泉鏡花論Ⅱ『高野聖』『貧民倶楽部』

『高野聖』、『貧民倶楽部』の二作品を取り上げながら、其々の作品が「反近代」という概念でもって端的に表される問題意識のなかの一つの思想性を鏡花自身が(もまた)有するそれとし、その思想の表さんとするところをドストエフスキーとの近似性において論述することを意図しています。『高野聖』に関しては作品中ある一ヶ所のみを用い、当該箇所を敷衍させつつ鏡花の提示した問題の象徴的意味の解明を試み、また『貧民倶楽部』については作品全体に通底している光源に目を向けていきたいと思っています。

Ⅰ 『貧民倶楽部』が内包する反近代性
 『貧民倶楽部』は何よりもまず社会小説として読まれなければならないでしょう。何故ならば、鏡花の反時代性ともいうべき性質の胚胎、別言すれば、後の鏡花自身の近代に対する「嫌悪」のようなものの萌芽をこの作品は提示しているからであり、そうである限りにおいて作品の背景に写る鏡花的リアリズムとも形容されるべき彼の手法に私達も積極的に関与していくことが要諦であるはずだからです。かかることから、東郷克実氏の以下の主張は正鵠を射たものと言えるでしょう。「この作品は明治の東京における制度的空間の表層と暗黒面を、そっくり裏返しにしてみせたものだといえよう。」(東郷克実『日本文学研究資料新集12.泉鏡花 美と幻想』なお、講義配布資料より参照)
 ところで、四ツ谷鮫ヶ橋の女乞食お丹の行動はある種狂信的ともいえ、その行動原理は「弱きもの、虐げられし者を抑圧する貴族富豪の徒に復讐する」というものでありますが、彼女のこの動因にはドストエフスキーの名作『罪と罰』におけるラスコーリニコフのそれと符合しているという指摘はおよそ径庭したものともいえないでしょう。
 『罪と罰』では、高利貸しを生業とする強欲な老婆が貧者の生活を逼迫せしめているという現実が、彼をしてその老婆を殺し、奪った金で善行を施し社会に還元させんと思惟させる主人公ラスコーリニコフの独我論的な観念が提示されます。彼の行動は極めて自己の論理に狂信的なそれでありますが、ここには、彼がその精神の深奥に内在させる、「近代化していく社会」に対して決然たる意志でもって反旗を翻さんとする決意を、断固たる「否」の信念を、不条理な近代合理主義社会への絶縁状を見て取ることできるわけであります。そしてこの彼の理念こそ、意識の多寡はあるにせよ、お丹の「貧民救済」のそれと相通ずるものであるのです。
 ラスコーリニコフは近代化が齎した不平等且つ不条理な社会へのアンチテーゼとして登場したわけですが、その結果として彼が得たものは、正に彼が嫌悪する近代的強者の論理でありました。この倒錯性は作者の意図したるところでしたが、同様のことは鏡花の『貧民倶楽部』にも顕現されているのです。亀井秀雄氏はこのことに関して以下のように言っていますが、本作品の思想を見事に看破した評として秀逸なるものであります。
 「老婦人の権高と剛情に対するこの倒錯した攻撃によって変貌させられてしまったのは、むしろお丹のほうであった。心ならずも用いた暴力を契機に、お丹は毒婦化してしまうのである。(中略)表現の表層では、お丹はあくまでも優位な立場を誇示して居丈高な態度を崩すまいとしているが、その深層では相手の剛情に敗北している。華族階級の欺瞞と悪徳を暴く、いわば無法な行動のなかの正当性がここで自壊してしまい、嗜虐的な暴力性だけがお丹一味のこれ以後の行動を支配していくのである。」(亀山秀雄『解釈と鑑賞』―泉鏡花の創造力と文体― 講義配布資料より参照)
 お丹、ラスコーリニコフともに弱者の側に立ちながらも、その行動原理に恣意的な解釈を付与してしまったという点において近代の闇から抜けだぜずにおり、それどころか、反近代の旗手たる象徴的意義を担った人物として登場しながらも、いつのまにか自らをもって近代化の生み出す病理的一側面の露見される人物へと変容させられていくのです。作者のこの逆説的な小説手法に、私達は近代化していく社会に対して鏡花、ドストエフスキーがどれほど苦慮しながら、その克服を独特のリアリズム的手腕で持って表現しようと試みていたかを感じ取っていかなければならないでしょう。

