魔法の教室

奥田珠紀さんとの出会いと、私の今までとこれから

私が奥田珠紀さんのことを知ったのは、Facebookでした。

当時長崎に住んでいた私は、「お金は使ったらなくなるもの」だと信じ込み、会議へ出席して頂いた報酬を使わずに必死に握りしめていました。

そんな時、偶然Facebookで見つけた「未来スケジュール帳を創る会」。

山口への転居が決まったタイミングでもあったこと、「未来スケジュール帳」というフレーズにワクワクが止まらなくなり、「えいやっ!!!」と申し込みました。

その後、その会で出会った人たちとFacebookで繋がり、その方たちがシェアする投稿の中に奥田珠紀さんが書いた記事があったのです。


初めて奥田珠紀さんの書いたイラスト、言葉、考えに触れた時、「こんな考え方、捉え方があるんだー!!」と、とってもワクワクした気持ちになりました。

そこから投稿を読むたびに、「ウニちゃん」という存在が気になって気になって仕方なくなり、奥田珠紀さんが開かれていた魔法の教室を受講したい気持ちが募る一方となっていました。


とはいえ、「やっぱりお金は使ったらなくなるから使えない」の思い込みが強かったこともあってか、広島開催の告知を見逃してしまった私。

すでに満席となっており、「ダメかー。。。」と思いながらも「増席やキャンセルが出ないかなぁ…。」と思いブログをチェックする日々。

するとなんと、受付再開始されたのですー!!!

「もうここで受けなかったら絶対後悔する!!」と思い、即座に連絡。

夫はその日仕事で不在が確定していたので、子どもたちの預け先を確保しなければなりません。

でも、子どもたちはいくらかかっても預けるしかない!との思いで、初めて行ったことも見学したこともないところへ、子どもたちを預けることを決めたのです!!


そして初めて広島の中心地まで運転していき、
初めて子どもたちを一時預かり専門の託児所に預け、
会場へと向かいました。


するとなんと!

到着が早かったおかげで一番前の席に座れたのですー!!

今も大活躍されている、白峰多真珠さんがお声かけくださったおかげです♡


久しぶりの一人、
そして待ちに待った魔法の教室ということで、
ドキドキしっぱなしの私。


もう魔法の教室が始まってからは、一言一句逃すものかと必死になっておりました。

というか、Facebook上でイメージしていた奥田珠紀さんよりも、
関西気質が強くって面白すぎて、
メモを取ったり話を聴いたりするだけではなくて
東大阪に住んでいた時のことも思い出したりしていたので、
もう私の中いろいろごっちゃごちゃになっていました。


そして、ずっと楽しみにしていた、待ちに待っていたヒプノセラピー。

もう私は涙が止まらなくなりました。

私はずっといろんな辛い思いをしてきた私を見て見ぬふりして、
傷ついたのに傷ついていないふりをしていました。

いろんな人から浴びせられた傷ついた言葉や態度も、
すべて私が悪いのだと、ことあるごとに自分で自分を傷つけていました。

泣きたかったのに泣けなかった私、
欲しいものを欲しいと言えなかった私、
一番一緒にいたかった友人たちといられなくなった私。

今思い出しても涙があふれてくるので、
きっとまだ置いてけぼりにしてしまっている私がいる気がします。

そしてずっと、
私は感じることに蓋をして、
感じているのに感じていないふりをして、
世の言う「良い子」であるべきだとずっと必死にやってきたのだと思いました。


社会人1年目で職場に行けなくなり適応障害と言われ、その後は干され、
社会人2,3年目は学生の時にやりたかった仕事を必死にこなし、
社会人4年目で念願の職業に就くも人間関係のゴタゴタで弱い自分を責め、うつ状態になるとともに1人目を妊娠。

