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滲む茜色

「先輩は、私のこと、どう思っていますか?」
勇気を出して搾り出した言葉に、純先輩は一瞬横を歩く私を見てから、俯いて考え込むような仕草をした。そして、ゆっくり口を開いて言った。
「ちょっと座ろっか。」
私と先輩は駅に向かう道を逸れてわき道に入った。公園とも言えないような小さなスペース。先輩は自分が押していた自転車を停めて木の柵に寄りかかった。私も隣で真似をして先輩を横から見上げた。
「俺はゆみちゃんのこと、可愛い後輩だと思ってるよ。」
先輩は言葉を選ぶように言った。
「それは、やっぱり後輩としてしか見れないってことですか?」
私が震える手を隠すように握り締めて聞いた。
「ゆみちゃんが俺を慕ってくれてるってことは、鈍感な俺でもさすがに気付いてるし、それは嬉しいって思う。でも、ゆみちゃんって遠距離とか無理なタイプでしょ?」
先輩の言葉を聞いて、私は下を向いたまま首を何度も横に強く振った。先輩はそんな私の頭に大きくて温かい手を乗せた。 
「ゆみちゃんは可愛いし、俺なんかよりもっと良い人がいるよ。」
「でも、私は純先輩がいいんです・・・。」
私がゆっくり純先輩を見上げると、
「俺はこれから受験で本格的に忙しくなって部活も引退だし、志望校に受かったら遠距離になっちゃうと思う。ゆみちゃんはずっと一緒に居てくれるような好きな人作って、高校生活を楽しんだ方が良いと思うよ。」
先輩は優しい声で諭すように言った。
「・・・沙織先輩が好きなんですか?」
私が小さな声で聞くと、純先輩が一瞬驚いたような表情になった。純先輩と同級生の先輩。純先輩をずっと見ていれば、先輩が誰を見ているかなんてすぐに分かった。
「沙織とは、もうとっくに別れてるから関係ないよ。本当に、ゆみちゃんを幸せにしてあげる自信がないんだ。ごめんね。」
私に謝る純先輩の声はとても柔らかくて、少し泣きそうな気がして、どう食い下がってももう無理なのだと分かった。
「・・・分かりました。」
言ってしまうと、体の中から全てが抜けてしまったように、何も考えられなくなった。ぼんやりと宙を見上げる私に、先輩は申し訳無さそうに言った。
「大丈夫?立てる?帰り道、送って行こうか?」
原因であるはずなのに、私を心配してくれるその声がたまらなく嬉しい。それでも。
「大丈夫です。先輩受験生なんだから、早く帰ってお勉強してください。」
無理して笑顔を作ってそう言うと、
「でも・・・、大丈夫じゃ無さそうだから・・・。」
先輩は私に目線を合わせて言った。
「帰ってくれないと、このまま離しませんよ。ほら、私のこと振ったんだから、ちゃんと冷たくしてください。」
私はわざと先輩に抱きついて言った。ワイシャツ越しに感じる先輩の体温が心地良い。
「ゆみちゃん・・・。ごめんね。」
しばらく考えるような間があって、先輩は私の両肩を優しく掴んで自分から離した。そして、
「気をつけて帰ってね。」
と言うと、自転車のスタンドを上げて自転車を押しながら元の道に戻って行った。先輩の姿が見えなくなって初めて涙が出た。

 きっと私たちの間に赤い糸は無かった。そんな二人が今まで一緒に居られたことが奇跡だと思うの。それだけで十分幸せだと思うの。いや、幸せだと思っていたいだけなのかな。涙でぼやけた夕焼けの河原を私は一生忘れないと思った。


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