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夏の味覚

夫はプチトマトが大嫌いだった
口の中で皮が弾けるのが堪らなく苦手らしい
親しい仲になって間もない頃に知った
デートで訪れたカフェのサラダに入っていた

苦手な食べ物を最後に残して見つめる
小学生みたいに困っていた

なんだか可愛かった
自分より一回りも年上の男が困る姿が意外だった

その頃夫はなんでも出来ると思っていたから
仕事の一面しか知らなかった

その時に私は
「それなら他の野菜で栄養摂ればいいですよ」
「野菜って大体同じ味なんですから」
と言いながらプチトマトを奪って食べたらしい
覚えていない

好き嫌いしていても
大人になったら怒る人もいない
苦手なら食べなくてもいい

食に関するこだわりは
結婚してからも一貫していた

一度拒否されたものは出さないようにしていた

「食べたくなったら言って下さいね」
「その時にはあなた分も食卓に並べます」

※※※

逆に私はプチトマトが大好き
品種ごとの味も当てられるほどに好き
産直に並んだプチトマトを見ていると幸せだ

普通サイズのトマトを毎年箱買いさせてもらう
トマトのお尻の白い線は甘い印
それを発見したら迷わず購入している

そして今は職場でプチトマトを育てられるのだ
控えめにいって天国
誰に頼まれるまでもなく畑に足がむく
朝イチで水を撒き成長を見守ってきた

梅雨が明けたからか食べ頃になってきた
日に日に甘みが増している

職場では採れたてを毎朝洗ってすぐに
つまめるようにして冷蔵庫に入れておく

他の人にも勧めるけれど
みんな正直ちょっと飽きてきたと言う
明らかに消費のペースが落ちてきている

残ったら有り難く頂いて帰る
子どもが私のカバンをがさがさ漁って
トマトが入っていると喜ぶようになった

子どものトマト好きは私から遺伝したらしい

もうすぐ別の品種が収穫出来る
私はそれが楽しみで仕方ない

※※※

ところで話は変わるけど
先日の研修の日に夫が仕事を休んだ
保育園に行けない子どもの預け先が無かったからだ
色んな選択肢を模索したうえで夫が承諾した

信じられない出来事だ

自分の親や姑にはとても言えない
昭和の香りが色濃く残る両家

男は稼いで女は家を守る
田舎だからか余計にその意識が強い

研修の日、仕事の優先順位としてはかなり高めの日
だったにも関わらず私の方を行かせてくれた

夫はどんな時だって仕事を休まない人だった
休まないことを価値観として持っていたはずなのに


以前私が入院した時には初めて当日欠勤させてしまった
それをずっと申し訳なく思っていた

社会人としてやっていけなくなった私を養ってくれた
専業主婦になった私は妻として夫の仕事を支えること
サポート役に回ることは私の役割だった

私もそれが当たり前だと思っていた
時代錯誤かもしれないがそれが私たちの形だった

気持ちよく仕事に行ってもらえるように動く
夫の気が乗らない状態らしくても無理矢理に笑顔で送り出す

仕事第一
働いている姿も生き生きしていると思っていた

それに夫の収入に頼る生活だった
夫にとってそれもまたプレッシャーだったと思う
いくら献身的に支えられようと重いだろう


依存心の強い妻を持ったこと後悔していないだろうか
いつも本音が聞けなかった
後悔していると言われたら出ていこう
そう思っていても聞けない


仕事の方はとにかく忙しかった
帰宅時間が遅くなろうが
夜中に呼び出されようが関係ない

夕飯前に突然出て行ったっきり
翌日の昼まで帰らないことも割とあった

食事は取れているのだろうか
着替え持っているだろうか
何か困ってないだろうか

夫は大人だ
何かあれば何とかするだろう
お腹が減っても何か適当に食べるだろうし
何日か着替えなくとも問題ないだろう
分かっていても気になってしまう

悶々と考えて仕事が落ち着く時間に連絡をしてみる
なんやかんやと差し入れを持っていく

