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ゴディバさんのミントスティックが買えて嬉しかった記念SS 『“文学少女”な彼女が、バレンタインにGODIVA様をご所望です。』

 
「わたし、ゴディバのミントスティックが食べたいわ。心葉【このは】くん、書いて」
 遠子【とおこ】さんとつきあいはじめてから最初のバレンタインデー。就業後に、職場の出版社からぼくの仕事場兼自宅マンションヘやってきた遠子さんは、満面の笑顔で両手を差し出した。

「意味がよくわからないんだけど」
「ゴディバのミントスティックを知らないの? バレンタインと言えばゴディバでしょう? 宝石みたいな甘ぁいボンボンも素敵だけれど、今年はビターアンドスイーツなミント味の気分なの」
「いや、ゴディバは知っているけれど……その、ビターアンドスイーツなミント味って?」
「ほら、見て。これがゴディバの隠れた名作、ミントスティックよ!」

 遠子さんがスマホの画面をぼくに向けてくる。そこには高級感ただようメタルオレンジの縦長の箱にぎっしりつまった、細長いチョコレートが表示されている。

「ね? どう? この優雅で繊細なフォルム。指でつまんだらとろけてしまいそうに儚げで、なのに芯の強さを感じさせるでしょう? お口の中でパキパキ割りながらいただくと、ビターでスイートなチョコが舌の上に広がって、ミントの爽やかな香りが駆け抜けるのよ」
「って、遠子さんも食べたことがないだろう」

 そもそも遠子さんは文字を食べて生きている妖怪――いや、“文学少女”で、ぼくらが食べているものを口にしても味がわからないはずだ。
 すると遠子さんは薄い胸をえへん、とそらし、
「ゴディバをいただいた人の感想を片っ端から検索して、読み込んだのよ。それで一番素敵で一番美味しそうだなぁと思ったミントスティックに決めたの」
「その感想をプリントアウトして、おやつにしたらいいんじゃないかな」
「もぉっ! それじゃバレンタインの意味がないでしょう! わたしは心葉くんが、可愛い恋人のために心を込めて書いてくれたミントスティックを、いただきたいの」

 どうしてバレンタインデーに男性のぼくが、ミントなチョコレート味の物語を彼女に贈らなきゃならないんだ?
 数日前スマホで話していて、
『バレンタインデーは心葉くんのお部屋へ行くわ! その日までに絶対にお仕事を終わらせておいてね!』
 と嬉しそうに念を押されたときは、よほど気合いの入ったチョコレートをもらえるものだとばかり思っていたのに。

 ぼくが、チョコレートを、あげる側?

 いや、海外ではバレンタインデーに男性から女性にプレゼントをするらしいし、日本でも友チョコだの逆チョコだの聞くけれど。
 釈然としないまま遠子さんに『早く早く』とねだられて、ぼくは遠子さんのおやつ用のノート型の原稿用紙にミントスティック味の物語を書きはじめたのだった。

 うーん、ビターでスイーツで、優雅で繊細で清涼感が駆け抜ける話って、どんなんだ? ゴディバのチョコはお土産や差し入れでもらったのを食べたことがあるけれど、かなり甘かったような。上質さだけを残して甘さを引いて、清涼感を足して――うぅぅん。
 悩みながら一枚書いて味見してもらうと、細い指で端から千切りながら、かさこそ、しゃくしゃくと食べはじめる。やがて遠子さんが眉根を寄せて、
「美味しいけれど、これはレモン味だと思うわ、心葉くん」
 と感想を述べた。
「それにビターといっても苦さを全面に押し出すのではなくて、甘いのだけれど、すっきりしていてほのかに苦いくらいな印象で、そこに青くささというか草っぽさが欲しい感じ」
 草っぽさって、また難しいことを。

 HBの鉛筆を走らせ書き上げた次の一枚を食べて、遠子さんがまたふるふると首を横に振る。
「心葉くん、これはパセリのマリネよ。草っぽさと酸っぱさの方向が違うわ」
 次の1枚も、その次の1枚も、さらに次の1枚も、遠子さんが言うような、爽やかな風が吹き抜けるビターアンドスイーツなしっかりミントにはならなかった。

