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人生は、早々に変わるものではない

みなさんこんにちは!航空自衛隊出身の闘うヘア&メイクアップアーティストこと原田忠のクリエイティブ道場へようこそ!
このクリエイティブ道場はクリエイティブを深く掘り下げ、”美の創造“を探求し、クリエイティブを通じ誰もが美しく輝ける世界を実現してしまおうではないかと、そんな大それたことをテーマに展開していきます。クリエイティブに関わる技術、コト、モノ、人を通じ定期的に記事化して美の創造と革新に挑んでいきたいと思っております。
現在のコロナの影響で美容、ファッション、そして音楽や映画、舞台などのエンターテイメントなど、文化や芸術の表現の場が縮小し、美容業界でもイベントやセミナー、コンテスト等ができなくなってしまっている現状です。ファッションやヘアスタイル、メイクも有事の際には気になんかしてなんかいられない、東日本大震災のときに、いやというほど無力感を感じたわけです。でも美容の文化や美の力は最後の最後に有事を平時にもどし、心を満たせる力が必ずあると強く信じています。
人の命を直接的に救える仕事ではないですが、美容のクリエイティブな活動が少しでも誰かの心にポジティブに働きかけ、少しでも心の癒し、救い、日々の活力になれば幸いです。この世界でクリエイティブな活動が徐々に元に戻り、いままで以上に活発になる日を信じて、みなさんのそれぞれのクリエイティブ魂の火を絶やさないためにも、今後のクリエイティブ活動のお役に立てればという思いで、記事を配信していきます。
自衛隊当時は平和を守る、美容に従事している今は平和を創る」そんな想いでみなさんと一緒に頑張っていきたいと思っております。

今回は「人生は、早々に変わるものではない」
と題し、前回の投稿の後編となります。

作品創作の裏側のお話を引き続きさせていただきたいと思います。

当時、ジャパンヘアドレッシングアワード(通称JHA)の最優秀新人賞は毎年連続してビューティークリエーション研究(当時)の先輩方が受賞しており、この期待感とプレッシャーも同時に背負わなくてはならい状況に陥るわけです。

さて、どうしましょう・・・・・・。

もちろん作品を創る以上は自分のオリジナリティーやテクニック、世界観や女性像もしっかりと突き詰めた作品をつくるのは大前提で、同時にやはりインパクトのあるデビューを飾るためにも、作品を観てくれた方の記憶に残り、歴史に刻まれる作品(←ちょっと大袈裟)を生み出さなくてはならないわけです。
初めてデビュー作品を創る自分が実行したアクションは5つありました。

1.世界観・女性像を決める
自分の好きな世界観を徹底的に掘り下げ、目指す女性像を設定し作品の方向性を決める。

2.自分らしい技術で表現する
自分らしいエッセンス(記号)が入ったデザイン構成でヘアスタイル表現する。

3.素材を厳選する
目指す世界観にマッチするモデル、髪の条件、雰囲気、身長や体形、骨格など素材を吟味、重要視する。

4.徹底した蜜なコミュニケーション
カメラマンとの綿密な打ち合わせで作品の方向性を共有する。撮影チーム内でのリーダーシップをとる。

5. 効果的なアウトプットを考える
撮影した作品のその後の誌面構成、ページネイションまで想定した作品創りを目指す。

1の「世界観・女性像を決める」では作品のテイストや世界観はすでに決まっていました。映画や漫画などの世界観からインスパイアされ、「コナン・ザ・グレート」、「ハイランダー」、「ベルセルク」や「デビルマン」などのダークファンタジーでゴシック、デカダンスなイメージソースを昇華させました。

2の「自分らしい技術で表現」は、倦厭されがちで手の込んだヘアスタイルを敢えてやろうと決め、当時、日本ヘアデザイン協会のヘアコンテストで全国優勝を果たした際に創った細かい編み込みで構成されたヘアスタイルを撮影用にさらにブラッシュアップしてよりテクニカルなヘアスタイルを表現しようとしていました。デッサンを描いて、ドールウィッグで試作を繰り返し相当練習しまくりました。

3の「素材を厳選する」ですが、モデルもある意味素材なので、粘りに粘って納得のいくモデルを厳選し、決まったのは撮影の三日前という超ギリギリ。衣装はいつも自分が好きで着ていた5351プールオムのプレスに連絡して、コレクションラインの衣装を貸していただけないかというお願いをし、ブランドクレジットを掲載する形で、衣装を貸していただきました。