それもまたプレッシャーだったことに今さらながら気付く

本人の準備するべき物事も先回りして
お世話しているつもりになっていた

自分で出来ることを奪うことは愛情じゃない
手伝ってほしいと言われてからでよかったのに

※※※

「男はすぐに仕事を休まない」
「あなたの代わりはいないんだからしっかりして」

そう言っていたのに

私が仕事を始めた途端に180度ひっくり返った
思えば子どもが生まれてから少しずつ変化しだした


本音を言うようになったばかりの頃は声を荒げて喧嘩した
怒ったところあまり見たことが無かったから驚きの方が大きい

「あなたの代わりはいない体制なんておかしい」
「父親としての役割の方を考えて下さい」

そう言葉に出して夫は変わった

少し時間はかかったが行動として示してくれた
それが分かったことも研修の副産物だった


私が働き出すことで仕事から少し解放されたのかもしれない

もともとの休みを含めて5日間も休んだ
そんなことはじめてだ
どんなに長くても3日以上職場を空けることは無かった

私たちは仕事を優先して新婚旅行も行かなかった
お互いの職場の休みの調整が面倒だったし
特に行きたいと思わなかった

※※※

「俺はこの仕事を職業として好きだと思ったことがない」
「つまらなくてもただこなしているだけ」

いつもそう言っていた
熱意も信念がないと言う
だから嫌にならない

…そんなふうに言うけど照れ隠しですよね?
ずっとそう思ってきたがどうやら本心らしい

それなのに20年も続けられるなんて
夫の持つ義務感は図り知れない
何年かかけて変化したのかもしれない
まだ知らない面があるのだろう

そんなふうには見えなかったのに
話してみないと分からないものだと思った


※※※

育児をしている時はとても楽しそうにしている
夫が産んだんじゃないのかと思うほどに愛情深い
遅くに出来た子といわれる
余計にそうさせているのかもしれない

子どもに対して今まで感じたことのない気持ちが芽生えた言っていた

「これが恋かもしれない」
ふと漏らしたその言葉に
「私には恋してなかったの?」と分かる

生まれたばかりの時から家庭にいる時間は育児をしていた
育児は何にも言わずに何でもやっていた
決して協力してくれないタイプでは無かった

ただ関われる時間が短すぎただけだ
予防接種や健診や病院の付き添いは来たことがない

関われる短い時間の中で

ゲップ出し、オムツ替え、沐浴

眠っている時には隣で本を読み
目を覚ましたら抱き上げてあやす

世間には赤子のウンチが触れない親がいるらしい
育児の雑誌に書いていた

それを読んで
「人間生きていれば排泄する
それを面倒がるなんてどうかしてる」
「赤子のウンチなんてほとんどミルク」
「それなりにクサイけど可愛い」
夫はそう言った

子育てを通じて夫の知らない面を知った

※※※

「プチトマト食べてみたい」
私は耳を疑った

あれほど嫌がってたのになんで?
親の仇ほど嫌ってましたよね?
内心そう思いながら

「はい」と自然に差し出す
ここで騒いだら嫌になってしまうかもしれない

「子どもがすごく美味しそうに食べているから」
と言ってから咀嚼していた

子どもはプチトマトが大好きだ
あんなに小さい身体でいつも8個くらいは余裕で食べる
むっしゃむっしゃと食べる

「…美味しいような気がする」

そうだよ
私と私の職場の人が育てたんだよ
美味しくないわけがない

これは間接的な食育だ
いつだって自分以外の人と子どもに教えられてばかりだ

「でもやっぱり弾ける感じは苦手」
そう、それでもいい

無理に好きになろうとしなくていい
また子どもを通じて変わる夫を見守ろう

夫を変えたのは私じゃない
間違いなく子どもだ

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子どもに教えられたこと

振り返りnote

無印良品のポチ菓子で書く気力を養っています。 お気に入りはブールドネージュです。