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デジタルの世界でもコミュニケーションや文化を設計すること

こんにちは、デザイナーのはらです。
半年前くらいですが、アパレルショップに勤める友人が、
「小さいバッグが流行っていて、そのバッグを使うために小さい財布を買う人が増えている。」
と言っていました。その時はふーん、としか思いませんでしたが、最近、この言葉を思い出すことがありました。

ここ数年、Pinkoiという台湾のスタートアップで始まった海外通販サイトを利用して、衣服やバッグ、雑貨などを台湾、中国、香港から購入しています。
最近、このサイトでバッグを探していたところ、中国や香港から販売されているバッグが小さいものが多いように感じました。もちろんA4サイズが入るものもあるのですが、コンパクトなデザインが人気なようです。最初はパーティーバッグかと思いましたが、素材やデザインからいってそうではない感じ。わたしは長財布を使っているので、気になるバッグがあってもことごとく財布が入りませんでした。商品画像を見ると、サンプルのバッグの中身にそもそも財布が入っていなかったり...

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画像出典元:https://jp.pinkoi.com/product/aR2Adqph
https://jp.pinkoi.com/product/1lWfM9wp

この時は、以前友人が「小さいバッグが流行り」だと言っていたので、深く考えませんでした。

そんな中、藤井保文氏の「アフターデジタル2 UXと自由」を読んでいたところ、中国や香港のバッグが小さいものが多い理由がわかったような気がしました。

先にわたしの仮説を言うと、中国に住んでいる人、財布持ち歩いていないのでは、ということです。キャッシュレス決済が進んだ中国圏の人々は財布の代わりにスマホを持ち歩いており、バッグにはスマホが入れば十分なので小さいバッグが流行っているのではないか、と想像しました。

この想像の理由とともに、「アフターデジタル2 UXと自由」の前半に書かれている、デジタル化が進んだ中国において、そのプラットフォームとなっているスーパーアプリ(メッセージ、決済、送金、予約、Eコマースなど日常生活全般で利用できる統合的なアプリ)がどのような戦略で普及したのかが、プロダクトをデザインする身として参考になったので紹介したいと思います。

リアルとデジタルの関係性

まず、この本のタイトルにもなっている「アフターデジタル」について触れておこうと思います。

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日本のDXは、「リアルを中心に据えて、デジタルを付加価値と捉える」という「ビフォアデジタル」的な考え方に根差している例がほとんどです。(*2)

わたしはリモートワークだったり、通販中心の生活をしていますが、それでもデジタルとリアルの関係性を「ビフォアデジタル」のような、生活の基盤はリアルであってデジタルは一部分であると考えていました。しかし、「アフターデジタル」の世界は、リアルとデジタルの関係性を覆し、デジタルがリアルを包括している関係となっています。

(*1)(*2)引用元:第1章「世界中で進むアフターデジタル化」1節「アフターデジタル論」

アフターデジタル後の中国の生活

このアフターデジタルの社会になった中国(著者はこの社会を「アフターデジタル型産業構造」と呼んでいます。)では、人々の生活に密着した「スーパーアプリ」が普及しています。

中国都市部での1日の過ごし方のイメージから、様々な生活面でアプリを使っていることがわかります。

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日本でも多くのお店でアプリ決済ができるようになりましたが、コーヒー1杯を注文するには、やはりお店に行かなければいけません。個人的に店頭でよくあるのは、コーヒー1杯だったらちょうど小銭があるし現金で払うとか、レジにある機械の反応が悪く、後ろで待っている人がいるのでやむなく現金で払う、といったことです。
そもそも店に行かないで注文できて受け取れる、という生活スタイルがアプリ決済を進めているようです。

(*3)引用元:第1章「アフターデジタル型産業構造の生き抜き方」3節「量から質に転換した2019年の中国」

コミュニケーションを設計する決済プラットフォーマー

また、中国の2大決済プラットフォーマーとして、アリババの「アリペイ」とテンセントの「WeChat」が比較として挙げられています。
この2大アプリはそれぞれ異なった戦略で普及したのですが、その戦略の違いが送金の受け取り方に現れています。

アリペイ(アリババ)にもWeChatペイ(テンセント)にも、チャットのように送金できる機能がありますが...アリペイは送られてきたお金がそのままウォレットに入る一方、WeChatペイでは送られたお金を「受け取る」というアクションを取らないと、ウォレットに入りません。(*4)

著者は、このWeChatペイの機能に対し、いちいち受け取りアクションをしないといけないため、面倒だと感じていましたが、ある時、その考えが大きく変わったそうです。

部下を数人連れて、プロジェクトの打ち上げをしていました。...上司である私はメンバーに「今日は僕のおごりだから、払わなくてもいいよ」と伝えました。すると一人の部下が「私もお金を出します」と言って...「いやいや要らない」と笑っていると、その部下は「100元だけでも払います」と言いながら、...WeChatペイで100元送ってきたのです。
...試しに「じゃあ本当にもらっちゃうよ?」と私が受け取りボタンに指を伸ばそうとすると、その部下は「え?」みたいなリアクション...(*5)

