伊澤 悠

ピアニスト。第3回ハンス・フォン・ビューロー国際ピアノコンクール第3位、第26回ブラー…

伊澤 悠

ピアニスト。第3回ハンス・フォン・ビューロー国際ピアノコンクール第3位、第26回ブラームス国際コンクール最優秀歌曲伴奏賞。伊藤恵、Markus Grohの各氏に師事し、Alfred Brendel氏より個人的に指導も受ける。東京藝術大学を経て、現在ベルリン芸術大学に在籍する。

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解説:ディアベリ変奏曲 ⑩

Ⅲ おわりに ピアノソナタを32曲書き上げたベートーヴェンが、作曲技法をすべて詰め込むかのような意気込みをもって、バッハのゴルトベルク変奏曲に並ぶ変奏曲と言われる巨大な作品を書き上げる気力を持っていたことは、驚くべきことである。またその中で、充分な実験を行いながら、当人が楽しんで筆を取っていたであろうことが、この作品から手に取るように伝わってくる。その過程で生まれた「最大限の不自然さ」とも言えるものが、変奏曲の概念を覆し、私たちに壮大な物語を残してくれた。 ウーデはディアベリ

    • 解説:ディアベリ変奏曲 ➈

      ④ 第31変奏~第33変奏 そっと扉を開けるように始まる第31変奏(a,c,e)、足を踏み入れるとそこには新たな世界が広がっている。この曲の中で最も遅いテンポ設定を持ち、その原型を聴き取ることが困難なほどテーマからは遠く離れていくように感じられる。その複雑さの一つの要因は、比率の変化にあると言えるだろう。前半部分を見てみると、ベートーヴェンはこの変奏における1小節=テーマ4小節分として書き始めている。しかし3小節目から、2/3小節分をテーマ1小節分、さらに5小節目途中からは1

      • 解説:ディアベリ変奏曲 ⑧

        ③ 第21変奏~第30変奏 神秘的な時間を経て、勢いよく第21変奏(a,c,f)が現れる。この変奏では唯一、同一変奏内で2種類のテンポが交互に登場する。第22変奏(b)はモーツァルトの「ドン・ジョヴァンニ」からのパロディで、ドン・ジョヴァンニの家来であるレポレッロが、主人にいいように使われることへの愚痴を歌う冒頭のアリアから取られている。 第23変奏(g)は左右が反行する部分と、和音を代わる代わる打ち付ける部分とが交互に奏でられ、非常にエチュード的であるが、その後に姿を現す第

        • 解説:ディアベリ変奏曲 ⑦

          ② 第11変奏~第20変奏 休息とも取れる第11変奏(a)で第2部は幕を開ける。その雰囲気を引き継いだまま穏やかに川のせせらぎのような第12変奏(a)が奏でられるが、それは第13変奏(c,e)のイ短調の和音によって急に断絶される。この変奏での衝撃と静寂の繰り返しは、聴き手に息をつかせない。そこに今度は、荘厳な雰囲気を伴って第14変奏(a,c)が現れる。ここまでの変奏では、例外なくテーマ1小節あたり1小節の比率で書かれてきたが、ここで初めてテーマ2小節分を1小節として書かれてい

        解説:ディアベリ変奏曲 ⑩

          解説:ディアベリ変奏曲 ⑥

          3. 各変奏の詳細  この項では各変奏の特徴を記す。変奏番号後の()内のアルファベットは先述したテーマにおけるモチーフのうち、その変奏内で利用されているものである。 ① 第1変奏~第10変奏  第1変奏(b,c,e,f)から、私たちは驚かざるを得ない。本来変奏曲は、徐々にテーマから発展していくもので、第1変奏が主題に一番近い形で書かれることは、常識であった。ところがこの作品では、テーマではワルツだった曲想が、いきなり第1変奏でマーチとなり、拍子、和音進行、キャラクターすべてに

