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「覚悟」の取り扱い方

「そんなことしたら、絶対グレちゃうじゃん!」

予想通りの返答が返ってきて、思わず苦笑が漏れた。やれやれ、という気持ち。まぁ、そう思う人もいるよね……という諦めの気持ち。うるせえよ、という気持ち。全部本当で、それらが混ざりあってグチャグチャに絡まっていくのを他人事のように感じていた。


先日、離婚を前提に旦那と別居することを決意した。一般的には母親が親権を取り、子どもと一緒に暮らすことのほうが多いだろう。もちろん父子家庭のお家もあるが、割合的には母子家庭の方が圧倒的に多い。でも私は、息子たちを置いて家を出る。

理由は様々あるのだけど、それをここで改めて並べ立てるのは何だか言い訳しているみたいで少し悲しい気持ちになる。ただ、心配してくれている人たちのためにもはっきりと言い切れるのは、「息子たちは安全だ」という事実だ。肉体的にも、精神的にも、経済的にも。

旦那からの辛辣な暴言や行為が不定期に繰り返されたこと、それにより長年続いた苦痛に耐えきれない形での別居だった。ただ、旦那のそれは私だけに向けられるものであり、息子たちが被害を被ったことは一度もない。そして、それらの言動はいつも子どもの見ていないところで起きた。「子どもに聞かせたらまずい」という意識はあったのだろう。だから息子たちは、今も昔も優しいお父さんが大好きだ。


学校を変わりたくない。バスケのチームも変わりたくない。庭でシュート練習がしたい。クラブチームだって続けたいし、友達とも離れたくない。

まだ幼いちびには話していないが、先日別居する旨を話した長男は、しっかりと自分の意志のもとに「ここに残る」と言った。寂しさをぐっと飲み込んだ表情で、一生懸命私を気遣ってくれた。ただただ、申し訳ない気持ちだった。


旦那の勤務形態は特殊で、宿直勤務がメインだ。宿直当番の日は、私が育児をする。その割合は多く、スポ少の兼ね合いから考えてもおそらく月の半分ほどは一緒に過ごすことができるだろう。

そうだとしても、毎日当たり前のように家にいた母親が出ていくというのは、子どもにとっては大きなショックであることに変わりはない。


実生活のなかでこの生活スタイルを応援してくれる人は、残念ながらあまり多くない。そういう人に話しても削られるだけなので、できれば話したくないし、聞かれるまではこちらから言うことでもないと思っている。しかし、生活スタイルが変わることを報告せざるを得ない間柄の人もいる。今まで頼まれてきたことを引き受けられなくなったり、できる回数が減ったりすることもある。それは事前にお知らせするしかない。


重い腰を上げるように、LINE画面を開く。話す前からどんな言葉が飛んでくるかと想像がつくだけに、思わず溜息が漏れた。


「そんなの可哀想じゃん!そんなことしたら、絶対グレちゃうじゃん!」


“絶対”って言い切れるって、すごいな。ポジティブなことならともかく、ネガティブな内容を他者に“絶対”と言い切る。それは一種、呪いのようだと思う。

「そうならないように頑張るね」

そう言って、通話を切った。想像通りのことが起こったときに、いちいち傷付くのをやめたい。そう思うのに、いつもあんまり上手くいかない。


分かっている。この決断が自分勝手なことも、子どもたちがそれで泣くことも。それでも必死に考えて、10年以上悩んでようやく出した答えだった。

何も知らない人にあれこれ言われても、そんなのどうでもいい。分かる人が分かってくれれば、それでいい。そう思うのに、チクチクとした小さな刺が奥の方に引っかかった。

その刺が何なのか、昨夜じっくり見つめてみた。行き着いた答えのしょうもなさに辟易して、深夜3時半にシュークリームを食べてしまった。甘いものを食べて、少しでも気持ちを持ち上げたかった。しょうもない自分に、それでもそれなりに頑張っている自分に、ささやかなご褒美をあげたかった。


