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ゆたかな温度

むつかしい話はよくわからない。
わかったようなことを言うのもイヤだ。

けれど、幸せだとか豊かさについていっちょ前に考えようとすると、どうしても、賢そうなことや誰もが納得してくれるようなことをいいたくなってしまう。

それはきっと、しあわせとかゆたかさからは遠い答えなんだろうな。


わたしは布団に入る瞬間が大好きだ。
毛布もシーツもできるだけフカフカであたたかいのがいい。

そろそろ毛布はしまって薄い掛け布団に変えなければいけない時期だけれど、まだ寒い日があるとか、今年はそんなに熱くないだとかいいながら、毛布をしまえないでいる。


それからわたしは、夫と手をつなぐのが好きだ。
パーカッショニストの夫の手はゴツゴツしてガサガサして、時々引っかかる。でも、おおっきくてあたたかい手が好きだ。


さらに、わたしは人と話をするのが好きだ。
このあいだ、街なかでとっても長い蟻の行列をみつけて、どこまで続いているのかずっと辿っていたら
「どうしましたか?落とし物ですか?」と知らないご夫婦に声をかけられた。

流石に蟻の行列を辿っていたというのは恥ずかしかったけれど、
ご夫婦も「へぇ、ホントだ!」と珍しそうに見てくれた。


なんでもない会話だけれど、全く知らない人と共感できたりおもしろがれたときは、ココロが震える。
しばらくあたたかい気持ちでいられる。

こうやって、思い出しているときだって。


しあわせってやつも、ゆたかさってやつも、よくわからない。
でも、ヤツラの正体は漢字の表記よりもひらがなのほうが近い気がする。

わたしのなかでは、"幸せ"よりも"しあわせ"で、"豊かさ"よりも"ゆたかさ"だ。

わたしは誰かに「これが幸せだよ」「今君が感じたものが豊かさだよ」と教えてもらったことはないから、正解はわからないけれど、たぶん、"しあわせ"と"あたたかさ"は似ていると思う。
そして、"ゆたかさ"と、"あたたかさを感じられること"も近い気がする。


わたしの周りには、あたたかいものがそこかしこに散らばっている。
近くにもたくさんあるし、遠くにも、ずっとずっとある。
行ったことがないところにも、きっとたくさんあるだろう。

あたたかいものに触れたとき自分もあたたかくなる。
そういう、温度の分け合いみたいなのが、"しあわせ"だったらいいな。

そして、あたたかさがわかるのは"ゆたか"だからじゃないだろうか。

わたしが、あなたが、あのひとが。
ゆたかだからあたたかいものがわかりあえる。
あたたかいものをつくってくれて、あたたかい人でいてくれる。




あたたかい人がたくさん集まったら、きっともっと、ずっと、ゆたかだ。


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フリーランス→全くはじめてのIT業界ではじめての会社員に。仲良しの友達や大切な人に話したいコトを中心に書いてます。前職は音響・効果音ディレクター/ボイトレ講師/カウンセラー/船員など。富山県出身の夫と二人暮らし。
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