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陽だまりの気配

 先輩は一番窓際の席で、机に突っ伏していて、一見しただけでは起きているのか寝ているのか分からなかった。先輩の柔らかそうな茶髪に外から差し込む光が当たって綺麗だと思った。僕はできるだけ気配を消して先輩に近づくと、前の席の机の上に自分のスクールバックを置いた。見ると先輩はやりかけの補修プリントの上に突っ伏していて、僕が近づいても起きる気配は無かった。
「まったく・・・全然プリント終わってないじゃないですか。」
僕は小さな声で呟きながら前の席の椅子に横向きに座って、目を閉じている先輩を眺めた。細くてすらりと長い指が綺麗だと思った。
「一緒に帰ろうって自分で誘ってきたくせに・・・。」
そういうところも先輩らしいなと思って、言いながらくすりと笑ってしまった。先輩の柔らかそうな唇がふと目に入って、あぁ、触れたいと思った。指を伸ばしかけて、触れるすれすれで止めた。駄目だよなぁ。困らせるよな。お願いだから、こんな無防備な姿を見せないでほしい。いつか本当に我慢できなくなってしまいそうだと思った。
「んん・・・。」
かすかな声がして、先輩が目を覚ました気配を感じたので、僕は慌てて手を引っ込めていつも通りの声で言った。
「先輩、起きました?」
「んー?俺寝てた?ふふふ、おはよう。」
先輩は爽やかに微笑んで言った。
「もう、おはようじゃないですよ。補修のプリント、終わったんですか?」
僕が聞くと、
「終わってないみたい。」
先輩はプリントに目をやって、ぺろりと舌を出して言った。
「あーあ、プリント皺になってるじゃないですか。待ってるので早く終わらせてください。終わらないと帰れませんよ?」
僕がプリントの皺を伸ばしながら言うと、
「えー、はるが埋めてよ。俺分かんないもん。」
と、駄々をこねるように言う先輩のだるそうな表情が、たまらなく可愛いと思った。
「それじゃあ先輩のためにならないでしょう?何の為の補修なんですか?」
僕が心を鬼にして言うと、
「じゃあキスさせて。はるがさせてくれるんなら頑張るー。」
先輩は笑いながらそう言った。僕は正直どきっとしながら、平静を装って言った。
「またそういう冗談言って。嫌ですよ。男同士でキスなんて意味分かりません。」
自分で言っていて心がずきんと痛んだ。
「あはは、そっかそっか。」
先輩はあっけらかんと大きく笑うと、仕方ないと言うようにシャーペンを握った。文字通り問題とにらめっこする先輩を見ながら、少し寂しくなった。意味、分からないよな、僕が先輩を好きだなんてさ。

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