めてあげることもなかなかできない。
私ももっと自分のことを考えてみようと思えました。
棚卸ししてみようと思います。
これからも読ませていただきます。
多くの気づきをありがとうございます!
田中さん、いつもありがとうございます!
はい、嫌いなことや苦手なことよりも、好きなことについて意外とわかっていないものだなと実感しました。
田中さんも、ぜひ!
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