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もういない君へ

「なんで大人になるとさー、金使わないと遊べなくなっちゃうんだろうね」
昔よく一緒に遊んでいた男友達が、ポツリと呟いた。
スケボーとサーフィンが大好きで、子どものような人だった。
いつもふざけてばかりの彼なのに、その言葉だけにはなぜか真剣味があって、それは今でも、強く印象に残っている。

ある日彼は友人たちと車でやって来て、
「ねぇねぇ、ちょっと連れていきたい場所があるからさ!でも、まだ秘密ね!」
と言って、わざわざ持ってきたアイマスクで私に目隠しをさせて車に乗せた。

「はい、着いたよ!」
アイマスクを取ると、目の前にはいつもと違う色にライトアップされた東京タワーがそびえ立っていた。
「ほら、すごくない!?」
「わぁ!」と、目を輝かせる私。
彼も、他のみんなも、はしゃいで嬉しそうだった。
そういうことが大好きな、無邪気な人だった。

そんな彼は、24歳で自殺してしまった。
その頃にはもう彼とは遊ばなくなっていて、近所のお弁当屋さんでアルバイトをしているという噂だけを聞いていた。

色々あったみたいだけど、彼のことだ。
きっと、社会にうまくなじめなかった というのも大きかったのかもしれない。
世間から求められるような大人にならなければならないことに、葛藤もあっただろう。


純粋で真っ直ぐな人にとっては、とかく生きにくい世の中だと思う。

社会にうまくなじむには、自分に対するちょっとした欺瞞や不純が必要だ。

そうして私たちは、自分の中で色んなことに折り合いをつけて、いつしかそれを器用に乗りこなすようになる。

ただの「麻痺」を、「大人だ」なんて呼びながら。



それでもだんだんと、時代は変わってきている。

今までは本当に、正直者が馬鹿を見るような、そんな時代だったと思う。
純粋さや優しさにはつけこまれる。
社会というものと対峙して、一体どれだけの人が、自分の中にあるそんな美しさを、諦め荒んできただろう。

時代は確実に変わっている。
嘘が通用しない、ついてもすぐに気づかれてしまうようなフェーズに駒は進んでいて、だからこそ、いかに正直で自身に対して純粋であるかが、ものすごい価値を持つようになっている。

これからきっと、もっともっと、オセロがひっくり返るように、形成は逆転してゆく。

正直者が、正直なまま
自身の内にある、その純粋さを保ったまま生きていける。

そんな世界になればどんなに素敵だろうと、ずっと昔に考えたような世界が、今目前に、足音を立てて近づいてきている。

彼が生きていたら、今どんなふうに生きていただろう。


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