真っ白い君のために

2023年11月4日~2024年2月18日の期間、JRA競馬博物館にて開催されていた特別展「白毛図鑑 純白のサラブレッド」
その名の通り、白毛馬に関するテーマ展であった。

その特別展のイベントの一つとして、須貝厩舎でソダシを担当していた元厩務員・今浪さんのトークショーが行われた。
ソダシと言えば、真っ白な馬体に合わせた真っ白な馬具が印象的であったが、デビュー当初は他の馬と同じく黒い馬具を使用してた。
3戦目のアルテミスSから使い始めた白い手綱や頭絡、白いバンテージは須貝調教師の発案によるもの、そして5戦目の桜花賞から登場する白い腹帯は、主戦の吉田隼人騎手が自分で用意したものであることが、このトークショーで明かされた。

腹帯とは、鞍を装着するために馬の体に回すベルトのことである。
ほとんどの場合騎手の持ち物であり、腹帯にマーク(名前、イニシャル、ロゴマークなど)を入れている騎手も多い。

ソダシの使用していた真っ白な腹帯にも、隼人騎手のマークがちゃんと入っている。
ちなみに、腹帯だけでなく、鞍も白っぽいものを使用していた。
写真や映像を確認したところ、この白い鞍もどうやら桜花賞から使い始めたようである(オークスでは黒い鞍のようだが)。

ソダシの白い腹帯と鞍。腹帯には隼人騎手のマークが入っている。


さて。
吉田隼人騎手が真っ白な愛馬のために真っ白な腹帯を用意する、その約14年前に、先んじて真っ白な愛馬のために真っ白な腹帯を用意した騎手が、実は存在する。


ホワイトベッセルは、突然変異で生まれた白毛・シラユキヒメの2番仔であり、2007年の2月に栗東の安田隆行厩舎からデビューする。

今でも白毛は珍しいが、今より更に白毛の頭数が少なかった時代だ。
デビュー前からかなりの注目を集めていたらしい。陣営もその期待に応えよう、お客さんに喜んでもらおうと、ホワイトベッセルのために真っ白な馬具を用意した。厩務員さんは真っ白な服を着て、ベッセルの綱を曳いた。

そして、鞍上の川田将雅騎手は、ベッセルのために白い腹帯を用意したのである。

ソダシのように、既に活躍している馬ではない。
まだデビュー前の、これから勝つかどうかも分からない馬である。
破格の扱いと言うほかないが、そのくらい、陣営の思いは強かったのだろう。

真っ白な馬具を纏った彼は、デビュー戦は3着に破れるが、2戦目の未勝利戦で見事に1着となる。
ベッセルの初勝利であると同時に、JRAにおける白毛馬の初勝利でもあった。
その後の白毛馬の活躍へと繋がる、大きな一歩だったことは間違いない。

川田騎手はガッツポーズをしない騎手であるが、ベッセル初勝利の際は、非常に珍しいことにガッツポーズをしている。
しようと思ってしたわけではなく、陣営のベッセルに対する思いを知っていたからこそ、そしてその思いを共有し歩んできたからこそ、自然とガッツポーズが出たのだそうだ。


その数年後。
2011年11月、1頭の白毛馬がデビューした。
ホワイトベッセルの妹で、名はマシュマロという。
マシュマロはデビュー戦を勝利。白毛馬が新馬戦を勝つのはこれが初のことであった。
手綱を取ったのは、兄を初勝利に導いたのと同じ、川田騎手だった。

マシュマロの写真をネット等で確認してみると、川田騎手が騎乗しているレースでは、白い腹帯を使用している。
他の騎手が乗っているときは白以外の腹帯なので、おそらくこの白い腹帯も、川田騎手が用意したものではないかと考えられる。
ベッセルで使用していた腹帯を、マシュマロにも使用したのかもしれない。

マシュマロは引退後、母となった。
1番仔のハヤヤッコがダート重賞のレパードSを勝利し、白毛馬として初のJRA重賞勝利。その後芝重賞の函館記念を勝利し、白毛初の芝・ダート両方の重賞を制覇するという快挙を成し遂げた。

そのハヤヤッコに、吉田隼人騎手が一度だけ騎乗したことがある。
2023年の日経新春杯だ。
ソダシと同じ一族の白毛馬だ。もしかしたら白い腹帯を使う可能性もあるかも?と思っていたのだが、ハヤヤッコが使っていたのは黒い腹帯だった。
サイズの関係等の理由で使わなかっただけなのかもしれない。深い理由はないのかもしれない。だが、あの白い腹帯はソダシにしか使わない、という思いがあったのではないか……と、そんなふうにも考えてしまう。

吉田隼人騎手とハヤヤッコ。黒い腹帯を使用している。


ソダシに隼人騎手が騎乗するのは、2022年のマイルCSが最後となった。
2023年のヴィクトリアマイルはレーン騎手、安田記念では川田騎手が手綱を取った。

乗り替わりについてどうこう言うつもりは、毛頭ない。
ただ、パドックに現れたソダシの体に黒い腹帯が巻かれているのを見た瞬間、ひどく悲しい気持ちになったことを覚えている。
あの、真っ白な腹帯を、ソダシのためだけに誂えられた純白の腹帯を見ることは、もうできないのか、と。

