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文筆と掃除と 【ショートエッセイ】

街に暮らすなら、こんな午後はきっとカフェに出向いてる。
ちょうどいい窓際の席で、ちょっとだけ長居。
珈琲と旅と音楽の特集だと買いがちな雑誌、現代アートを眺めるみたいに紙面の画と文字を摂取する。
いい感じに深みにはまってきたら、小説の残りを読むことにする。
のどかな景色と水平線が、果てしなさと永遠を思わせる。
ため息の出るような、太刀打ちもできないような時間と距離を。

途方に暮れるなら、こんな夜はラウンジのソファに埋もれて微睡む。
高い天井と完璧なグリーンの配置、ガラス越しに飛ぶ蝙蝠の透ける翼。
どこにいても同じような過ごし方になるようだ。
身体を楽にして、喉を潤して、読み物をじっくりと取り込んで。
ビロードのような南の夜空、眠りと夢に誘い込む。
飽き飽きするような、揺るぎなく美しい景観と贅沢な夜更かしを。

どこにも行かない晩もいい。
エナジードリンクを飲みながら見る動画。
乾いたシーツに包まれて、いつか別れた猫を思って小さく泣いて。
もたれたままで寝返りして、水色に沈みゆく静かな部屋に溶けていく。
だんだん眠くなる穏やかな夜中。
どんどん軽くなる意識と身体。

際限なく浮かんで飛びまわる思いつきと発想と言葉を、捕まえては記してまた逃して、キャッチアンドリリースにくたびれる。濃密で芳醇で重厚な時間の重なり合い。穴でも開けて空気を通すようなつもりで、激しい曲で切り込む先からまた流れ出すイメージと色と形のエンドレス。振り返れば満員電車さながらにぎゅうぎゅう詰めのビジョンか何か形のない発想の種と発芽する若葉と延々伸びゆく茎、やがて木になり、枝分かれしては実をつける。艶やかな実、おぞましいほど美しい実、小ぶりでかわいい実、同じ木になるとは思えないような果実の収穫に追われる草と枝をかき分けてその実に手が触れたとき、弾けるのは世界のほうで、それもまた花火みたいに輝かしく煌めいて、床に落ちたかけらはまた種となり、芽を出して、育ち、繰り返す。悪くない、しかし片付かない。追いかけてくるわけもなく、ただ浮かんでは宙を、視界を埋めていくその事象を整頓して並べて仕舞うように文字を並べて言葉にする、終わりのない行為。整った棚を確認するように、仕上げたものを読まずに眺める。表面の手触りで、出来上がりの精度を感じる。つるっとしてまとまっていても、物足りないもの。でこぼこの未完成でも、クセになるような味わいのあるもの、いろいろ。

ものを書くことは、新しい部屋を片付けて整えるのと似ているときがある。

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