血は水よりも濃いだなんて、今だけはそんなこと聞きたくもない
母が家に来ている。もうすぐ4日目。
詳しい理由は今は話せない。ただ、ひたすらに毎日何かを削り取られていく。それは私のなかで削られたくないものなのに、否応なしにがしがしと削られていく。
私はもう幼い子どもじゃない。言い返すこともできるし、言うことを聞く必要もない。そして実際にそうしている。言われても共感できないものにはNOを伝える。私はそうは思わない、とはっきり伝える。そして、母に従わずに真逆の道を押し進む。
それなのに何が疲れるのか。どこが削られているのか。昔のように暴力を振るわれるわけでもない。ただ、永遠に噛み合わない主張を延々と繰り返されるだけのことだ。聞き流せばいい。この人と分かり合えることなど、とうの昔に諦めたはずじゃないか。
そう思ったときに、初めて気付いた。
私はおそらく、「諦めたふり」をしていただけだった。そう思わなければ、苦しくてうまく息ができなかった。だから必死に背伸びをして、「しょうがない」と思おうとしていたんだ。
私はこの年になっても尚、母に自分の想いを分かって欲しいと思っていた。理解して欲しい、共感して欲しいと思っていた。
でも。だって。お母さんはあなたのためを思って。お母さんは、お母さんは、お母さんは。
母は、自分の気持ちを伝えるのに忙しい人だった。今も昔も、母のなかには母の価値観しか存在していなかった。そこに子どもの意志なんて、欠片も必要なかった。
息子に勉強を強要しないで。結果を求める物言いをしないで。不必要に威圧的なものの言い方をしないで。息子の夢を不可能だって決めつけないで。そんなの無理に決まってるって、鼻で笑わないで。
安全な道なんてない。そんなのは人に決められるものじゃない。息子は息子の道を自分でつくっていくんだ。泣いたり悩んだりしながらでも、自分で切り開いていくんだ。そうできる息子なんだよ。彼らは私ともあなたとも全然違うんだから。
狭い物差しで彼らを押さえつけようとするのはやめて。物差しを振り回すのは、もう懲りたんじゃなかったの?
目に見えない物差しを振り回す暇があるなら、少しでいいから耳を貸してよ。ほんの少しでいいから、私たちが何を大切に想っているのか、どういうものを抱きしめて生きていきたいと思っているのか、そこに尺度を向けてよ。
私は、お母さんに話を聴いて欲しかった。
「そうなんだね。あなたは、そう思っていたんだね。」
そう、言って欲しかったんだ。
削られていく。私の淡い期待も、積み重ねてきた時間も。許しへと辿り着けそうだった道のりは、呆気なく崩れた。
「厳しく育てたのは、全部あなたのためだったのよ。」
「好きでそうしていたんじゃないの。」
「あなたのためを思って、お母さんは。」
そんな長ったらしい言い訳よりも、「ごめんね」の一言が聞きたかった。
聞きたかったよ、お母さん。
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