2023年VM、黒い腹帯のソダシ


2023年7月、ソダシの弟、カルパが函館でデビュー戦を迎えた。厩舎は姉と同じ須貝厩舎だ。
ネットに上がってくるデビュー戦の写真を見て、おや?と思ったことがある。
手綱やメンコが白いのは、姉と同じ厩舎であるし当然そうなるだろうなと思っていたのだが、腹帯も白いのである。

デビュー戦で騎乗したのは武豊騎手。過去に何度か白毛馬には騎乗しているが、白い腹帯を用意したことはなかったはずだ。
今回は用意したのだろうか?とも思ったが、その後、武騎手から川田騎手、田口騎手、松山騎手と乗り替わっても、腹帯は白いままだ(一度だけ、川田騎手の黒い腹帯を使用していたが)。

今まで白毛に乗ったことのない、テン乗りの松山騎手や田口騎手が、白い腹帯を所有しているとは考えにくい。
おそらく、馬具を白で統一するために、腹帯も厩舎が用意しているのではないだろうか。
カルパの使用している白い腹帯には、特にマークのようなものは入っていないようである。

なかなか勝ちきれないレースを続けていたカルパだったが、7戦目となる2024年3月17日の阪神2Rで、川田将雅騎手を背に先頭でゴールを駆け抜けた。陣営もファンも待ち望んでいた初勝利の瞬間だった。

その直前、中京2Rでは、姉の主戦騎手だった吉田隼人騎手が勝利を挙げていた。


話はカルパの初勝利から少し遡る。
2023年10月1日。その日の中山メインはG1のスプリンターズS。そのレースで一頭の鹿毛馬がG1初制覇を飾った。
彼女の名前はママコチャ。毛色こそ違えど、ソダシの全妹である。
彼女をG1制覇に導いたのは川田騎手であった。

同じ日、私は阪神競馬場にいた。
阪神のメインは、リステッドのポートアイランドS。優勝したのは、青毛の牡馬、ドーブネ。白毛ほどではないにしろ、青毛もそこそこ珍しい毛色だ。
白毛とは正反対の真っ黒な馬の背には、隼人騎手の姿があった。
ママコチャが勝利するのは、その10分ほど後の事である。

妹と、主戦騎手の勝利を見届け、バトンを次へと渡すかのように、ソダシの引退が発表されたのもまた、この日であった。

隼人騎手が勝った直後にソダシの妹が川田騎手と共に勝利を挙げたのも、隼人騎手が勝った直後にソダシの弟が川田騎手と共に勝利を挙げたのも、偶然と言ってしまえばそれまでである。
だが、何らかの縁のようなものがそこにはあるのではないかと、そんなふうについ感じてしまうのだ。

ちなみにであるが。
「ドーブネ」という一風変わった名前は、古代の船「どぶね」に由来するらしい。
白毛として初めてJRAで勝利したホワイトベッセルの名の意味は「白い大型船」だそうだ。

白い船と黒い船。
まあ……これこそただの偶然、こじつけである。


現在のところ、JRAで最も白毛での勝利数が多いのは吉田隼人騎手で10勝。
次いで川田将雅騎手の8勝となっている。

先述の通り川田騎手は白毛馬初のJRA勝利(ホワイトベッセル)、白毛馬初の新馬戦勝利(マシュマロ)という記録を達成している。

隼人騎手は、白毛馬初の芝レース勝利及び特別競走勝利(2008年ミモザ賞・ユキチャン)、白毛馬初のG1勝利(2020年阪神JF・ソダシ。ソダシに関しては記録が多すぎるのでその他は割愛致します)を成し遂げている。
白毛馬が初めてJRAの重賞に出走したのは、2008年のフローラS(ユキチャン・7着)であるが、そのときに騎乗していたのも隼人騎手である。


白毛の一族と縁が深く、白毛馬に深い愛情を注いできたこの二人が、競馬学校の同期であるのも、また、何かの縁なのであろう。


ソダシ、そしてブッチーニも引退し、白毛の繁殖牝馬も数が増えてきた。
彼女たちの子どもがどんな毛色になるかは分からない。
けれど、白毛馬の系譜はこれからも、確かに続いていく。


もしも、願いが叶うならば。
真っ白な馬に跨がった吉田隼人騎手の姿を、もう一度見たい。
彼もしくは彼女のために誂えられた、真っ白な腹帯を締めた馬だ。
彼、もしくは彼女にはライバルがいて、そのライバルも白毛。鞍上は川田将雅騎手だ。
白毛同士の対決。鞍上は白毛に縁のある同期の二人。
……さすがにそれは、物語としてできすぎだろうか。
ま、想像して楽しむくらいなら許されるだろう。

万が一実現したら、大喜びしちゃうけどね。

真っ白な君と、また駆ける未来へ




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