Ⅱ近代のさきにある終末論的世界―『高野聖』における蛭の描写―
 鏡花文学理解のため忽せにできない事実として、彼が九歳の頃体験した鏡花の母、鈴の死があります。母の愛情を一身に受けた鏡花にとって、彼女の死はあまりに衝撃であり、それ以降、彼の心には母の愛によって紡がれていた「調和的な優しい世界」という憧憬が終生付きまとい、そして鏡花作品の中形象化されていくようになったのです。この、母によって経験させられることとなった<女性的なるもの>への憧れは彼の文学を貫く主調音となるのですが、勿論今回取り上げる『高野聖』においてもこのことは無関係ではありません。いわば『高野聖』は、母性的なる寛容と慈愛の心を自然界で生じる美しい幻想性の衣で包み込んだ神秘劇の様相を呈している小説とも言えるかもしれません。かかる幻想的な女性描写は、たとえば月明かりのなか裸体となった女の肉体を映し出す場面など、いたるところでエロティシズムを織り交ぜながらの官能なる筆致でもって描写されています。
 だが、当然この作品はかかる甘美な幻想性のみを宿した物語ではなく、鏡花特有ともいえる感覚でもって表現される「グロテスクさ」をも併せ持つ二面的世界観の表出した色懺悔録なのです。そしてこの「グロテスクさ」の極みともいえるのが、山中に入った聖を待つ山蛭の描写であり、それはともすれば、優しき母の聖なる世界を吸いつくさんとする蛭の、グロテスク且つ醜悪な姿を眼前に示すことによって、近代化していく世界の果てに辿り着く終末的、黙示録的世界を顕現させようとしているかのようにもみえます。それは次のように語られます。
 「(中略)この恐ろしい山蛭は、神代の古から此処に屯をしていて、人の来るのを待ちつけて、永い久しい間にどのくらい何ごくかの血を吸うと、其処でこの虫の望みが叶う、その時はありったけの蛭が不残吸っただけの人間の血を吐き出すと、それがために土がとけて山一ツ一面に血と泥との大沼にかわるであろう、それと同時に此処に日の光を遮って昼もなお暗い大木が切れ切れに一ツ一ツ蛭になってしまうのに相違ないと、いや、全くのことで」(集英社文庫P76より)
 そしてここで章が変わり(次章は九)その最初に、続けて以下の言葉が叙述されるのは示唆的であります。
 「およそ人間が滅びるのは、地球の薄皮が破れて空から火が降るのでもなければ、大海が押っ被さるのでもない、飛騨の国の樹林が蛭になるのが最初で、しまいには皆血と泥の中に筋の黒い虫が泳ぐ、それが代がわりの世界であろうと、ぼんやり。
 なるほどこの森も入り口ではなんのこともなかったのに、中へ来るとこのとおり、もっと奥深く進んだら早や不残立ち樹の根の方から朽ちて山蛭になっていよう、助かるまい、此処で取り殺される因縁らしい、取り留めのない考えが浮かんだのも人が知死期に近づいたからだとふと気が付いた。」(同上P、76~77)
 ここで私は独自の解釈を述べたいと思うのです。なおこの着想の契機として、ドストエフスキー『罪と罰』における旋毛虫の夢及び鈴木啓子氏の終末的世界観の指摘があったことを付しておくとともに、それら優れた洞察により私の感性の発露が生じ得たことをこの場を借りて感謝する次第であります。
 まず「神代の古から」という表現に注目してみましょう。ここで鏡花はその前の文において「そのとき不思議な考えが起きた。」と断っておきながらこの言葉を挿入させています。ではそれは何故か。鏡花は何故このような注釈をいれてまで「神代の古から」の文章を物語中に盛り込む必要があったのでありましょうか。その答えとしてかんがえられるのは、<この一文と続く九章の文には、鏡花の終末史観が暗示的に述べられているからであり、その観念を蛭という人間の血に吸い付く虫の描写でもって表現する必要があった。何故ならば、蛭というこの気味の悪い吸血の生物こそ、鏡花の反近代性を象徴するものだったからである>、という解釈が一つとして考えられるかもしれません。そう捉えるなら、この「神代の古から」という件は、「神による人間創生より」と置き換えることができるでありましょう。そしてこの蛭はアダムが食べた「知恵の実」に端を発する人間の欲望やエゴイズムとも思われます。