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フジ子・ヘミングに会った夜

あれは14年前の春、私が中学3年生の時に大分でピアニストのフジ子・ヘミングが演奏する、と知り合いの方から連絡があった。

フジ子・ヘミングといえば、スウェーデン人と日本人のハーフのピアニスト。日本とヨーロッパで活躍するも難聴になり、苦労を経てまた舞台に戻ってこられた。そんな波乱に満ちた人生を女優の菅野美穂さんが演じるドラマで放送されて再び一躍有名になったピアニストだ。

本もいくつか出している方なので、読んだことがあった。

どんな人が聴いてもわかる、温かみがあって光の差すような音色で人々を魅了させるピアニストだと。

「あのフジ子さんの演奏が聴ける!」と、フットワークの軽い母と実家の長崎から大分に行くことになった。

主催者の方とはとても仲が良くて、いい席を取ってもらえたのを覚えている。

コンサートでは、入ってきてわかる個性的な衣装を纏ったフジ子さんのあの気怠い感じ、とてもオーラがある方だった。

演奏は全体的にフジ子さんのペースを保って、フジ子さんにしか出せない音色がホール中に広がっていたのを覚えている。

なにかの本に「フジ子ヘミングが演奏をした後のホールにはたくさんの音符が落ちていた」と書かれていたが、まさにそういうかんじで、一粒一粒が命を持って飛び跳ねていた。

あっという間にコンサートが終わり、最後は舞台にいるフジ子さんに聴衆がそれぞれ花束を渡していた。私も花束を渡したが、他のお客さんたちは泣きながら花束を渡して、それを見たフジ子さんが、トントンと頭を撫でていたのが印象に残っている。

さて帰ろうとしていたところ、フジ子さんにご挨拶しないか、と、主催者の方に声をかけていただいた。いつも私を一人の音楽家の卵として扱ってくださっていて、これがハルカちゃんの刺激になれば、ということで特別に会わせて頂いた。

でもフジ子さんについてリサーチ済みの私は、フジ子さんが繊細で少し気難しいお方だということを知っていたのでワクワクというか、単純に緊張しながら楽屋へ向かった。

『(この前、なにかのフジ子さんの番組でフジ子さんに会いにきた親子を無視してお茶漬けを食べていたシーンがあったぞ…)』

あの世界的ピアニストに拒絶されたらどうしよう…と、ドキドキして楽屋へ向かう。

楽屋に入るとあのフジ子・ヘミングが目の前にいる。

全ての語彙が飛び、なんと話しかけたかすら忘れたが、サインを頂いた。

私がペンとフジ子さんの本を渡すと、私のペンを返してこられた。

こだわりがあるようで、わざわざご自身のペンケースから筆ペンを取り出し、サインを書いてくださった。

「あなたお名前は?」

『ハルカです』

はるかさんへと書いてくださり、最後にはなんとキスマークをつけてくださった。

『(なんと粋な…!)』

元来、気を遣いすぎる性格なので、とりあえず相手に不快感を与えないようにと

『今日はありがとうございました、とても素敵でした』

とお伝えしながら、(フジ子さんも演奏後で御手々が疲れているだろう…と思って)ふわっと握手すると

「あなた、こんなに力弱く握手してたら、元気がない人だと思われるわよ。もっと力を込めて握手しなきゃ!」

と、ギュッと握り返された。

今でもその感触を覚えている。

演奏とこの数分間でフジ子さんの人生に触れられた気がした。今でも衝撃的な印象だ。

絶対に忘れたくない思い出として胸に刻んでいる。

今でもテレビでフジ子さんを見ると、あの日のことを思い出す。


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