#22 社会人編 〜Mr.マジックに憧れる人〜
マジックと言ったら、何を思い浮かべるだろうか。
人体浮遊?脱出マジック?、いやいや私は何よりもトランプマジックこそがさまざまなマジシャンの個性が溢れるマジックではないかと考えていた。
幼い頃からマジシャンってすごいなあ、と本気で憧れていたし、Mr.マリックとかセロとかふじいあきらなんかのマジックは、血の滲むような努力あってのものだよな、あんたたちは努力家だね!などと勝手にその努力を労っていた。
そんな私は、好きではあるもののマジックというものを、基本的に見るものとして認識していたのだが、一転して“やりたい”と思うようになる。
それは職場での飲み会の余興などで、持ちネタが欲しいと思ったからだ。ひどく不純な動機だが、その時は本気で思っていた。
だから、上手いことマジックを披露できたら大盛り上がり間違いなしの鉄板ネタになるだろう、と淡い期待を抱いていたのだ。
実際その期待は淡かった。
じゃあやってみようとすると、一つ一つが大変難しい。
何よりもマジックというのは、手先が器用でないとできないという事が判明するのだ。
例えばよくあるマジックの一つに、一番上のカードをデック(山札)の中に入れたのに、パチンと指を鳴らすとまた一番上に来ている、なんてマジックがある。
やり方は色々あるが、基本は最初に一番上のカードをめくる時に、実際は2枚一緒にめくり、上から二番目のカードを見せる方法だ。
するとあら不思議、でもなく当たり前だか、関係のない一番上のカードをデックの中に差し込めば、一番上にくるのは先ほど二番目にあった見せたカードになる、という分かれば単純なマジックである。
しかしこのマジック、説明は単純でも方法はそんな簡単ではない。
まずバレないように2枚目めくるのが、めちゃくちゃハードルが高いのだ。
当然1枚、2枚と数えたら、見ている人にバレるので、あたかも1枚だけ数えているように2枚同時にめくるわけだが、どうやっても2枚目が見えるのである。
うーん、なかなかに不器用な手だな。
とそのうち自分の指先にイライラしてくる。
ひいひい言いながらなんとかめくるのだが、今度はそれをバレないように元に戻すところでまた困難が待ち受けている。
たったカード2枚をめくるだけでこの始末だ。マジシャンの方達からすると
「そんなの基本中の基本だよ。それぐらいはできて当然!」
と言われる事間違いなし、ということは理解している。
だが、不器用オブ不器用な私にとっては、これを覚えるにもなかなかの練習量が必要だった。
そうして何ヶ月かの時間を使い、ようやくカードのめくり方を習得して行く。
あれ、飲み会の余興のためとはいえ私は何をやっているんだろう?
と、時々私の中の常識が顔を出す。
だが、この状況で常識なんかに顔を出されちゃたまったもんじゃないのだ。
こちとら役に立つかわからないけど、これからの盛り上がりに命をかけていると言ってもいい。いや、命はかけたくない。
それくらい本気なのだ。だから、憧れのマジックを覚えるまで諦めてたまるか。
と、おなじみのよくわからないやる気を発揮して、マジックを続けることにした。
次、これまたカードマジックでよくある、お客さんが決めたカードを当てるというマジックだ。
これもたくさん方法はあるが、よくあるのがお客さんにストップと言ってもらう方法で、実はストップで止まる位置が初めから決まっているのだ。
デックのストップするところに指を差し込んでおく事で可能なのだが、これがまた難しい。
当たり前だが、これ見よがしに指を挟んでいたら、
「ズルじゃん!」
と間違いなくバレるだろう。
本来は、そうならないように手全体で指を隠しながら、ほんのちょっとだけ指をデックにはさむのだ。
言うだけなら簡単だが、実際はそううまくいかない。
家族にやってみた時なんかは悲惨だった。
「ストップと言ってください。」
と祖母に伝える。祖母ならば、細かいことは気にしないだろうとたかを括っていたのも事実である。
「アンタ、その指のところで止めるんじゃないのかい!インチキじゃないか!」
まぁ早速見抜かれたわけだ。
私のばっちり入った小指では、祖母の目は誤魔化せなかったというわけだ。
「ありゃ、これはなんだろうね、あはは…」
などと無理矢理誤魔化したが、結果は失敗。更なる練習が必要になった。
なかなか上達しなかったマジックはそれから半年くらいかけて、なんとか家族程度は騙せるように上達した。
よし、これで余興に使えるぞ!
と意気揚々とようやく飲み会に参加するようになったのだが、実は飲み方の席でカードマジックは、なかなか相性が悪い事に後々気づく。
まず大抵の人が酔っていて話にならない。なんなら、自分も酔っているので、うまい事いかないのだ。これには私だけでなく、おそらく世の中のマジシャンだって呆れ返るかもしれない。
自分がマジックをやる環境が、全然よくわかっていなかったのだ。
さらに言えば、自然と大人数になるので遠くの人なんかはカードがよく分からず、面白くないのだ。
カードマジックを面白くできる人数には、ある程度の限りがある。
そうして、私の余興カードマジックデビューはお蔵入りとなってしまった。
今やインテリアになりつつあるカードだが、披露する時はこのご時世、さらに先になりそうだな、と見るたびにしみじみ思うのだった。
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