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私と千夏は塩むすびだった


この世には2種類の人間がいる。
セブンイレブンの塩むすびのおいしさを知っている人間と、セブンイレブンの塩むすびのおいしさをこれから知る人間である。

どーーーん

塩むすびとの出会いは今年の1月だったらしい。当時の私は正式名称を間違えるなどという無礼行為に気付いてさえいない。愚か者め。

私はそれまで「塩で握っただけのごはん」に魅力を感じたことがなかった。だって、味がなさそう。お米って、おかずと一緒に食べるものでしょう?

だからなぜこのとき塩むすびを手に取ったのか、自分でもよくわからない。そのときは一緒に唐揚げ棒を買っていた。唐揚げと一緒に食べるからいっか、という思考回路だったのだろう。あくまで主役は唐揚げ。塩むすびは唐揚げを引き立てる、いわば司会者をサポートするアナウンサー的立ち位置だった。
はずだった。

ひとまず、唐揚げをかじる前に塩むすびを食べる。


えっ。


おいし……………?!


最初は、想像以上の塩気の強さに驚いた。塩の主張が思ったより強い。これはおいしい。味、ある。唐揚げと一緒に食べる必要はないかもしれない。むしろ、一緒に口に含んでしまうと少々味がうるさくなってしまう。くりぃむしちゅー上田さんの隣にいたのは、アナウンサーの顔をしたフットボールアワー後藤さんだった、みたいな展開。(?) 一緒にしちゃあかんやつ。



塩むすびの印象が変わった。それからというもの、塩むすびは、ゆっくり昼食をとる時間がないときのスタメン選手となった。そして食べる回数を重ねるうち、おいしい理由は塩気だけではないと気付く。

甘い。
塩気により、お米の甘みを感じられるのだとわかった。しかも、お米一粒一粒を、しっかりと噛んでいる感覚がある。一粒噛む、甘い。一粒噛む、甘い。


味付けは塩のみで、お米の持つ本来の甘さが楽しめるおむすびです。

セブンイレブン公式サイトより


「塩が甘みを引き出す」という類の文言に見覚えはある。しかし、私はそれにいまいち実感を持てたことがなかった。

お刺身に醤油をつけるときも、スイカに塩を振るときも、ただただそうするものとして食べていた。それによって、むむ、うまみが引き出されているゾ!? と実感した経験はない。おいしい〜、とモグモグしていただけ。なぜおいしいのか、考えてみたことなどなかったのだ。
こんなにもしっかりと、「お米を味わっている」と実感したのは初めてだった。

「塩」を加えることで、その対極にある「甘み」が引き立つ。その原理を直接的に教えてくれたのが、塩むすびだった。こういうことだったのか……。甘い。甘くておいしいよ、塩むすびさん……。


+++


塩むすびの甘さに感動していると、千夏ちかの顔を思い出した。あまりこの表現は好ましくないけれど、スクールカースト上位の派手なクラスメイト。

私は部活の主将、千夏は副主将だった。
当時私と千夏の属する部活は校内一強かった。学生生活におけるスポーツの強さは、強靭な威力を発揮する。その上で生徒会役員をしていて全校に顔を知られていた私と、本人のもつキャラクターで目立っていた千夏。私たちは正反対の意味ながら、どちらも良く言えば存在感があり、悪く言えば怖がられがちだった。

一緒にチームのキャプテンを務めていくと決まったとき、あまり嬉しくなかった。千夏と私は何もかもが正反対だったから。

千夏の提案には断りきれない圧があった。おかしいと思ったら顧問に対してでも正々堂々と立ち向かう。そのまっすぐさには憧れるところもあったけれど、余計な波風を立てたくない私は、もうええやん謝っとこうや……といつも思っていた。千夏の無鉄砲さに私がため息をつく場面も、私の融通の効かなさに千夏が苛立つ場面も、同じくらいの割合で頻発していたと思う。

それでも卒部するときには、副主将が千夏でよかったと心から思えた。叱ることが苦手な私は、試合中のミーティングで喝を入れて空気を切り替えてくれる千夏に何度も助けられた。顧問との(円滑な)やりとりや練習計画の調整など、外部との連携は私が担った。

私にないものを彼女は持っていて、彼女にはないものを私は持っていた。千夏がアクセルなら私はブレーキ。アクセル同士でも、ブレーキ同士でも、チームはうまく回らなかっただろう。確かに私たちは正反対だったけれど、根っこの価値観が同じ直線上にあった。千夏が私に感謝していたかどうかはわからないけど、まぁ、相性は悪くなかったんじゃない?

長くなってしまった。
正反対だったからこそ、お互いの長所を生かし合えていたのではないかな、と思ったのだ。塩むすびのように。私という甘みを引き出すのは千夏の塩気だったし、千夏の甘みを引き出すのもまた、私の塩気だった。ちょっと何言ってるかわかんない感あるけど伝わってほしい。

この間久しぶりに千夏と繋がっているインスタのアカウントを開いたら、めちゃくちゃ綺麗になっていて驚いた。元気そうで何より。卒業以来特に連絡は取り合っていないけれど、それはそれで、私たちらしい。



塩むすび、よかったら食べてみてくださいな。
あなたにとっての塩であり甘みが、見つかるかもしれない。


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