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だからお前は成長できないんだってば

英国時間午前4時半、私はロンドンの街中で途方に暮れていた。

空港行きのバスが停まるはずの道路は工事で封鎖されていて、一向にバスが来る様子を見せることない。玄関を出た時は空はまだ薄暗かったのに、次第に夜は明けて朝日が街を照らしだしている。

飛行機の時間は午前8:00。空港に着いていなければいけない時間は次第に迫ってくるのと裏腹に、バスがやってくる気配は全くない。どうにもこのままではヤバイ気がするが、どうしたものか。

とは思いつつ、何となく体は次のアクションを起こすのを躊躇っていて。何となくバスは来るのではないか?もうチケットは支払ったし、なんて当てのない根拠を元に来ないバスを待ち続けていた。

「すみません、空港行きのバスを待ってるんですけど…」

バス停があるはずだろう場所でチンタラしてたら、女の人が話しかけてきた。

「あー、来ないですね。」

チンタラしながら答えた。

その女の人は、信号待ちのパトカーに聞いてみようか、と言って窓ガラスを叩き、車内の警官に話しかけた。私は何となく話しかける勇気がなくて少しうろたえたけど、その女の人に着いて行くことにした。何か知ってるかもしれない。

結局パトカーに乗る警官から、有力な情報を聞けるわけでもなく、地下鉄の駅員に聞いたり、通りかかったローカルバスの運転手に聞きにいった。しかし、やはりバスは来ないらしい。

30分経っても全く音沙汰のないバス停では、同じ境遇の数人が集まったので、皆んなでタクシーに乗ることにした。

ふぅ、なんとか間に合いそう。これも旅の醍醐味か、なんて思いながらタクシーに揺られていた。でも、あのとき1人だったら私はどうしていたんだろうか。

一睡もしていない脳では上手く考えることはできず、取り敢えず空港までの道程は寝ることにした。

今週末はアイルランドのダブリンに帰ることになっている。

1年を過ごしたアイルランドを去ってから、既に半年が過ぎようとしていた。アイルランドを出て、ドイツを旅行してから日本に帰国。その後、仕事を探しにイギリスに来てから、既に4ヶ月が経っている。

イギリスはアイルランドの隣国だが、去年過ごしたダブリンには今のところ一度も帰ることがなかった。ここらで友達参りをするか、と週末を使って遊びに行くことにしたのだ。

仕事が終わったのは深夜過ぎ。早朝のフライトに間に合わせるために床に就くことは出来ない。土曜の朝に現地に着き、月曜の朝に帰国するフライトだったので、三度の飯より寝るのが好きな私は、あまり気乗りがする旅ではなかった。しんどくなるのは分かっているけど、折角行くのであれば出来るだけ長く居たいと欲張ってしまう。

でも流石にこの日程は酷い。旅行会社が組んだ予定だったら、担当者にクレームを入れている。

酷い日程にしたのは自分の癖に。過去の自分に文句を言う。

私はあの地に帰るのか、とちょっとだけ気分が高揚してきたのは、シンドイ時間を乗り越えて、空港についてからだった。

フライトは1時間程度。海さえ超えることがなければ、電車や車で行っていたかもしれない。ロンドンとダブリンはこんなにも近い、ということを思い出させてくれる短いフライトだ。目が覚めたときには、飛行機の窓の外に青々とした緑が広がっている。距離的には少ししか離れていないのに、少しだけイギリスよりも穏やかな雰囲気を見せるアイルランドに着いた。

アイルランドで生活していた去年も何度かダブリン空港は使用していたので、勝手は分かっていた。見たことのある空港の景色。空港からシティに行くまでの道程も、特に変わることはない。

ダブリンは小さい街だ。ロンドンや東京みたいに流れが速くて、人が多くて、迷ってしまうことはまずあり得ない。そんなに動きのない街だから、全く変わらないんだろうな、という予想を立てていたけど、大きく裏切られることはなかった。

それでも、新しいドーナツ屋がオープンしていたり、ショッピングモールに見たことない雑貨屋が入っていたり、選挙のポスターが町中を埋め尽くしていたり、お気に入りのタピオカショップが潰れていた。それなりに、ゆっくりとした歩みではあるが、この街も変わってきているらしい。


友達とご飯を食べて、ゆっくり話して、ビールを飲んで、お話しして。

アイルランドを去り、イギリスに住んでいるなんてそんなこと嘘なんじゃないか、と思うほど私は馴染んでいた。自分がロンドンに帰る姿が想像できなかった。

でも、私がダブリンを離れていたこの半年の間で、ダブリンの景色がちょっと変わったように、皆んなも変わっていないようで変わっていた。

「あの子が仕事辞めたんだって。子供が6月に産まれるらしいよ」
「この人とあの人が付き合ってて…」
「昇進が決まって、違うチームに異動するの」
「新しい仕事を始めてさ」