重症妊娠悪阻で初めて入院をし、
つわりの時期にもかかわらず引っ越しをし、
まだ友人たちは誰も結婚出産していない中、
私の子育ては始まりました。

産院では授乳指導等、全然きちんと教えてくれなくて、
胸はパンパンに腫れあがりひどい痛みに襲われ、
退院してすぐ桶谷式へ向かいました。

里帰り中の1か月間、言われた通り通い、
1日中娘と必死に生きていました。

里帰りを終えて自宅に戻ると、
我が子の布団を置くスペースすらない、キッチンはぐちゃぐちゃ。

私たちの居場所がない。と本気で思いました。

夫は日本各地へ遠征に飛び回り、
休みの日や空いている時間帯は仕事へ行き、
引っ越してきたばかりで近くには誰も友達はいない。


そんな中、初めての育児。

我が子とは言え、赤ちゃんをお世話するなんて初めてのこと。

イライラする私に、夫は言いました。

「おかしいよ。」「精神科でもかかってきたら。」
「実家帰ったら良いじゃん。」

夫はもう自分が言ったことは覚えていないようですが、
当時の私はこの夫の言葉を真剣にとらえ、本気で離婚も考えました。

そして、一度精神科にかかろうと決め、一人で受診しました。

正直頼りない先生だったこともあってか、はっきりとは言われませんでしたが、「初めての子育てをしているから、適応障害に陥っているかもね。」と。

特に何の解決方法も教えてもらえませんでした。

でも私は、「もうこのままの状況は嫌だ!」「離婚したくない!!」と思い、インターネットでいろいろと検索をしました。

そこで見つけたのが、ゲシュタルト療法。

私にとっては高額な面談料でしたが、ねんねの時期の赤ちゃんなら構わないと言ってもらったので、まずは面談に。

そして後日行われたワークにも2,3回参加しました。

そこで相手の立場に立って状況を見てみる・考えてみるということを、
おそらく産後初めて、
いやもしかしたらあんなに客観的に他人の視点から状況を観察できたのは人生初だったかもしれません。

このワークの時、私はものすごい素質を持っているといわれました。

これだけのワークや情報しかないのに、そこまでいろんなことを読み取れるなんて、本当にすごいと。

なのでやっぱり今思うと、私はHSP気質が強いタイプってことなのかな。

このゲシュタルト療法との出会いのおかげで、
それまでよりは落ち着いて夫と向き合い、
我が子との時間を過ごせるようになりました。


とはいえ、私は妊娠当初の入院があったからか、
我が子が順調に他の子と同じように成長してくれるとは全く思えず、
本当に毎日必死でした。

今振り返ると産後のホルモンバランスの乱れも大いに影響していると分かるのですが、当時はそんな知識も、出産を経験した友人もなく、
本当に一人社会から取り残された気持ちでいっぱいで、
小さな命を守るために毎日一人必死に生きていました。

妊娠中うつ状態だったこともあり、
何度も歩きながら「道路へ飛び出したら死ぬのかなぁ…」等、
死について考えることが度々ありました。

「でも、お腹に赤ちゃんがいるから死ねないなぁ。」と、
いつもお腹を見ては生きることを考えていたように思います。

憧れの仕事が全然できず、自分の力不足を感じ、
これからどうしたら良いのか本当に分からなくなっていた時期に、
私のお腹にやってきてくれた娘。

当時職場でお世話になっていた方が私に会いに来てくださり、
「きっとその子はあなたを守るためにこのタイミングでやってきてくれたのだと思う。だからあなたはその子の命を大切にしてあげて。」と言ってくださいました。

その時、私は自分が逃げているように思われていると思い込んでいたこと、そしてその方は私の状態をプラスの面で捉えようとこの言葉をかけてくれたと感じていましたが、我が子が生まれてきてから日に日にこの言葉が私にとってかけがえのない生きていく上での大切な言葉となりました。

初めて関東を離れて秋田へ行った時も、
秋田から大阪へ行った時も、
大阪から愛知へ行き、妹が生まれた時も、
愛知から長崎へ行き、妹が入院している時も、
長崎から山口へ来て毎日いろんな想いをしている時も、
長女はいつもいつも、一所懸命に生きてくれていました。