          解説:ディアベリ変奏曲 ⑥

          解説:ディアベリ変奏曲 ⑤

          (2.の項続き) ⑤ 大きな流れ この変奏曲は大きく4つの部分に分けることができる。各グループの名称はウーデの見解による。 <第1変奏~第10変奏 上昇のグループ> ウーデは第10変奏までを、壮大な導入であり、徐々に盛り上がりを増す方向にあると説いている。 <第11変奏~第20変奏 コントラストのグループ> 穏やか、静かな曲想と、快活で騒々しい曲想とが代わる代わる現れる部分。その転換は時に異様なまでの激しさを伴う。 <第21変奏~第30変奏 (フゲッタをトリオとしたスケル

          解説:ディアベリ変奏曲 ⑤

          解説:ディアベリ変奏曲 ④

          2. 全体像 ① 調性 ベートーヴェンは、この変奏曲でほとんどハ長調を貫いている。同じ音を主音とするハ短調は4つにとどまっているし(第9、29、30、31変奏)、主音から離れるのはフーガである第32変奏(変ホ長調)のみである。調性の変更を最低限に抑え、ほかの作曲技法でもってどのような面白さを提示することができるか、彼の挑戦を感じ取ることができるだろう。 ② 和声 調性を厳密に守ろうとする代わり、和声進行にはかなり凝ったものが見られる。テーマと同じ和声進行のものは第2、3、6

          解説:ディアベリ変奏曲 ④

          解説:ディアベリ変奏曲 ③

          Ⅱ 楽曲1. 主題  まず、主題となるディアベリのワルツについてよく理解しておく必要がある。このテーマからベートーヴェンは次の7つの要素を、動機として変奏に利用している。 a 装飾音または前打音 b 4度と5度の音程 c 同音、同和音の反復 d 分散和音 e 3拍子の2拍目に休符を持つリズム f 反復進行 g 前後半、それぞれ最後4小節に現れる旋律曲線 これらに加え、「メロディラインが、前半(開始4小節)においては基本的に下行を軸とし、後半部分は上行の形で始まる」という点は

          解説:ディアベリ変奏曲 ③

          解説:ディアベリ変奏曲 ②

          2. 題名について  ベートーヴェンは多数の変奏曲を書いており、ほぼすべてにおいて“Variationen”というイタリア語由来の「変奏曲」という語を用いているが、この作品においてのみ“Veränderungen”というドイツ語表記で記している。この語はバッハが「ゴルトベルク変奏曲」に用いたものでもある。言葉の捉え方は様々だと思うが、Variationが「変化」と訳せるとすれば、Veränderungenは「変遷・変移」という要素が強いように私には思われる。終わりに向かうにつ

          解説:ディアベリ変奏曲 ②

          解説:ディアベリ変奏曲 ①

          Ⅰディアベリ変奏曲とは1. 成立  1819年、当時作曲家兼編集者として活動していたアントン・ディアベリは多数のオーストリアの作曲家に自らのワルツをテーマに一つずつ変奏の作曲を依頼し、それをまとめて壮大な変奏曲を作り上げることを計画した。ベートーヴェンはもちろんのこと、シューベルトやツェルニー、そして当時まだ11歳だったリストなどを含める作曲家たちがその依頼を受け取ったが、ベートーヴェンはこのテーマを「下手な靴職人の継ぎはぎ」と批判し、依頼を断ったといわれている(音楽において

          解説:ディアベリ変奏曲 ①

          2020.3.7 ピアノリサイタルのプログラムノート公開

          東京でのピアノリサイタル本番まで1ヶ月を切りました。今回メインで取り上げるのはベートーヴェン最大のピアノ曲、「ディアベリ変奏曲」です。ベートーヴェンが詰め込んだ様々な工夫を知っていただくと、作品をもっと楽しんでいただけると思い、当日配布予定のプログラムノートからの一部を、少しずつここにアップしていくことに致しました。 この作品に取り組む上で私自身非常に助けられている、ユルゲン・ウーデとアルフレッド・ブレンデル(両者については下記参照)の著書を参考に、自らの考えとともにまとめ

          2020.3.7 ピアノリサイタルのプログラムノート公開