4の「徹底したコミュニケーション」では、カメラマンとの打ち合わせを相当綿密に行いました。今まで見た映画のパンフレットや漫画、画集なんかをを数十冊テーブルにならべて、こういった世界観で作品撮影をしたいと熱くプレゼン。こっちが本気を示したら、相手も本気にならざる負えない状況を演出し、気持ちをしっかりと掴みました(笑)。

5の「効果的なアウトプット」は、いまでこそSNSやWEBで発信して多くの方に作品を観ていただける時代になりましたが、当時は美容業界誌しか作品を載せられる媒体はなく、ここでしか表現の場はなかったわけです。ページの構成やインタビュー記事の校正も真剣です。やっとデビューページで初の業界誌掲載を果たすわけなので、何を魅せるかも大切ですが、何を伝えるかもしっかりと考え、ページネイションしました。

始めての作品撮影でしたが、準備し過ぎるくらい準備し、徹底的に拘り抜き、まだまだ荒い仕上がりでしたが、作品創作のスタートとしては大変満足のいく仕上がりとなりました。

noteその2 作品

自衛隊を辞めてから、実に10年、紆余曲折やっとスタートラインにたった気分でした。

作品が掲載された雑誌は田舎の美容師でもある母親に送ったりして、
相当浮足立ってました(笑)。

そして、とうとうJHAのノミネート作品がその年の年末に発表されました。
もちろん我が渾身の作品もノミネート対象で、まずは第一関門であるノミネートを果すことができました。

まだまだ喜ぶのは早い!

でもでもノミネートされるだけでも一喜一憂、凄いことなんだということを実感しながら、いよいよ授賞式当日を迎えます。

恵比寿ガーデンホールにて、最優秀新人賞の発表の瞬間。

最優秀新人賞は・・・・・・原田忠・・・・、と!!!

自分の名前呼が呼ばれた瞬間、
願えば叶う、夢は叶うんだと、
やっと自分が、認められたという実感でした。

「人生は、早々に変わるものではない」この言葉は
自衛隊を辞める時、当時の隊長から言われた重い一言。

自衛隊を辞める際に、何度も説得されました。
航空管制官は3000人にひとりしかなれないという狭き門であり、なろうと思ってなれるものでもなく、適正と強い精神力を併せ持つ人間のみが人の命を預かる仕事を全うできる。そんな誇らしい仕事に選ばれた人間がなぜ辞める選択肢を選ぶのか・・・・?それを投げうってでも、それに勝る人生を生きる道をお前は見つけられるのか?
そういった思いからの、一言であったと思います。

若かった自分は、自分が辞めたことを正当化するため、その言われた言葉への悔しさ、反骨精神で、早々に見返してやろうとずいぶん意気込んでいたのを思い出します。やはり現実は早々に上手くいくはずもなく、ずいぶんと遠回りしてきました。

たしかに早々に変わるものではなかった・・・・・。

ただ、今思えば、「どんな時も焦らず、ゆっくりでも進みなさい」という
隊長からのエール
だったのかもしれない。

今はそんな風に思います・・・・。


そしてこれからが更なるクリエイティブな世界へと進む一歩となります。
作品集「原田忠全部」巻末のこのデビュー作品の解説にはこのように書き記してます。

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自分は何者なのか。
自分はどこから来てどこへ向かうのか。
たどり着いたその先には
何が待っているのか……。
自分探しの旅がここから始まった。

自分が美容業界の中で、必死に居場所を探し続け、
挫折を乗り越え、様々な葛藤とプレッシャーの中、

勝ち取った記念すべきデビュー作品でした。


さて、次回は、続JHA攻略ということで、
まさかのいきなりJHAグランプリを獲得した作品のお話をしたいと思います。

是非、楽しみにしていてください!

ではでは! 皆さんお体ご自愛ください!
こちらHPになります!ご興味のある方は是非‼️ https://www.haradatadashizenbu.com


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⭐️資生堂トップヘアメイクアップアーティスト原田忠のクリエイティブに関わるアレやコレを徒然なるままに記事化してます‼️ ご興味のある方は是非😉 HPはこちら➡️https://www.haradatadashizenbu.com/
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