皆んな変わってないようで、ちょっとずつだけど新しい未来に向けて動いていた。

「で、ロンドンはどう?」

と、聞かれる。ロンドンはどうなんだ?常に自問自答している言葉を他の誰かに聞かれて初めて、自分の素直な意見を認識できるような気がした。

「仕事はアホみたい。好きじゃないから、新しいの探してる。ロンドンは広いから友達と会うのも大変。忙しい街だし。」

ネガティヴが口をついた。

世界のトップアーティストの作品が展示される美術館や、いつからあるんだろうと疑問になるくらいの古い映画館。何時間も居座りたくなるカフェとか最近観たフェミニズムの舞台。そんな華やかな話題もあるはずなんだけどな…。何かがおかしい。

大体最初の数ヶ月は苦しい。人や街に慣れるまではやはり時間がかかるし、加えてロンドンで始めた仕事は好きではなかった。

あまり手応えや成長を感じることない仕事。お金のために働く仕事。全然好きになれない仕事。

取り敢えず続けてみようと思い3ヶ月が過ぎたけど、オフィスに来る度に、「辞めたい」と「まだ辞めない」を行き来している。

宿泊先は、いつもの友達のお家。ダブリンで生活してたときみたいに、仲良し3人でドラマを見ながら、あーだこーだとくだらない話をして、お菓子を食べて、だらだらとする。

私の全細胞が友達のリビングでくつろいでいて、危機感というものはまるで無かった。飼い慣らされた猫だ。こんな日常が続けば良いのに、と切に願った。

まるで実家にでも帰ってきたかのように、ソファに寝転びながらNetflixの新しいドラマを観る。クマとアラサーOLが一緒に生活しているゆるいお話。

旧友と約束していたお花見をすっぽかされたアラサーOLがドラマの中で、だらりと寝転ぶ。

お花見に来るはずだった彼女の友人は、仕事が忙しかったり、熱が出た子供を看病していたり、新しい出会いに翻弄されて、結局誰も花見に来ることはなかった。

「皆んな変わっちゃったんだ…変わってないのは私だけか〜。」

アラサーOLが呟いた。

その時カチッと私の中で何かが音を立てた。私の中で何かの辻褄があった音だった。


ずっと違和感があった。イギリスに来た理由はなんだったっけ。

ダブリンを出てロンドンに来て環境が一番変わったのは私のはずなのに、私だけ取り残された気がしていた。前に進めていないのが顕著に現れていた。

ダブリンの心地良さに後ろ髪引かれて、ずっとここに居られるわけじゃないのに、「奇跡とか起きたらいいな」という気持ちで待っている。

そもそも、私は何を求めて海外に出たんだっけと考えてみる。繰り返す日々を求めていいんだっけ。

もっとがむしゃらになりたい。前が見えなくなるまで泣きたい。悔しさを持って希望を持って前に進みたい。安心できる空間はいまは一つじゃなくていい。ひとつの安心が出来たら、また不安定さに身を委ねて。安心できる場所をもうひとつ。もうふたつ。

神様が落としてくれる幸運を待つには人生は短すぎる。何かを待っているだけでは、見える景色に変化がないまま死んでいく。

私は、自分が安心できる空間をまた作るために、ロンドンで踏ん張らなくてはいけない。自ら勝ち取りに行かなくてはいけない。文句を言うのではなく、足を動かさなきゃいけない。

気づいたら「辞めよう」と言っていた。「私、仕事やめる」

気持ちがもう一度揺らいでしまう前に、退職届を書いてメールで送信した。


コンフォートゾーンを抜け出さなくては成長できないとかなんとか、って何処かの起業家は言うけどさ。安心する場所だからコンフォート(Comfort)なゾーン(Zone)なわけで。

安心できる場所を無理矢理抜け出すなんてバカみたい。幸せな場所を目指して、幸せなゾーンに居座って何が悪い。

でも、変わりたい、成長したい、と願ってしまったら、それまでの幸せだった場所にはもう居られない。だってそのあたたかい場所には、棘(トゲ)がないから幸せなんでしょう?私を追い詰めるような、そんなヒドイ刺激はないのでしょう?だからいつまで経っても先に進めないんでしょう?

残念ながら、次のコンフォートゾーンに行くために成長したいと願ってしまったのも私である。いつでもシンドイ方の道を選びたいらしい。やれやれ、だよ。

私はロンドンで思う存分生きる。ダブリンが私にとって抜け出さなきゃいけない場所になったように、ロンドンもいつか抜け出さなきゃいけない場所にしてみる。ロンドンでもう二度と離れてやるか、と思うくらいの新しいあたたかい居場所をつくるんだ。


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ハルノ

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