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生きやすさと過ごしやすさ

わたしは、最近よく生きやすさ、過ごしやすさについてよく考えることがある。

わたし自身、軽度の難聴のお陰で他の人より不自由で生きにくいな…理解してもらえるとは思ってないけどお願いしながら一緒に進んでいかなきゃいけないという謙虚さが何よりこの病気がある上で大事で。そのことにとても苦しさを感じることがある。

難聴でも過ごしやすい世の中に…と願うことがあるけれど、難聴でも生きやすい、過ごしやすいって全然違うことだよな…と。

過ごしやすいって、共感してくれる人がたくさんいて、何か苦しくなっても本音を吐ける存在が身近に沢山いる世界のことだと思う。

生きやすいは、難聴でもどんな病気でも普通の人と変わらぬ扱いを受けながらも楽しく協調し合いながら同じ歩幅で歩んでいける世界。

どちらも、いい世界なのかもしれないけど、そんな世界存在しない。

ないものねだりだけがたくさん増えてく…。これからの人生同じような仲間のいる所に行き、過ごしやすさを求めて生きていくか、みんな平等に接してくれるような優しい世界を探しに行く旅に行くか…。

今のわたしにはどんな選択が正しいのかわからない。どうやってこれから進んで行こうか…

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