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本05 『木のいのち 木のこころ <天>』(著:西岡常一)

先生が教えたかったこと

「『木のいのち 木のこころ』がおすすめです」

大学で金融の授業をとっていたときに、外部の先生が、出張授業で来てくれたことがありました。堂々たるキャリアがレジュメに記載されていて、勝手に年齢を重ねた男性だと思っていたところ、実際は、40代前半だろうかお若い先生でした。

残念ながら、お名前を忘れてしまって記憶も曖昧だが、チノパンに綺麗な色のシャツを着て短髪に清潔感を漂わせながら、キャリアからは想像もつかないほど、(あるいはだからこそか)あっけらかんとした感じの軽妙さと人間味をそなえた先生でした。

当時の私は、「金融」に対して、人や生き物の体温を感じないマネーゲーム(ちょうどハゲタカが流行っていた頃)というイメージを持っていて、「なぜこの人が金融の専門家になったのか?」と不思議に感じたくらいだった。
正直、金融工学の授業は、数式がホワイトボードに書き連ねられていくようなもので難しく、私は一緒に授業をとっている同級生のサポートで、やっと乗り越えた覚えがあります。冒頭の言葉は、そんな私が導きを求めて、「おすすめの本ありますか?」と聞いたときの、先生の回答であった。

『木のいのち 木のこころ 天』の著者である西岡常一さんは、代々法隆寺の宮大工をつとめてきた家にうまれ、ご自身が棟梁として法隆寺の解体修理や薬師寺の金堂などの再建をしてきた方です。その経験が聞き書きによってまとめられています。
約1300年前に建てられた法隆寺の材である檜の話、檜の柱を支える礎石の話、道具の話、飛鳥、鎌倉、室町時代から現代まで日本の木との付き合い方移り変わり、などが、関西弁で流れるように語られている。

「職人がいて建物を建て、それを学者が研究しているんですから、先に私らがあるんです。学者が先におったんやないんです。職人が先におったんです。ー体験や経験を信じないんですな。本に書かれていることや論文のほうを、目の前にあるものより大事にするんですな」
「本を読んだり、知識を詰め込みすぎるから肝心の自然や自分の命がわからなくなるんですな。そして私が今まで説教してきたけれど、それをまねたらあかん。自分自身が生きていくんやから自分自身で悟らないかんということでしょうな。そういうふうに自然を悟れということでしょうな。」

卒業から10年経ったいまになってようやく、先生の言いたかったことがやっと伝わる感覚がしています。
さきに、経験があり、そしてそれが理論や表現になり、過去のものとなり、さらに、いま瞬間瞬間に経験を重ねていく、その連続である。
体験する場である世界は、自然はそこに広がっていて、私は生きている。

20代前半の自分に言いたい、「おすすめの本は?」などと、人に悠長な質問をしている場合ではない、と。

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『木のいのち 木のこころ <天>』(著:西岡常一)

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