私はきっと、「良いお母さん」に見られたいんだろうなぁ。


人からの評価なんて、ちょっとしたことで180度ひっくり返る。母親として私が正しかったかどうか、それが分かるのは息子たちが大人になってからのことだ。他の誰がどんなに評価してくれたとしても、息子たちが私に対してマイナスイメージを背負っているなら、それは“良いお母さん”とは言えない。決めるのは息子たちで、私でもなければ他者でもない。


「あなたが息子の将来を決めるなよ」と言いたかった。グレるかグレないか決めるのは息子だ。どう生きるかを決めるのは、彼ら自身だ。希望ある未来を、あっさり否定しないで欲しかった。

でもそれは、同時に私自身のための思いでもあった。「私の子育てを否定しないで」という気持ちが、奥底にふつふつと湧いていた。


今朝、ちゃこさんのnoteを読んだ。あぁ……と思った。あぁ、そうだよなぁ、と思った。

自らの選択と違う意見を目にしては、勝手に非難された気になって怒りがわく。
自分で決めたことを失敗だと思われたくないから、必死になる。

そういう時は、「どうしても時間が要ること」に腹をくくったほうがいい。


人は否定されると、“今すぐ”自分を正当化したくなる。正当化という言葉が正しいのか分からないけど、自分の考えや意志を肯定して欲しいと願ってしまう。

周りの目を完全にシャットダウンして生きていくのは、おそらく仙人にでもならない限り無理だろう。それでも、自分の決めた道を進むからには覚悟を持って歩いていくしかない。

ただ、「覚悟」の取り扱い方には十分気をつけようと思う。覚悟は静かに内側に持っておくもので、振りかざすものじゃない。

分かってくれない人がいたとしても、躍起にならなくていい。息子たちが今後環境の変化で波があったとしても、一喜一憂するのではなく受け入れればいい。

大人になった彼らが笑っていてくれたら、それでいい。


文章は、音もなく静かにそこに置かれている。それを読むも読まないも自由で、押し付けは一切ない。だからこそ、こうして必要な人の元に届くのだろう。

ちゃこさん、ありがとう。


「助言」という名の暴言を、これからもたくさん浴びるだろう。そのたびに、私は今朝のちゃこさんのnoteをきっと思い出す。

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書くことは呼吸をすること。 cotreeアンバサダー。エッセイは育児関連が多め、小説はフィクションとノンフィクションの融合。原体験が軸。 「サバイバーからの伝言」マガジンで自身の経験を元に虐待抑止の発信を執筆中。*プロフ参照 《ブログ》https://harunomama.com

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コメント (14)
八王子のちいさなサロンさん、ありがとうございます🍀
私自身もそういうところがあるので、戒めのためにも書きました。
自分の主張を伝えたいがためについ声を大きくしたくなるけれど、分かる人が分かっていてくれればいい、と思えました。

自分らしく、のんびりいきます😊
おもちさん、ありがとうございます🍀
本当に……ありがとう😢
そう言ってくれる人たちがいるから、周囲に好き勝手言われたとしても放っておこう、と思えます。
全部を理解できない、ということを分かったうえで話を聴いたり話したりしてくれる人は、あまり多くない気がします。
出会った頃から変わらないおもちさんの優しさに、いつも救われています😊
はるさん、こんにちは。
決断するまで時間がかかったと思う。
はるさんが決めたなら私はそれを応援したい。
『いいお母さん』かどうかを言えるのは息子さん達だけ。外野は知らないし責任ないから好き勝手言うけど放っておけばいい。
そういう私も言ったら部外者だから違うと思ったら無視してくれていいです😅
ゆん太さん、ありがとうございます🍀
お返事が遅くなってしまってごめんなさい💦
ゆん太さんの言葉が本当に染み渡ります。ありがとうです。
そうなんですよね、息子たちにしか決められないこと。だからこそ、私は私にできる精一杯で彼らを見守っていきたいです。
彼らが大人になる頃、しっかり自分の足で立てるように。
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