【小説】自分らしさ
本当に、ため息がでちゃう。
黒髪のストレートを後ろでポニーテールにくくり、髪のほつれやはみ出しがないよう丁寧にチェックする。
みんな黒い同じようなスーツに身を包み、私服可のはずの企業イベントに臨む。
ここでちゃんとフォーマルな格好をしていけるかを企業は見ているのだ! なんてやる気を出す友人もいたけど、私はどうもそんな空気感に馴染めない。
『大学ではどんなことを研究しましたか』
『サークルではどんな活動をしましたか』
就活howto本には個性を打ち出せと書かれているのに、その実、許される回答パターンは数えるほどしかない、
私自身はファッションに気を遣うようなこなれた女子学生ではなかったけれど、服装や髪形だって個性のうちだろう。
私服可のイベントだって、ワークライフバランスだとかブラック企業だとか、時事を汲んでそういう個性を打ち出して好感度を上げようとしているのだろうに、そこにわざわざ旧式の思想で出向いてしまう学生の奴隷根性に、私は馴染めないのだ。
「私服可って言っといてスーツ野郎しか採用しなかったら、それは企業が嘘をついたってだけの話じゃないの?」
「ハハ、咲月(さつき)は型にはまらない子だよね。でも社会はそんなに甘くないって言うし?」
嘘をついて学生を騙すのが社会というなら、それが大人のたしなみというなら、私は大人になんてなりたくない。そう思うことはおかしいことなのだろうか。
「型にはまらない、か」
あらゆる女子の付き合いを無視して研究に没頭した自分に、それでも付き合ってくれたのが前述する友人だった。一度ゾーンに嵌まれば出てこれなくなる私を、現実に引き戻してくれた。
ある意味、今回もその延長線上にあるのだろう。いくら嫌ともがこうとも、社会を牛耳る暗黙の了解からは逃れられないのだと、彼女は諭してくれているのだ。
そう思おうとしたのに、耐えられなかった。
四年間ずっと私を気にかけてくれた人を、失った。
「――そんな社会なら、就活なんてしたくないよ」
「気持ちはわかるけどさ、就活ってそんなもんでしょ」
「なんでそう割り切れるの? そうやって大人たちの顔色だけ読んで、奴隷のように生きるなんて――嫌」
彼女の親は勤勉なサラリーマンだった。しかし彼女が中学生のときに、過労のあまり自殺した。企業もすぐ過失を認めるほどの、あまりに法外な使役だった。そんな父親を見た彼女が、それでもサラリーマンになることを選択した意味に、私は思慮を巡らせなかった。
「――あんたは、いいよね」
いつもニコニコと笑顔を振りまく彼女の、初めてみた激高だった。
「両親ともに生きてて、金持ちとまでは言えないかもしれないけど授業料を普通に支払えて、研究職に進む家族の理解もあって。――私だって、大学院に行きたかったよ! だけど、教育ローンに奨学金。私には背負うものが多すぎるの。夢を語れるほど恵まれていないの!」
彼女は人目をはばからず泣いた。飲みかけのコーヒーが、彼女の整えられたスーツにかかっても、彼女は泣き続けた。
今日のイベントも、二人で行くはずだった。あの日以来、彼女のLINEも電話も繋がらない。
――私が大学院進学を諦めたのは、学資負担者の父が死んだから。
博士号取得の夢が潰え、就活を余儀なくされた――そう思ってきた。けれど。
私よりずっと早くに父親をなくした彼女は、私よりずっと大人で――しかし幼かった。
「私だって、大学院に行きたかったよ――」
あの子はずっと、学費を払うためにいくつものバイトを掛け持ちして、そもそも進学すること自体、母親や親族を敵に回して、しかし説き伏せて。
「美奈――ごめんね」
私があなたから学ぶべきは、諦めないこと。あなたは見事に、不可能と思われた大卒の称号を勝ち取った。それなのに私は、あなたの為した努力の何万分の一も努力しないままに、簡単に夢を諦めようとしていた。
指を髪ゴムに滑り込ませる。そのまま、一気に下へと指を滑らせる。髪がほどけ、はらりと肩に散らばった。
「あ、もしもし、弘山大学の桐山(きりやま)咲月と申します。本日の説明会ですが、体調を崩し欠席させていただきたく――」
お大事に、という社交辞令を適当にかわし、受話器を置く。そして、あの子にLINEを送った。
『私、就職やめることにする』
既読がついた。今までは既読すらつかなかったのに。
『美奈の分まで、勉強頑張るから』
許してくれとは言わない。美奈の気持ちを踏みにじって、私自身にも嘘をついた。でも、決めたの。誰が何と言おうが完遂してみせる。
完
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