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【RAIN①〜始まりの時〜】

時は1994年7月、時刻は22時を少し過ぎた頃。人里離れた場所に、ゴシック建築を思わせる、荘厳な御屋敷がどっしり鎮座していた。屋敷は周辺の村や町から完全に孤立しており、周囲は干満の激しい、海に囲まれている。その為、外部との接触手段になる、唯一の救いとして屋敷に通じている道も、満潮時には海に沈み、よりその孤独性を増す。屋敷の人が外出する、あるいは(そんな人はいないだろうが)外部の人が屋敷を訪問できるのは、干潮時のみであった。そんな不気味な、お屋敷の一室に寝台があり、一人の青年が眠っている。部屋は、壁も床も天井も全体がコンクリート打ちっ放しで、かつモニターと寝台以外何にも物は置かれていなかった。そんな無機質な部屋で、彼は船を漕いでいた。数時間が経ち、何かを思い出したかの様にハッと目を覚ました。自分の部屋とは異なる事に気付き、周囲をを見回す。6畳程の空間、やはりコンクリートでできた、灰色の壁に囲まれているだけで装飾は何も無い。ここはどこだ?何があったのか?思い出さないと、と彼は起きがけながらも、焦燥に駆られていた。しかし押し寄せる不安、焦りとは裏腹に、思い出す事はすぐにできた。仕事が捗らず、ふらっと散歩をしていた時に、いきなり後方から襲われ、気絶したんだった、と。すぐにベッドから起き上がり、ドアに向かう。ノブを回しても開かない。監禁されている、彼は今自分が置かれている状況をおおよそ把握した。そして、先程までぼんやりと抱いていた不安が、恐怖へと徐々に輪郭を帯びていくのを知った。意味がない事など百も承知と理解しながらも、開けてくれ、と叫びながらドアを激しく叩く。ドンドン、ドンドン、しかし乾いた音が部屋に響くだけであった。そうこうしているうちに、備えついていた、モニターがつく。モニターから「やあ」と誰かが呼びかける。女性ではない、しかし男性にしては子供を思わせる、無邪気そうな、少し甲高い声だった。目の前のドア叩きに無心だった青年も、ようやくモニターを振り返る。そこには、パンダのお面で顔を覆い、白シャツを着た、やはりおそらく男性であろう、筋肉質で恰幅の良い人物が映っていた。画面は上半身で見切れていて、背景は白い壁が映っているだけであった。映像そのものに情報生は感じなかった。再び「どうだい?部屋の感じは?」とパンダの男が呼びかける。へらへらしているのが仮面越しにも伝わる話し方だった。青年は恐怖の他に苛立ちという新たな感情が芽生えるのを知った。しかし、圧倒的に不利な立場にあるという事を青年は十分に理解していたので、感情を押し殺し、「実に快適だよ。こんな素敵な部屋はしばらくぶりだ」と皮肉の口上を述べた。そして続けざまに「どうやったらここを出られる?出るにあたってどんな条件があるんだ?」とも訊いた。「話が早いね。君はおそらく賢い。質問に答えよう。非常に簡単な話だ。問題を解けばいい。すぐに出られるかどうかはわからない。しかし、拒否すれば死ぬだけだ。非常に簡単だろ?」静かに笑う仮面男。「確かに非常に簡単だ」とぼそっと呟く青年。彼のモニターを見る眼は、憎しみに満ちていた。しかし、そんな彼の目つきは御構い無しに、咳払いし、仮面の男は話を続けるのであった。

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