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『天国と地獄』なのに「運命」とはこれいかに 日曜劇場『天国と地獄 ~サイコな2人~』

あらすじ

望月彩子(綾瀬はるかさん)は、警視庁捜査一課の刑事。喜び勇んで配属になったそこでは、弁当の注文係を八巻(溝端淳平さん)とともにやっている。現場に出て手柄を立ててやろうと、鼻息が荒い。

捜査一課が追う連続猟奇殺人の容疑者として、株式会社コ・アース社長の日高陽斗(高橋一生さん)が浮かび上がる。彼を怪しいと睨んで追っていた彩子は、歩道橋の上で日高と対峙する。証拠品の革手袋を歩道橋の上からトラックの荷台に落とす日高。階段近くでもみあいになり、2人はもつれ合って階段を転げ落ちる。

彩子が目を覚ますとそこは、病院のベッドだった。身体を起こしてみると、ハンガーにつるされていたのは、日高のコート。つぶやく彩子。耳慣れない声。慌てて鏡を見るとそこに映っていたのは、日高の姿だった。

2人の魂は入れ替わってしまったのだ。


入れ替わる前までの彩子と陽斗

【見た目から垣間見える2人の性格】

望月彩子は、自分の見た目に無頓着だ。
着ているものはいつも同じ。黒っぽいスーツに、白のシンプルなブラウス。素材はおそらく綿だろう。ヒール低めの黒のパンプス。イヤリングやネックレスなどの装飾品は身に着けない。化粧っけなし。髪はいつも一つに結んでいる。そして、同居人の陸(柄本佑さん)が居なければ、部屋はすぐにゴミ屋敷と化す。

そしてなぜか、いつも走っている。直観力に優れているタイプで、熟慮するというより、ある程度の考えが自分の中で形になったら体が動いてしまうタイプだ。

一方、日高陽斗は男性にしてはこじゃれていて、見た目に気を使っている。決して身体を動かす職業ではないにもかかわらず、体型を維持しているし、単にワイシャツを合わせがちなスーツを着ている場合も、インナーはタートルネックだったりする。普通カーキ色の手袋なんて買わないよな・・・と思って全体のコーディネートを見たら、アースカラーで統一されていた。多分、アースカラーが好きなのだろう。

そして、彩子とは対照的に陽斗は「歩く人」だ。よく散歩をするらしい。歩いて、さまざまなことを考え抜いて、決断を下すのだろう。

【ストーリー】

刑事として猟奇殺人犯を追う彩子が、現場がきれいすぎることに気づいて床の洗浄剤の製造元に気づき、日高にたどり着く。彩子は、猪突猛進型ではあるがバカではないのだ。実際に日高に会ってからも、抱いた違和感を逃さない直観力の持ち主でもある。

そして歩道橋で対峙したとき、二人は階段から転げ落ちて入れ替わる。

ベタだ。ベタすぎる。「階段から転げ落ちたら男女が入れ替わる」。かの映画が公開されて以来何度も繰り返されてきた「階段から転げ落ちた男女の入れ替わり」。そう。大林宣彦監督の『転校生』である。

誰かと誰かの魂が入れ替わる、という手法は、『転校生』以来、『パパとムスメの7日間』などさまざまな作品で扱われることになるが、本作もこの系譜を踏んでいる。

つまり、入れ替わった2人は作中の出来事を通じて深く理解しあい、見えない強い絆が生まれる、ということになりそうだな、と『転校生』を知っている視聴者はなんとなくここで予想する。森下佳子さんが制作したNHKのリモートドラマ『転・コウ・生』を連想した人は、もっと色濃く予想しただろう。

魂の入れ替わりが描くのは、「お互いを深く理解しあう」ということだというのは、もはや定番と言ってもいいと思う。

ただサイコサスペンスの体裁を取っていたので、第1話の最後に2人の魂が入れ替わった段階では、刑事と猟奇連続殺人犯の容疑者が深く理解しあった結果どうなっていくのかは、全く予想がつかなかった。少なくとも、私には。

入れ替わってからの彩子と陽斗

【魂の影響・見た目と癖】

綾瀬はるかさん・高橋一生さんの「入れ替わりのお芝居」の秀逸さについては、いろいろな人が語っておられる。そもそもこの「入れ替わり」自体、演じる役者さんの技量がなければ説得力が生まれないので、そこは割愛する。
(あえて少しだけ触れるなら、高橋一生さんは身体の動きを女性っぽくしてはいるものの、厳密に言うと動き自体は彩子っぽくはなく、彩子っぽさは声の出し方とセリフ回しで主に表現していたように思っているし、綾瀬はるかさんは男性っぽい動きにはなっていないが、声の出し方を変え、彩子だったら走るところを走らず歩くことで、日高らしさを表現しているように思えた。男性っぽい動きは物理的な理由によりそうなるところも大きいので、違和感はない)

そしてここから先は、まともに書くとくどくなってややこしいので、役名(魂)という書き方をしようと思う。
(例:彩子(日高))