きっと、我が家のような家族は定住している方たちや昔ながらの考えを大切にしている方たちにとっては煙たい存在なんだろうなぁって感じることがあります。

でも、私は、私たち家族は、
目の前にある今を懸命に生きることを大切に、
私たちなりの財産を築き上げてきた。

誰が何と言おうと、
私たち家族には私たちなりの家族の形があって、
絆がある。

バスケットボールを仕事にした経験があり、
これからもその可能性が大いにある夫のことは本当に尊敬しているし、
本気ですごいと思っているし、応援したいって心底思う。

うつ病も、肺炎も、入院も、
正直今思い出しても涙が溢れてくるけれど、
でもそれでも、
彼にとって私にとって、家族にとって必要な経験だったのだと思うから。


私の夢は、
私の母と父を結び、
そして私と家族を結び、
さらに私と夫を結び付けてくれて、いろんな体験をさせてくれた
バスケットボールに恩返しをすること。

大好きな夫が、またプロとしてバスケットボールに関わり、
毎日バスケットボールをして生活をすること。

私はそんな夫を支えるべく、
彼のことも、彼のところへやってきてくれる選手たちのことも全力でサポートする。

プロへの道筋を一緒に立てる。

そして私は自宅でサロンを開き、
魔法の教室や自分ビジネス、毎日が豊かになるお味噌汁教室などを行う。

2階は下宿&お客さま用のお部屋で、
プロを目指す選手やバスケがやりたい・携わりたい人、
そしてお招きした素敵な方たちに使ってもらう。

自宅から歩いて行ける距離のところにバスケットボールコートがしっかり一面取れる体育館を所有する。

いつでも使いたい時に使える体育館で、親子スポーツ教室やマルシェなど、
バスケットボール以外のイベントも開く。


奥田珠紀さんとの出会いや、
奥田珠紀さんの素晴らしさをお伝えしたいと思い書き始めたのですが、
自分自身の振り返り&夢記事のようになってしまいました。

でもこれ全部ひっくるめて、
すべて奥田珠紀さんと出会い、魔法の教室を受講し、
【SNSで稼ぐ】を購入して「やる!」と決めたから、
今ここに今までのこととこれからのことが書けています。

どんな私も愛すること。

この言葉のおかげで、
今までのいろんな想いをしてきた私を見つけ出し、
私が私に寄り添い、
一緒にこれからの希望にあふれた世界へ行くことを決めることができました。

奥田珠紀さんの記事をシェアしていたのは長崎で出会った人しかいないので、私が「未来スケジュール帳を創る会」に参加していなかったら、もしかしたら今も奥田珠紀さんの存在を知らないかもしれません。

そしてびっくりしたことが、奥田珠紀さんの記事をシェアしていたら、とある団体でお世話になった尊敬する方が間接的に奥田珠紀さんのことを知っていたとのお話が!

どちらもどこでどう縁があって結びつくのか本当に分からないなぁ…と思いました。

そして、「生きるって面白い!楽しい!!」って思えました♡

*

タマちゃんと出会えたおかげで、私の中の小さな私と出会うことができ、これからより輝く未来へと一緒に歩んでいく誓いを立てることができました。

そして、今まで相手ばかりを尊重し、いろんなことを瞬時に察知し苦しむことが多かった強度のHSPな私が、少しずつ生きることに対して不自由さを感じなくなり、毎日を自分のペースで過ごすことができるようになってきました。

この生きる楽しさ、幸せを、一人でも多くの方に伝えたい。

特に子どもや夫のこと、家のことで手いっぱいになっているママたちに、自分を生きることの大切さを思い出してもらえたら。との想いを持っています。

そう、過去の私のような人たちに、伝えていきたいと思うのです。

こんな素敵な体験をし、これからの未来を自分の手で創り上げるのだと腑に落ちた今、毎日がとっても楽しいです!

そして自分の中の違和感や不安ともしっかり向き合うことができてきているので、変なイライラや夫婦げんかもほぼなくなりました!!(たまに爆発しますが^^;)

ぜひ、一緒に豊かで幸せな未来を築きましょう♡

そのために私は、今できること・魔法の教室シェア会と【SNSで稼ぐ】を私なりの形で行っていくことを決めました。

そしていずれ、魔法の教室認定講師にもなります♡

まだまだ私は可能性無限大だー!!

そして、皆さんもたくさんの可能性を秘めています☆

一緒に自分を信じて、自分を愛して、思いっきり動いてチャレンジして失敗して、いろんなことを積み重ねながら、幸せな世界を構築していきましょう♡

*

最後に余談!

最近ウニちゃん状態の時間が突然多くなったからか、
夫から「話が通じない時がある。」と言われました(笑)

なので私の意見をきちんと伝えることも、私のウニちゃんを大切にすることに繋がると思うので、切り替える時はしっかり切り替えていきます!(笑)

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

note.user.nickname || note.user.urlname

はるかのnoteに足を運んでくださり、記事を読んでくださり、本当にありがとうございます♡ サポート頂けましたら嬉しいです☆

スキ、とっても嬉しいです♡
7
HSP/HSC・7歳女の子/3歳女の子/不登校/幼稚園退園/5年連続転居/魔法の教室/自分ビジネス/在宅ワーク/ライター/❤バスケットボール❤ライターとして記事を量産中✒教育/不登校/HSP/砂糖不使用レシピ/家庭菜園/潜在意識💖夢:夫と一緒にバスケットボール