飲み会などで、お金を払う払わないといったシチュエーション、一度は経験したことがあるのではないでしょうか。この体験をきっかけに、著者はテンセントの狙いをこのように分析しています。

「すべてをコミュニケーション化する」テンセントは、お金の受け取り一つにもコミュニケーションが発生すると考え、日本でよく行われる「財布を出すポーズ」をデジタル上でできるようにしたのです。...通常のWeChatペイの操作はなるべくタッチ数が少なくて済むように無駄が省かれているのに、あえて「無駄」を作っているのはそういうことだったのです。
一方、アリペイは、あくまで「商取引の円滑化」が優先です。...アリペイからするとこうしたコミュニケーションは「無駄なこと」であり、最小限のアクションで済むようになっています。(*6)

(*4)(*5)(*6)引用元:第2章「アフターデジタル型産業構造の生き抜き方」2節「決済プラットフォーマーの存在意義」

既存の文化を新しい形でデジタルに取り入れる

テンセントのWeChatペイはアリババのアリペイに出遅れて広まったのですが、「紅包(ホンバオ)」をアイデアとして取り入れたことにより普及に成功しました。紅包とは何かというと、

日本でいう「お年玉」のことです。中国では大人が子どもに配るだけでなく、忘年会や納会のような場で、上司から部下へ、会社から社員へと、紅包が配られる習慣があります。(*7)

余談ですが、わたしも紅包をもらったことがあります。今年の1月に先ほどの通販サイトを利用して台湾からお茶を購入したら、春節の時期だったからか紅包がおまけで5枚ほどついてきました(お金は入っていませんでしたw)。

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WeChatペイでは、この紅包の習慣を紅包機能として実装しており、下記のような機能になっています。

WeChat上で紅包を送りたいグループ(LINEとほぼ同様)を選んだ上で、「総額金額」と「山分けできる人数」を入力します。「10元を2人で山分け」するように入力し...お金をグループに投下すると、早い者勝ちで奪い合うことになりますが、受け取れる金額はランダムです。(*8)

中国では多くの企業がWeChatグループを作っています。著者は会社の忘年会で、この機能を使ってグループ上で紅包を配ったところ、社員たちが我先にとWeChatを開き、大いに盛り上がったそうです。しかし、WeChatを入れていない社員はお金を受け取れません。このゲームに参加できなかったメンバーは「皆お金をもらって楽しそうなのに、自分は参加できず楽しくない。」と疎外感を味わいます。これこそWeChatペイが広く普及した理由なのです。

ITオタクのようなギークはこのような機能を面白がってくれると考え、明確にギークを火付け役のターゲットに設定した...もともと文化的に存在していた「ただ受け取るだけの紅包」を、「コミュニケーションを生み出すデジタル紅包」として忘年会のシーズンにゲーム化し、ITギークが実際の忘年会を通じて会社に広め始めます。(*9)

単にゲーム機能をつけるのではなく、そのアプリを使う人々の習慣や文化を取り入れ、サービス普及につなげる戦略がうまく設計されています。こうしたリアルでの習慣や文化は、デジタル化によって失われると考えがちですが、新しい形で生まれ変わっていることも注目したい点です。
冒頭に書いたバッグの大きさにしても、ファッション的な流行だとしても、スマホ1つで様々な用事を済ますことができる中国圏では、身軽に出かけることができるので、小さなバッグを持ちやすくなり、流行りやすくなります。
デジタルがもつ可能性は広く、生活が便利になるだけではなく、新しいスタイルや文化が生まるのではないかと思いました。

(*7)(*8)(*9)引用元:第2章「アフターデジタル型産業構造の生き抜き方」2節「決済プラットフォーマーの存在意義」

デジタル世界でデザインができることを考える

テンセントの送金方法に見られるように、利便性を求めがちなデジタル化に「無駄」を作ることで、リアルのコミュニケーションを設計する重要性を感じました。そして個人的には、こういった「無駄」なアイデアを考えるのは、デザイナーが得意な領域なのではないかと思います。もちろん、アイデアがサービスの普及につながらなければ意味がないですが、利益や売り上げといった領域以外で、物事を考えるという力がデザインにはあると考えています。

例えば、わたしはクラウドテックというサービスのデザインを担当しているのですが、稼働しているユーザーが毎日見る画面に、季節毎にイラストを配置しています。

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ユーザーがイラストに気付いて、「そういえばもうすぐ節分だな」と感じたり、それによって周りの人と話が弾んだりと、サービスの先にあるユーザーの生活が少しでも豊かになればと考え、この施策を実施しています。
ただ、こうした施策は売り上げにどう貢献したのかがわかりにくく、ビジネスの視点では「無駄」であり、生まれにくい発想かと思います。
しかし、やはりデジタルになっても、アプリやサービスを使うのはわたしたちリアルな人間であり、こうしたデザインから生まれる「無駄」なコミュニケーションが、毎日使われるサービスになるためには必要なのではないかと思うのです。

最後に、中国に住んでいる人、財布持ち歩いていないのではという疑問について、中国に住んでいる人などで実情を知っていたらぜひ教えてください。


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