彩子(日高)は、せっかくの美貌がもったいないとばかりに、身だしなみを整え始める。髪は結ばない。アクセサリー類を身に着ける。化粧をする。スーツの色が黒系なのは変わらないが、これは刑事という仕事の特性上、目立たない方がいいと理解したためだろう。白い綿素材のシャツばかりではなく、彩子(彩子)なら決して選ばないだろうという素材とデザインのシャツを着ている。

そして、ベージュのトレンチコートを着る。基本的に着ているものが黒系の彩子にはないセレクションだ。

陸より早く帰れた時は、料理をする。これも彩子(彩子)にはありえないことのように思える。

基本的に日高は「ちゃんとした人」なのだ。ベンチャー企業の社長ということもあって、見た目が他人に及ぼす影響もきちんとわかっている。現に彩子(日高)がきれいに身だしなみを整え、時折笑顔を見せるようになってから、明らかに捜査本部内の、「望月彩子」に対する空気感が変わっている。

日高(彩子)はタートルネックを着なくなった。そこにあるものを着ている感じだ。ワイシャツは基本的に薄いブルーか白。ノーネクタイが多い。加えて、日高の家は散らかり放題になった。

そして、2人の癖が入れ替わる。視聴者が、この癖で魂がどちらなのかを理解できるように演出しているのだろうが、それがなくても、着ているものでちゃんと「今、魂はどっちか」がわかるようになっているのだ。

【ストーリー】

話のモチーフに奄美大島の「太陽は月に、月は太陽になるはずだった」という言い伝えが使われている。

ストーリーにどう絡んでいくのかと思っていたが、太陽=日高陽斗、月=望月彩子と誤解させられていたので最初は単に2人が入れ替わったことを指しているのかと思っていた。騙されていた事に気づくのは、「東朔也」が登場した後だ。詳しくは後で説明するとしよう。

彩子(日高)は、彩子としての日常を送りつつ日高につながる証拠をつぶし、うまく大変粘着質でしつこいセク原(北村一輝さん)を捜査の第一線から追いやり、捜査本部内で自分がやれることを増やしていく。

一方、日高(彩子)は慣れない社長としての業務をこなせない。こなせない理由を「頭を打ったことで記憶が・・・」ということにする。

日高(彩子)は、社員の五木(中村ゆりさん)に打ち明け、五木さんが一斉に社内メールをした後のコ・アース社員の反応に戸惑っただろう。日高は人望の厚い社長だった。恩義を感じている社員がたくさんいたのだ。

日高は本当に殺人を犯したのだろうか、という疑問はこの時から大きくなっていったのではないかと思っている。

日高(彩子)は日高としての日常を送りながら、八巻(溝端淳平さん。物語前半で入れ替わりを察している)を使って捜査を続ける。

入れ替わった2人は、捜査が進むにつれて互いを理解していく。

彩子(日高)は、主に同居人の陸(柄本佑さん)と八巻、日高(彩子)の言動を通じて彼女を理解していく。基本的に見た目には無頓着なのに、腹筋が割れるほど鍛え上げられた肉体。警察官として職務を全うするのに、身体を鍛え上げる必要があるからだろう。彩子の正義感を示しているように思えた。そしてその正義感は何からきているのか。彩子(日高)は、日高(彩子)の口から聞くことになる。

小学校4年生の時、クラスメイトに濡れ衣を着せられたのだ、と。濡れ衣という不条理を許さないために、警察官になったのだと。

とても彩子らしい。子どもの時から、彩子は彩子だった。

日高(彩子)は日高の家族と接することで、彼が育った家庭が温かくて愛情に満ちた場所であったことを実感する。血が半分しかつながっていない妹(岸井ゆきのさん)も、彼を慕っているし、全く血がつながっていない父(木場勝己さん)は、血がつながっていなくても、ちゃんと父親だった。

日高(彩子)は、どう思っただろうか。父や妹の口から語られる彼の姿を。とても、殺人を犯すような人物だと思えなかったに違いない。

そして、実家での父の話から、日高陽斗の双子の兄、東朔也の存在が浮上してくる。

陽斗と生き別れになった東朔也は、父(浅野和之さん。陽斗のリアル父でもある)の事業の失敗からつらい状況に立たされていた。陽斗の義父が朔也を引き取りたいと申し出ても叶わず、大人になった朔也は理不尽な目にたびたびあわされ、定職につけてないことが判明する。そのうえ、認知症の父の介護まで背負っているという。

陽斗と朔也。太陽と新月。
「太陽と月」を分けたものは、出生時間のわずか15分。

15分だけ早く生まれた「長男」は親の離婚後も父のほうに留め置かれ、「次男」は母親が引き取って育てた。

もし、15分早く母のお腹から出てきたのが、陽斗だったら、2人の運命は違ったものになっていたはず。「太陽は月に、月は太陽になるはずだった」という言い伝えが示していたのは、太陽=日高陽斗、月=東朔也だったのだ。

この誰にもどうにもしようのない話が、朔也の犯した罪へと、陽斗の犯した罪へとつながっていく。

再び入れ替わった彩子と陽斗

捜査が進んできて彩子(日高)が追い込まれてきた。彩子(日高)は、彩子(彩子)はあくまで事件を追っているだけという体裁にできるよう、再び入れ替わろうとする。満月の夜に歩道橋へ呼び出し、手錠を手にして2人で階段から転げ落ちる。