「惜しいわっ。あとちょっとなんだけれど、もう少しだけビターにして、ミントの清涼感を強めに出してみて」
 恋人たちが甘いひとときを過ごすバレンタインに、ぼくはなにをやらされているのだろう。遠子さんももうさんざん味見しておなかがいっぱいだろうし、そろそろ辛子入りのチョコ味の話でも書いて、終了宣言をしても良いのではないかと思うが、真剣に応援してくれているようなので、つい頑張ってしまう。プロの小説家として熱心な読者の期待に応えたいという気持ちもある。

 そうして、ようやく完成させたゴディバのミントスティック味の原稿を千切って口にした遠子さんは、心の底から嬉しそうに、唇をほころばせた。
「ビターでスイーツなミントだわ……そう、この味よ! 心葉くん! これこそ優雅にして繊細で、ほんのり苦くて爽やかな、ゴディバのミントスティックよ!」
 頬と目をきらきら輝かせて、心葉くんすごいわ、と連呼されて、辛子入りのチョコを書かなくて良かったな、と思った。
 遠子さんにチョコレートはもらえなかったけれど、こんなに喜んでくれるのなら、ぼくがチョコレートを贈るバレンタインでもいいかもしれない。
 と、目の前に、リボンをかけた箱が現れた。

「どうぞ、心葉くん」

 遠子さんがすみれの花のように微笑んで、ぼくにそれを差し出している。
 えっ、チョコレート? 用意してたのか。
 なら最初から出せばいいのにと包装紙をはがしてみると、きらきらしたメタルオレンジの縦長の箱が現れた。表に『GODIVA』と印字されている。
 遠子さんがスマホで見せてくれたのと同じだ。
 ゴディバのミントスティックじゃないか!

 驚くぼくに、遠子さんが少しだけ恥ずかしそうに、甘い声で言う。
「心葉くんとおつきあいをして最初のバレンタインだから、一緒に同じチョコレートを食べたかったの」
 ぼくの頬もじわじわと熱くなる。
 そうだったのか。
 それであんなに熱心に。
「ね、いただきましょう。心葉くん」
「うん、遠子さん」
「あ、待って」
 リビングのソファーに並んで座ると、遠子さんがゴディバの封を開けて華奢な指で、ほっそりしたスティックチョコをつまんで、ぼくの口元へもってきた。
 胸がくすぐったい。遠子さんがそぉっと差し入れてくれたチョコが、甘く、苦く、ぼくの舌の上でとろけ、なんともいえない清涼感が駆け抜ける。
 ああ……遠子さんが言ったとおりの味だ。
 今度は遠子さんが可愛らしく口を開けてみせたので、そこへぼくが書いたゴディバのミントスティック味の原稿を千切って入れると、ぼくの指ごとくわえて、にっこりした。

 そんなあまい、あまい、バレンタインには後日譚があり、このときぼくが書いたいくつもの物語の断片を遠子さんはしっかり記憶していて、
「一作ずつふくらませて、連作短編集にまとめてみましょう」
 と編集者としてやり手であるところを見せてくれた。
 ビターアンドスイーツでミント味な短編集か……いいかもしれないな。本のタイトルはそう――『食いしん坊な彼女とミントスティックをさがす旅』なんてどうだろうと言ったら、「食いしん坊は余計です!」と“文学少女”な彼女は頬をふくらませたのだった。

 🍫ちょっとあとがき🌹
 ゴディバさんのミントスティックが大好きです☺️💕でも、デパートの売り場では見かけたことがなくて、バレンタインになると御徒町のディスカウント店などに並ぶのを楽しみにしておりました。今年もちょこちょこのぞいていたのですが、いまだ出会えずで。ツイッターでしょんぼりつぶやいたところ、ビッグカメラさん本店のお酒売り場にありましたよ、とご親切なかたが教えてくださり、お迎えすることができました😆🙏もう出会えないかもとあきらめていた分、すごく嬉しかったので、その記念SSです。

 ※画像その他、ファミ通文庫さんのご許可をいただいております。ありがとうございます🙇‍♀️

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ありがとうございます😊 私も大好きです!
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野村美月
野村美月
  • 19本
コメント (2)
バレンタインデーに同じチョコを味わう心葉と遠子先輩、すっごく素敵でいとおしいです。
GODIVAのミントスティック味の物語、どんな内容なのかとても気になります……!
どんなお味か気になるので、GODIVAのミントスティック探してみようと思います。
素敵な物語をありがとうございます。
ものすごく心が温まる物語をありがとうございます。
2人のラブラブな姿が見れて幸せでした。
同じものを食べたいと思う遠子先輩を愛おしく思います。
やっぱり2人が大好きです。
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