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小さなカメラマン

「みて!きれいでしょ?」

そう振り返るちびの顔は、きらきらと輝いていた。差し出された掌に握られたスマホのなかで、季節の花々が美しく咲き乱れていた。

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初夏のように暑かった晴天の午後、ちびと近くの神社までお散歩をした。
先日ちびは足を怪我してしまったので、今はお散歩もままならない。だからこれは、ちびが怪我をする1日前の話だ。

「おかあさん、おそといこう」

いつものようにちびが言う。彼は外が好きだ。お日さまの光。風の匂い。虫の声。それらを浴びるだけで、心も体もむくむくと元気になっていくのが分かる。
お気に入りの広い公園は、例の感染症の影響で駐車場が閉鎖されている。なので最近は、近場の神社へお散歩に行くことが多い。公園と違い、神社には人がほとんどいない。それでも自然はいっぱいある。散策を楽しみながらてくてくと歩く時間は、ちびにとっても私にとっても程よい息抜きになっている。


「おかあさん、スマホかして」

お散歩中に突然ちびがそう言って、右手をぐっと突き出した。

「どうして?何に使うの?」

「しゃしん、とるの。おはな、きれいだから」

綺麗な花や景色があると、私はよくスマホのカメラで写真を撮る。それに気付いていたちびは、自分でも写真を撮りたくなったようだ。

「いいよ。はい、どうぞ」

スマホを手渡すと、彼の小さくて大きな瞳がきらきらと輝いた。

「ありがと!」


ちびが最初に被写体に選んだのは、シロツメ草だった。たくさん撮った写真はどれも一方向から撮られたもので、全て同じアングルだった。
私自身、写真に詳しいわけではない。写真は好きだけれど、撮影技術を持っているわけではない。だから簡単な二つのことだけをちびに伝えてみた。

写真は、どの角度から撮るかで表情が変わる。上から撮るか、下から撮るか、真横から撮るか。色々な角度から撮ってみると面白いよ、と伝えた。
もう一つ、ピントの合わせ方も伝えた。スマホのカメラは画面をタッチするだけでピントを合わせることができる。複雑な操作ではないので、まだ幼いちびにも簡単に覚えることができた。

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「もっととってみる!!」

張り切ってスマホカメラを構える。花を見つけては立ち止まり、綺麗な葉っぱを見つけては立ち止まり。そのたびにあらゆる角度からパシャパシャと写真を撮る。被写体から離れてみたり、近付いてみたり。そうして歩く道のりは、ちびにとって新たな発見の連続だった。


「おかあさん、おなじ”き”から、ちがういろのはながさいているよ!」
「おかあさん、ここに”あな”があるよ。へびがすんでいるかもしれないよ」
「おかあさん、みて!このおはな、うちのにわにもさいてるよね」

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何かを見つけるたびに、ちびはぽんぽんとよく弾む声で私を呼ぶ。そうしてその発見した宝ものを、真剣な顔でカメラに収める。
そんなちびの表情を写真に収めたくて、でもスマホを彼が持っているからそれは叶わなくて、私は一人心のなかで地団太を踏んでいた。笑っている顔も泣いている顔もたまらなく愛おしいけれど、幼い我が子が何かに真剣に取り組んでいるときの表情はまた格別に愛おしいのだ。夢中になっているとき、ちびの口もとはひゅっとすぼまる。長男も同じような口元をしながら逆上がりの練習をしていたことを思い出して、ふっと笑みが溢れた。

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この日ちびが撮った写真は、全部で80枚近くに上った。さすがにスマホの容量がパンパンになってしまうので、ちびと相談しながら残しておきたい写真を一緒に選んだ。5歳になりたてのちびが撮った写真は、どれもこれも驚くほど美しかった。この文中に載せてある写真は、すべてちびが撮ったものだ。

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数ある写真のなかで、私がもっとも美しいと感じたのはこちらの写真。

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ツツジの花にぐっと近づいて撮ったものだ。原型を留めておらず、何を写したのか説明がないと分からない作品だろう。それでも、この幻想的な色合いがとても好きだ。私にはこの写真は撮れない。柔らかい発想を持つちびだからこそ撮れた一枚だと思う。


いつものお散歩コースを往復するのに、この日は3時間以上かかった。汗だくでへとへとで、でも心から満足した表情でちびが小さな掌をきゅっと握ってきた。


「おかあさん、おはなすきでしょ?これでいつでも、おはなみられるね」


ちびの撮る写真があんなに綺麗な理由が分かった気がして、鼻の奥がじんとした。その痛みは、柔らかくてとても幸せなものだった。

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花弁にお日さまの光が透けている。生命力溢れた木々たちが、凛として其処に立っている。野原に自生している花々が、ひそやかな美しさで辺りを彩っている。

ただただかわいい存在のちびが、それらの命に真っ直ぐカメラを向けている。そんなちびはかわいいだけではなく、何だかとても頼もしく見えた。
真剣な表情でカメラを構えるちびを見たとき、随分と大きくなったんだなぁ、と気付いた。
もうすぐ、”ちび”とは言えないな。
そんなことを思って、ふと切なくなる。

すくすくと大きくなってほしい。彼が撮ってくれた、生命力溢れる植物のように。光を受け、栄養を蓄え、ぐんぐんと好きな方向に枝葉を伸ばしてほしい。


ちびの怪我が治ったら、また写真撮影の旅に出よう。
彼の掌にも収まるサイズのカメラを、クリスマスまでに探しておくのも悪くないかもしれない。

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こちらのコンテストに参加させて頂きます。

私にとっての「かわいい」は、”愛おしい”とイコールの感情だったりします。
どんな表情も今だけのもの。成長と共に訪れる変化は、嬉しくもあり切なくもあります。

私の愛する「かわいい」を文章にするのは、とても幸せな時間でした。素敵なきっかけを与えてくださり、ありがとうございました。

最後まで読んで頂き、本当にありがとうございます。 頂いたサポートは、今後の作品作りの為に使わせて頂きます。 私の作品が少しでもあなたの心に痕を残してくれたなら、こんなにも嬉しいことはありません。