無事、入れ替わった後の二人のお芝居に唸った。特に、綾瀬はるかさん。

私を唸らせたのは、声がお二人本来の出し方に戻ったことではない。八巻を呼び出して、東朔也を追って奄美へ向かうため車に乗り込んだ後、綾瀬はるかさんがすぐに髪の毛を結んだことだ。

そう。これが彩子なのだ。彼女は自分の見てくれに関心がない。爪を見てきれいにマニキュアが塗られていることに驚く。髪は邪魔だからすぐ結ぶ。

こういう細かいところまで、キャラクターの作りこみに矛盾がないところがさすが森下佳子さんの脚本だなと思う。

私が矛盾を感じるキャラクターは、じつは結構な頻度でドラマに登場する。
例えば先日やっていたとあるラブコメでは「普通でいることを常に心がける、奨学金持ちの、地方から東京に出てきて就活している学生が、面接前にうっかりペンキ塗りたてのベンチに座ってしまい、そこに現れたイケメンに連れられて行ったショップで22万8千円のセットアップを買う」という実に矛盾するキャラクターが登場した(当該ドラマがお好きな方、気を悪くしないでほしい。非難するつもりはない。説明のために引き合いに出しただけである)。

とにかく、ふとした細かいシーンまできっちり作りこまれていて、思わず「ほう・・・」と口にしてしまったほどだったのだ。

そして、日高。入れ替わっていた際に理解を深めた彩子の思惑を、さらっと八巻に説明する。この一言で「彩子と日高の間にある見えない絆」を示す一生さんはさすがだ。

オシャレさんに戻った日高には、なぜか『踊る大捜査線』の青島刑事風の服が用意されていたが、これは刑事2人で犯人を追っている、という状況にするために八巻が彩子(彩子)に指示されて用意したものだろう。

カーキ色のコートとえんじ色のネクタイ=青島刑事という視聴者(私)への刷り込みをも利用されている。またまた、変なところで感心してしまう。

警察から逃げつつ、東朔也に追いついてからの展開は本当に凄かった。「セク原(北村一輝さん)の正義」も見えたし、日高の本来の人格も。

望月(満月)に入れ替わり、殺人は朔(新月)に行われる

朔也は「新月なり」という意味の名になる。朔也が殺人を行うのが新月の夜なのは、最初の猟奇殺人を犯して自殺した十和田元(田口浩正さん)の書いた漫画に従っているのだろうが、東朔也(迫田孝也さん)は自分の名前とリンクしていることにもシンパシーを感じたのではないだろうか。

自分をつらい目に合わせた人間たちを、新月の夜がくるたび殺していく朔也。共犯関係に巻き込まれる陽斗。それは、わずか15分が分けた運命だと思うと、やり切れない気持ちになる。

一方、入れ替わりである。

満月の晩に、丸いものと、「望月」彩子と一緒に階段を二人で転げ落ちると魂が入れ替わる・・・と思っていた。最後のシーンまでは。

転げ落ちなくても魂が入れ替わるなら、この2人は満月の晩には会えないなと、互いの理解が深まった後、ほのかなラブを感じた私は思うのだった。

タイトルに関する疑問

劇中で使われているのはベートーヴェンの「運命」なのに、タイトルはなぜ『天国と地獄』なのだろうか。映画『転校生』のエンディング曲が「天国と地獄」だったことは調べて分かったのだが、いまだにわからない。

『太陽と月』ならわかる。インパクトが弱いけど。

もしかしたら、人生の「天国と地獄」(=「太陽と月」)を分けるものは紙一重で、大した差はないという意味なのか。

誰か説明してほしい。

高橋一生さんのお芝居について

綾瀬はるかさんのお芝居も見事なのだけど、今回の高橋一生さんは、ストーリーの流れに沿って役の内面(最初に入れ替わるまでの日高は実にサイコパスっぽかった)をしっかり表現してくださっていた。入れ替わってからは女性というより、「望月彩子」だったし、再び入れ替わった後は日高の賢さ、優しさという、最初のパートでは感じられなかった陽斗の内面が、充分過ぎるほど伝わってきた。

素晴らしい表現者のお芝居を観られた、至福の3ヶ月だった。

終わりに

後半に行くにしたがって、私には日高陽斗が『おんな城主直虎』の小野政次の生まれ変わりに見えた。優しくて、頭が良くて、全体を見据えてどうすればよいかを常に考えている。愛するものを守るために、自分が犠牲になることもいとわない。

脚本家さんが同じで、演じ手が同じだからと言って結びつけるのはおかしいのだが、愛する人への思いを辞世の句でしか伝えられなかった政次が、やっと思いを遂げられたようにも思えたのだ。

きっと、邪推のしすぎなのだろう。

最後のセリフ、「とりあえず、今お勤め先どこですか?」に、2人の関係がどんな形でも続いてほしいと、心から思った。

続編があるなら、2時間スペシャルで観てみたい。



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