「屯していて」というのは、人間の原罪であり、そう考えると知恵の実を食べた人間がやがて神から離反していく無意識の領域において内在している獣性を表しているとみれば筋がとおります。そしてやがてその蛭=エゴ、欲望は人間存在を飲み込みそれ自体となってしまい、終末的なデカダンの世界へと到達していくのです。この解釈に基づき続く文をみてみれば「森の入り口ではなんのこともなかったのに」とは世界創生の初期には、まだ終末に向けて肥大化していくエゴ、欲望=蛭は視覚化されておらず、人間の輝かしい文明の発達のその道程のみが世界史観として認識されているに過ぎないことを意味し、「もっと奥深く進んだら」からの描写は「近代化」の余波が実存としての人間存在を脅かした頃と考えることが可能となります。
 ところで終末思想といえば、キリスト教における新約聖書ヨハネ黙示録の世界観が演鐸されます。前提としてこのキリスト教的世界像が想定されてはじめて、各人の思惟する終末観というものが形成されるはずですが、では鏡花自身はキリスト教の影響を受けていたのでしょうか。私見では、彼は独自の観念論的小説世界を創出しつつもその根底にキリスト教的な磁場を持っていたように考えています。そしてこの「キリスト教的な磁場」というものこそまさにドストエフスキーがその小説中に間断なく示し続けたものでもあるのです。鏡花が実際にドストエフスキーの作品を読んでいたか否かの証左となる資料こそ発見できませんが、実際『罪と罰』のなかでも蛭に類似する虫のメタファーでもって終末的世界の到来を予感させる文がでてきます。以下、いささか長い引用になりますが鏡花『高野聖』における終末観との対比を示すものとして提示してみましょう。
 「全世界が、アジアの奥地からヨーロッパに広がっていくある恐ろしい、見たことも聞いたこともないような疫病の犠牲になる運命になった。ごく少数のある選ばれた人々を除いては、全部死ななければならなかった。それは人体にとりつく微生物で、新しい旋毛虫のようなものだった。しかもこれらの微生物は知恵と意志を与えられた魔性だった。これにとりつかれた人々は、たちまち凶暴な狂人になった。しかも感染すると、かつて人々が一度も決して抱いたことがないほどの強烈な自信をもって、自分は聡明で、自分の信念は正しいと思い込むようになるのである。自分の判決、自分の理論、自分の道徳上の信念、自分の信仰を、これほど絶対だと信じた人々は、かつてなかった。全村、全都市、全民族が感染して、狂人になった。全ての人々が不安におののき、互いに相手が理解できず、一人一人が自分だけが真理を知っていると考えて、他の人々を見ては苦しみ、自分の胸を殴りつけ、手をもみしだきながら泣いた。誰をどう裁いていいのか、わからなかったし、何を悪とし、何を善とするか、意見が一致しなかった。誰を有罪とし、誰を無罪とするか、わからなかった。人々はつまらない恨みで互いに殺しあった。互いに軍隊を集めたが、軍隊は行軍の途中で、突然内輪もめが起こった。列は乱れ、兵士達は互いに躍りかかって、斬りあい、殴り合いをはじめ、噛みつき、互いに相手の肉を食い合った。町々で警鐘を鳴らし、皆を招集したが、誰が何のために呼び集めたのか、誰にもわからず、みんな不安におののいていた。(中略)人も物も残らず滅びてしまった。疫病は成長し、ますます広がっていった。全世界でこの災厄を逃れることができたのは、わずか数人の人々だった。それは新しい人種と新しい生活を創り、地上を更新し浄化する使命をおびた純粋な選ばれた人々だったが、誰もどこにもそれらの人々を見たことがなかったし、誰もそれらの人々の声や言葉を聞いたものはなかった。」(ドストエフスキー『罪と罰(下)』工藤精一郎訳 新潮文庫)
 『高野聖』の蛭の件と上述の『罪と罰』のそれは一見すると似通ったものとは思われないかもしれませんが、西欧の影響を受け近代化の一途を辿る日本とロシアに対して警鐘を鳴らしていた反近代の作家として両作家を眺望してみたとき、蛭と旋毛虫という一風変わった独特な喩えで己の終末思想を表現するところには同時代に生きた二人の皮肉と憂いが浮き出てくるようであります。

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