サバイバーからの伝言

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【穴を掘るための言葉ではなく、すでに落ちている誰かの腕を引き上げる言葉を】

本記事には、オリンピック関連における不祥事にまつわる話題が記載されています。読むことにより辛くなる方もいるかと思いますので、読み進めるかどうかのご判断は、各自でお願いいたします。

自身が受けた被害と同等のものに関する描写を見たとき、頭が瞬間的に沸いてしまう。私の場合は、虐待、性被害、いじめ、DVなどがトリガーとなる。平静を失った瞬間、まるで人格が入れ替わったかのように激しい怒りに駆られる。怒りは

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どんな過去で、どんな環境で育ったとしても、幸せになる権利はある。

【“いつか”じゃなくて“今”、助けてほしいんだよ】

頭のなかに溢れる思考を書いて表に出す。私にとってそれは一種の儀式であり、書くことによってバラバラだったそれらが整理されていく場合も往々にしてある。

疲れたときほど、苦しいときほど、私の両手は止まらない。時間を忘れて書き続け、ふと気づくと日を跨いでいる。そんな夜は特に珍しくもなく、あぁそろそろ寝ないとなぁ…とぼんやり思いながらも、最終ピリオドを打つまで私の手は止まらない。

Twitterの140

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何を受け取り、何に傷つくのか。それは自分の心で決めていい。

【あと何人死んだら、世界は変わるのだろう】

記憶が蘇る。唐突に、勢いよく。断片的であったそれらは、ある日を境にあっという間に物語を織り上げていく。架空の物語であったならよかった。フィクションであったならよかった。それなら私にも、還る場所があった。

傷口を見つめる。渇く暇もない。記憶に触れるたびに剥がれ落ちる瘡蓋から鮮血が滴る。真っ赤なそれを見つめながら、踊り子のように舞う歌い手のきれいな声を思い出していた。



書いていないことのほう

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“許し”を強要する権利なんて、誰にもないんだよ。

【cotreeアンバサダーを辞退します】~性虐待サバイバーである、私が今思うこと。

この記事は、cotreeアンバサダーとして活動してきた経緯から伝えたいと感じたこと、また、性虐待を含む虐待被害、性被害を訴え続けてきた私個人の想いを綴ったものです。
この記事の内容が被害にあわれた方々の心情にそぐわない、もしくは傷つけるものであった場合、直ちに加筆、修正いたしますので、お声がけいただければ幸いです。
(※2021年5月11日、追記)

自身が過去に受けた被害と同様のものに触れると、

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忘れたくない言葉が、私のなかで生きている。それらの力は、存外大きい。

【対話はいつだって、”未来”のためにある】

「もっと他に対処の仕方があったんじゃないかって、私も幼馴染も、未だに考えてしまうんです」

いつもの診察室で、担当医に向かって言葉を溢す。人前だからと感情の起伏を最大限に抑え込みながら、それでも私の声は微かに震えていた。そんな心情を察してか、医師は一呼吸置いて、しかし揺るぎない声で見解を述べた。

「あなたたちはまだ子どもで、まだ二十歳にも満たなくて、そんななかで出来うる限りの最大限で生き延びた。

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“許し”を強要する権利なんて、誰にもないんだよ。

【余力があるときだけでいい。どうか、一緒に考えてほしい】

波の音を聴きながら、ひたすらに沖の水平線を眺めていた。逆巻く感情の嵐が過ぎさるのをじっと待つには、それが一番いい。

昨年11月に精神科の医師から障害年金の申請を勧められた。必要な診断書類を各病院から掻き集め、ようやくそれらが揃ったのは先月の終わりだった。自身で書く申立書が最難関だった。何せ、20年ぶんの既往や生活状況を記さねばならない。しかも申請を通すために、辛かったこと、苦しかったことにフォー

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祈るだけでは変えられない。でも、「祈り」がなければ何も始まらないんだ。

【書いて、生きる】

 一人きりで書いていた頃には悩まなかったことで、定期的に頭を抱えている。私は日頃、虐待抑止に繋がってほしいとの想いから、被虐待児であった原体験をnoteに綴っている。故に、どうしてもテーマが重い。過去の体験を書く際、その重さの割合にいつも頭を悩ませている。公開を前提とした文章を書く。それには他者からのあらゆる評価が飛んでくる現実を受けとめる覚悟が要る。

「他人の不幸話なんて聞きたくない」
「不幸

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“許し”を強要する権利なんて、誰にもないんだよ。

【”足りないものだけを数えるな”】

 ”これ以上どうすればいいの?”
 

 毎日そう思っていた。限界ぎりぎりまで精神力と体力を使い、それでもうまくできない。子育てがこんなにも大変なものだったなんて、長男を産むまで知らなかった。

 自身の理性が崩壊したあの日、私は思い知った。一線を越えるか否か。それは誰にでも起こり得る、”他人事”ではない危うい境界線なのだと。



 子どもを産む前から、”いい母親”になる自信なんてなかった。で

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私は私を幸せにする。

【それでも私は、この文章をこのまま公開する】

 医師との間に信頼関係が築けていたとしても、病院に向かう足取りはいつだって重い。言葉にして話すことで、それが現実に起きたのだと再認識する過程は、とても苦しい。悪い夢であってくれたらよかったのに。そう思いながらも、これが紛れもない現実であると誰よりも知っていた。

「退院後の生活はどうでしたか?」
「何とかやっていました。ただ、酷く疲れていて。記憶が混乱しています。自分以外の誰かが生活している場面を

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私は私を幸せにする。

次は私が、あなたを守る番だ。

 必死に駆け抜けてきた30代最後の誕生日を、閉鎖病棟のなかで迎えた。目覚めてすぐ、自分が生を受けた意味を、軋むベッドの上でぼんやりと考えた。

望まれてもないのに 殺されもしなかった
部屋の外に出たけど 立ち尽くすだけだった
育てた花でさえ 私なしで生きてる

〜『美しき日々』Coccoより

 Coccoの『美しき日々』が頭を過ぎる。誕生日になると思い出すのは、バースデーソングでも何でもなく、い

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私には世界を変える力はない。でも、書くことは出来る。