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シーフード味のカップヌードルは、海で食べるのが一番旨い。

シーフード味のカップヌードルを、随分と長いこと食べられなかった。嫌いなわけじゃない。むしろ大好きな味だった。

どんなスーパーでもコンビニでも当たり前に売っているそれを目にするたびに、どうしようもなく泣きたくなった。

シーフード味のカップヌードルは、思い出の味だ。
数少ない、家族の思い出の味。


「海に行くぞ」

私がまだ小学校低学年の頃、夏になると必ず一度は家族で海に行った。父と、母と、兄と姉。そして私。
東北の夏は短い。盛りの時期を逃すとあっという間に海水は冷たくなり、お盆を過ぎると一斉にクラゲが出る。父の週末の休みと晴天が重なった夏休み、大きな身体から発せられる低い声で、「海に行くぞ」宣言がなされる。その声を合図に、私たち兄弟はいそいそと水着やらタオルやらの準備を始める。この日ばかりは母も上機嫌で、朝から唐揚げを揚げたりおにぎりを作ったりと台所をパタパタと走り回っていた。

海が好きだった。それはおそらく、私だけではなかった。


真っ青な空の下に広がる、真っ青な海。すぐ近くには山があって、濃緑とのコントラストはいつ見ても美しかった。大きな岩場にはカニやヤドカリが生息しており、その小さなハサミを忙しく振り回しながら、海水をたっぷりと含んだ窪みを行ったり来たりしていた。テトラポットの向こうには、舟が何隻か浮かんでいた。漁をしているであろうその小舟たちは大抵白一色で、真っ青な海の上にぷかぷかと浮かぶ様は、まるで折り紙で作られた切り絵のようだった。一直線に伸びた水平線の先にある世界はどんなだろうと思いながら、私は覚えたての泳ぎでそこに近づこうと頑張った。でも大抵、テトラポットまで辿り着いた時点でそれ以上泳げないほどに息が切れていた。

私たち兄弟は3人とも水泳を習っていたから、お互いに余裕を持って海の上を漂った。たまに唸るような羽音を立てて飛んでくるスズメバチを水中に潜ってかわしながら、お腹がぐーっと鳴るまでぷかぷかと浮かんだり、がむしゃらに泳いだりしていた。

お腹が空いた頃、みんなで浜辺へと戻る。お日さまにじりじりと焼かれた石の上を、「熱い熱い」と言いながらぴょんぴょんと跳ねるようにレジャーシート目指して走った。そこでは父と母が談笑していて、その表情は余分な力がすべて抜け落ちているかのようにふんわりとしていた。

「お腹空いた」

口々にそう言う私たちに応えるように、母がこしらえたお弁当を並べ始める。その傍らで、父がぺりぺりと音を立てながらカップラーメンの蓋を開けていた。大きな魔法瓶に入れて持ってきているお湯をカップの線まできっちり注ぎ、岩で作ったバリケードの中に倒れないようにそれを並べる。その作業をしながら、父は毎年同じ台詞を言った。


「シーフード味のカップ麺は、海で食べるのが一番旨いよな」


わくわくしながら待つ3分の間に、母が作ってくれたおにぎりや唐揚げを頬張る。母が作るおにぎりは、いつも少し大きい。でも、とても美味しかった。

「できたぞー」

そう言いながらカップ麺を一人ひとりに手渡してくれる父の掌は、ごつごつとしていて爪が異様に短かった。甘皮が削れて血が出るほどに爪を噛んでしまう癖が、大人になっても抜けない人だった。その理由をまだこの当時の私は知る由もなく、でも何となく、その指先をきゅっと握りたい衝動に駆られることが何度かあった。

ズルズルと音を立てて、私たちはカップ麺をすすった。泳ぎ疲れた身体に塩味がじんわりと染み込んで、海を見ながら食べると、本当に”海”の味がした。


海で見る彼らの表情は、”お父さん”と”お母さん”のそれだった。声は丸く、目元も穏やかで、身体から発せられる空気の色は温かな暖色系のものだった。

二人のことが好きだった。好きじゃなかったけど、好きだった。だから、私のことも好きになってほしかった。


兄と姉が中学に上がって部活が忙しくなった頃、家族みんなで海に行くことはなくなった。ちょうど時を同じくして、父の仕事の給料が大幅に下がった。家のなかの空気が、少しづつ少しづつ濁っていった。

家族の笑顔は減り、私の身体には痣が増えていった。



数年前、ふと自然にそのパッケージを手に取ってカゴに入れた。白い容器に青い文字。上下に入ったオレンジ色のライン。

まだちびが生まれる前で、長男は幼稚園に行っていた。一人で自宅のリビングで、その容器にお湯を注いだ。タイマーをつけて、ピピピと音が鳴ってから蓋をぺりぺりと剥がした。

一口、また一口とすする。


私は、父が嫌いだ。でも、父のこの言葉だけは正しかった。

シーフード味のカップヌードルは、海で食べるのが一番美味しい。


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書くことは呼吸をすること。 *磨け感情解像度コンテスト『佳作』入賞。 * Night Songs コンテスト*Muse*『Muse賞(グランプリ)』受賞。 自身の原体験を元に虐待抑止の発信を執筆中。 cotreeアンバサダー。 プロフ写真のブックカバーは心象風景Koji。

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