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夏の音

「あっぢぃ…..溶ける…..」

憎たらしいほどの晴天が広がる青空を眺め、じっとりと肌にまとわりつく暑さに嫌気を感じながら、俺は静かに呟いた

大学生活一年目にして、いきなり部屋のエアコンが壊れてしまった。修理を大家に依頼するも1週間はこのままとの事。最悪だ

ゴオオっと音をたてている扇風機も、片手で力なく扇ぐうちわも涼しい爽やかな風ではなく、蒸し暑いまとわりつく風を放っている。これでは意味がない

どうやら今日は最高気温が36度らしい。そりゃあ暑くてたまらないな、脱力感を強く感じながら天を仰ぐ

部屋の中だからと人目を気にせず、服は全て脱いでいた。もう下着すら汗を吸って着ているのも嫌だったのだ

「こんな暑さの中、よく彼は出かけられるよな。俺だったら絶対無理」

しばらく前に元気に買い物に出かけた彼の事を思い出しす。彼と話していると多少暑さが紛れるような気分だったのが、一人きりになった途端余計暑さを感じてイライラしてくる

「早く帰ってこーい、俺が溶けちまうぞー」

そう言いながら床に倒れ込む。少しヒンヤリとした床が冷たくて気持ちいい。そんな事を思っていると

ガチャ

「あっつーい!ただいま、外すっごく暑いよ」

彼が額や髪に汗を滲ませながら帰ってきた。手にはレジ袋を持っており、中にいろいろと入っているのか少し膨らんでいる

「おかえり〜。待ちくたびれた、溶けるかと思ったぞ」

「ふふふ、凄い格好してるね。まあ仕方ないね、クーラー壊れちゃったし」

「まったくだ。このままだと俺が全部溶けて水びたしになるところだったぞ」

「え、大変。じゃあ僕が拭かないとだね」

「それ俺いなくなるんだけど」

「絞れば美味しくなりそうじゃない?」

「果物かなにかだと思ってる?で、何買ってきたの?」

彼の不思議な発言に驚きつつ、このままだと埒が明かない為話を変える。アイスとか冷たい物をとにかく頼んだが、一体何を買ってきてくれたのだろうか

「あ、そうそう!みてみて、懐かしいの見つけたんだ」

彼が思い出したようにゴソゴソと袋を漁ると瓶を二つ取り出した

「じゃーん!!ラムネだよ!懐かしいでしょ?」

彼が持っているラムネを見ると水色の瓶に青のラッピングが清涼感を出している。屋台などで見かけるイメージだが、確かに最近飲んでいなかった

「おお、懐かしいな。昔はよく飲んでた」

「でしょー!僕も懐かしいなって思って君の分も買ってきた!早速2人で飲もう」

そう言って彼は俺の方へ歩いてくる

「おー、飲む飲む」

起き上がる気力もない俺は床に寝そべったまま彼にラムネを渡してもらおうと手を伸ばす

「もう。起きて」

ピト

「っっっめて!!!」

お腹にラムネの瓶を軽く当てられた。突然のヒンヤリとした感触に声をあげて思わず起き上がる

「はい」

「てめ…..いつか覚えてろよ」

俺のそんな言葉など聞こえてないかのようにラムネを渡される。喉も乾いている為、そのまま受け取って蓋に付いているラッピングをはがして玉押しを取る

蓋にはビー玉が挟まっており、そこに玉押しを当てて少し力を加える

ポン!

聴き心地の良い軽快な音が部屋に響く。なんだかこの動作だけでも少し涼しくなったように思えた

「懐かしいな、この音」

「うんうん。ラムネのこの音、僕も好きだよ。今年も夏が始まったんだなって感じる」

ポン!

彼のラムネの瓶からも軽快な音がした。確かにラムネは夏に飲むイメージが強く、夏を思わせるこの独特な音はなんだか悪い気分がしない

少し瓶を振るとシュワシュワとラムネの炭酸が揺れる音とビー玉がコロコロと転がる音が合わさってとても気持ちいい

なんだかノスタルジックな雰囲気になったなと感じた。昔の懐かしい記憶がぼうっと頭によぎってきた

「夏だねえ」

ボソリと呟いた彼もきっと同じような記憶を見ているのだろう

「ああ、夏が始まったな」

「ねえ、今度海行こうよ。泳ぎたい」

「そうだな。休み合わせて行くか」

そう笑って返すと、少し意外そうな顔をされた

「即答してくるなんて珍しいね。暑いとか言って少し嫌がると思ったのに」

確かに例年通りの俺だったらそう返したかもな

「うーん、なんでだろうな。なんか、ラムネのこの音聞いたら、暑いのも夏の醍醐味かなって。それに、暑くても君といれば気にならないし」

「…..へへへ、ありがとう。じゃあ約束!」

そう言って彼はにっこりと笑いながらラムネの瓶を差し出した

「ああ、約束」

俺もそれに合わせて持っているラムネの瓶を軽く合わせる

コン

瓶どうしが合わさって音を立てる。それとほぼ同時に中の炭酸がシュワシュワと揺れる音もする

夏の始まりの音を聞きながら、ぐいっとそれを彼と一緒に口に流し込んだ

ほんのりと甘酸っぱく爽やかな味が口の中を支配する。そしてパチパチと炭酸が弾けて、熱が籠っていた体内が一瞬で冷やされていくような感覚がした

一気に飲み干すとテーブルに少し勢いをつけて瓶を置いた

カラン!

また、夏の音が部屋に響いた

「美味い」

さあ、今年の夏の幕開けだ



ラムネに重ねて視る先に

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