死ぬほど読書して知性死なず
読書の価値
ビジネス界では言わずと知れた読書家が数多くいます。その中の一人で伊藤忠商事名誉会長の丹羽宇一郎氏は数々の著作を出版し、創作活動を行っています。丹羽氏の実家は名古屋にある街の本屋でした。少年時代は店番の間、店内の本を手に取っては読んで、その後にそっと戻したといいます。名古屋大学を卒業後に伊藤忠商事に入社し、営業畑を歩んできました。民間出身で初の駐中国大使に就任した経験を持っています。中国の内情にも精通しています。
先月惜しまれつつも逝去された三輪裕範氏は伊藤忠商事時代に共に活躍した丹羽氏のブレーンでした。三輪氏は『ビジネスマンの英語勉強法』(ちくま新書)を上梓し、丹羽氏は彼の本の推薦文を書いていました。
本記事では英語本ではなく、読書論を紹介します。丹羽宇一郎氏が書いた『死ぬほど読書』(幻冬舎新書)ではネット隆盛の時代にいるからこそ、読書を行うことが重要だと説きます。本書は2017年に出版されています。それから早7年。ますますスマホなどのデジタルツールは肌身離さず使っている人が多くいますが、丹羽氏は思考力を磨く上で「本」こそ思考の肥やしになると強調します。
その上で、丹羽氏はこう述べています。
読書を行うことは精神の自由を取り戻すことができます。たとえ職場や居住地で束縛されていても、我々人間の頭の中は自由に物事を考えることができる。それをせずに「思考の外部化」をしてしまう。つまり、他人が言っているから任せておけばいいという発想になってしまいます。この癖を続けると、自分の頭で考えることは不可能になります。
「自分は何も知らない」という自覚
丹羽氏はまず世の中に知らないことが無数にあることを自覚すべきだと強調します。
自分はまだ何も知らない。その自覚が知る力を育むことになるわけです。
良い本を選ぶために
では、どういう本を読めばよいでしょうか。丹羽氏はよい本を見抜く方法として、こう指摘します。
私も同意します。普段、書店に行って気になる本を手に取ります。表紙決めとパラパラめくりで判断することがありますが、中身を知るために目次を見ることもあります。最近はアマゾンや出版社のホームページで目次の概要を掲載する本がリストアップされているようです。例えば、先程挙げた三輪氏の『ビジネスマンの英語勉強法』の目次に目を通すと、高度な英語を使いこなすために必要不可欠なことが書かれています。概要と目次を同時に知ることで読むか否かの判断がしやすくなります。
いかがでしょうか。英語勉強法に関する書籍は数多ありますが、三輪氏は重視すべき点を3つに分けて説明しています。「読解力」「文法力」「語彙力」です。これらを組み合わせて重点的に行うことで、諸外国の人々との議論を交わすための土台となる英語発信力がメキメキと身につけることができます。目次を見ることで興味が湧くかが重要な手がかりとなるでしょう。
ハウツー本は読まない
丹羽氏はハウツー本や自己啓発本を読みません。その理由を明快に説明しています。
私も同意見です。例えば、冴えない男性は憧れの的となる女性にモテたいという気持ちがあったとしましょう。書店で気になる本が目につきました。以下の本の表紙を見て、どう思うでしょうか。
上記の書名と表紙を見ただけで「これなら女にモテる!」と思うかもしれません。しかし、現実はそう簡単にうまくいくはずがありません。なぜなら、モテるためのテクニックをいくら磨いても、男性が意中の女性に求愛する際に見透かされてしまうからです。いくらテクニックがバレないようにしたとしても、女性は「ああ、この人は詐術師っぽいじゃん。」と半ば唖然とするでしょう。恋愛感情を抱くことは難しい。そうなったら、男性側はKO負けです。女性が男性に求めるものは十人十色です。何が正解なのかは一概に言えません。
もちろん、著者の創作や自己啓発書を頭から否定するわけではありません。しかし、読書はそういった即効性を求めてばかりでは駄目です。自分の思考を強化する。心躍るものに感動する。こういった経験を蓄積することが人生の豊かさに直結すると思うのです。とは言っても、硬派な本ばかり読んでいれば疲れてしまうのは無理もないでしょう。それらの本とは一旦距離を置き、リラックスできるような読書をすることも大切です。
私自身は言語に関心を持っていますから、名言集や言葉の本を多数所有しています。精神科医が書いた心理学的エッセイもあります。それらの本に親しむことで心の充足感を得ることが少なからずあります。『LIFE IS A JOURNEY』(FACTORY A-WORKS)は「人生を最高の旅に変える108の言葉」を絶景写真とともに紹介しています。写真を見ると心が和みます。
丹羽流ノート活用術
丹羽氏は読んだ本を紙のノートに書き記しているそうです。
実践してきた結果、丹羽氏はノートの活用の出来をこう述べています。
近年ではスマホでメモを残すなどの効率性を考えたデジタルツールが普及しています。それらのツールで済ませる人はかなりいるでしょう。しかしながら、「メモした内容の記憶が曖昧だった。」「メモを残したつもりなのに間違って消してしまった。」といった不都合な出来事に直面した時はどうでしょうか。焦ると思います。対して、紙のノートはどこでも持っていくことができます。仕事での交渉事で確認したいことがある時に開くと便利です。プレゼンの構想に落書きとして利用できるでしょう。おまけに手書きのほうが記憶に残りやすい。そのようなメリットがあることは知っておくべきでしょう。
以上の方法を列挙してきました。丹羽氏が強調する読書の良さについては本書に譲りますが、タイパ重視・コスパ重視が叫ばれる時代だからこそ、読書を通じて腰を据えてゆったりと考える機会を増やしていくことが大事になるでしょう。
「生き急がない」ために「死ぬほど読書」を心がける。それで知性は死なずに済む。
この事が最も私たちに問われているのではないでしょうか。
<参考文献>
丹羽宇一郎『死ぬほど読書』幻冬舎新書 2017