ハッピーシャイン

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志望理由書

自分の目標は、地方の都市計画やインフラ整備において、自分の知識や技術を生かし社会に貢献することである。その中で建設業、特に測量の技術を生かしながら働いていきたいと考えている。貴社では、最先端の測量技術に触れながら自分自身の成長、そして会社の発展のために働いていきたい。そして自らの技術で、社会に貢献できる仕事をしていきたい。 私は大学時代に、国際地域学部という学部で勉学に励み、都市計画を専攻とするゼミナールに所属していた。国内外を研究舞台とする仲間と共に高め合い、自分の知見を

    • 浪江で1ヶ月お店を開けて分かったこと

      こんばんは。 6/27の営業が終わり1ヶ月の営業の振り返りをしたいと思います。 悩んだのは以下の3点です。 ①営業スタイル ②価格帯 ③この町で挑戦することの難しさ ①営業スタイルについて まずは、営業スタイルですね。  僕の売りはやっぱり「圧倒的コミュ力」ですね。自分の中では、この圧倒的コミュ力を担うのは「圧倒的な情報量」と「圧倒的な熱量」だと思っています。特に浪江町に関しては、情報を常に手に入れるように感度を高く保っているので、込み入った話ができたりするのは、地味に当

      • 結局、20年後はどうなるの?

        こんばんは。 すみません、取り乱してしまいます。 そして自分の影響力が少なくはないこともわかりながらこれからの内容を書きます。あくまでも全て個人の見解です。 僕は4月から浪江に帰ってきて、様々な大人が頑張っている姿を目にしてきました。その姿は、ただただ「リアル」でした。その一言につきます。 浪江の復興のため、町に活気を戻すため、頑張っている人がいる。自分の住んできた地区の土地を、後世にも残そうともがいている人がいる。そして、頑張って働いている人たちのために、ご飯を作り

        • しようがない

          僕の人生の中で「しょうがない」事はたくさんあった。 あくまでも僕の中の、僕の感情ではあるが、 ・震災があって人生が変わった事は「しょうがない」  だってあんな自然災害、誰にもどうしようもない。 ・なかなか馴染めないと思いながら過ごしていたあの頃も「しょうがない」  俺なんて周りよりバスケ下手だし、欠点なんてたくさんあるし。 ・あの時あの子と別れたのも「しょうがない」  俺とあの子じゃ、将来の過ごす場所と夢が異なりすぎる。 ・自分の母校の小学校が取り壊される「しょうがない」

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        • 浪江町の幸せを呼ぶBar
          2本

        記事

          今日のボトル3

          今日は、「ドランブイ」について紹介していきます。 ドランブイは、僕の好きなカクテルの一つであり食前酒としても有名な「ラスティネイル」というカクテルによく使われるリキュールです。僕全然詳しくないんですが、「Rusty Nail」っていうX Japanの曲があるらいいですね。 ドランブイに関しては、このサイトで勉強をして参ります。 なんかすごい大作になりそうな予感が半端ないサイトです。 ドランブイだけで、その3までありますからね。 (追記:予想どおり大作になったので、ものすごく

          今日のボトル2

          3/28 今回は、誰もが一度は目にしたことあるボトル「カンパリ(Campari)」をご紹介します。 カンパリは、似たボトルに「アペロール」と言うものがありますが、どちらもイタリアが発祥です。イタリアにはなくてはいけないお酒の一種と言っても過言ではありません。実際僕がイタリアに(夏に)いった時にも、多くの人が昼間っから「アペロールスプリッツァー」を飲んでました。簡単に言うと、アペロールのイタリアスパークリングワイン割ですね。正直これめちゃくちゃ映えます。 と、カンパリの話に

          今日のボトル2

          今日のボトル 1

          3/28  首都圏では、新型コロナウイルスの影響で外出自粛の要請が出てます。 暇を持て余し、お酒の勉強も改めてしないと思って、これから更新していきます。 お酒の勉強をと思った理由の一つは、今度Barをオープンするのですが、お恥ずかしながら私がBartendarとしてお酒を扱っていたのは実質半年ほど。 確かに同年代の中ではお酒の良し悪し、多少上手く作れたりするかもしれませんが、僕がこれからやるのは、お金をとる商売。それに見合うだけの技術は元とより、知識もなくてはいけません。特

          今日のボトル 1

          ここで振り返る浪江町〜浪江町の産業編〜

          今日は浪江町を客観的にみたいなと思いました。 奇しくも卒論では浪江町の事業者に焦点を当てていた私ですので、 とりあえず今日は事業者に焦点を当てていこうと思います。 震災前の産業ここではブログなので、基本的に私見入りまくりで書いていきます。 震災前の浪江町の産業 ・3大工場 「日立化成」「日本ブレーキ」「SS製薬」ですね。 ・飲食店の数がものすごく多い。 (周辺の町からも「食うなら浪江にいこうぜ」的なノリがあった。) ・地元企業の力が強い=自立している人が多い ・原発関連会社

          ここで振り返る浪江町〜浪江町の産業編〜

          「ふくしま駅伝」というふくしまの謎イベント。そして「コスモマラソン」。

          こんばんは。 22歳になりました山本です。 22歳の抱負は、浪江で一旗上げることです。(笑) 正直に具体的にいうと、あんまり言ってませんが、お店をしっかりオープンさせることと、大堀小の存続をさせる土台をつくこと、そして密かに企んでいるのがマラソン大会の復活、この3つです。 今日は3つ目のマラソン大会について詳しく書きたいです。 福島県には11月に謎の風物詩「ふくしま駅伝」というものがあります。 (参照:自分の写真。福島民報の紙面撮ったかな?) https://ekide

          「ふくしま駅伝」というふくしまの謎イベント。そして「コスモマラソン」。

          僕が素敵だなと思うもの。そして、大堀小再生の糸口。

          浪江町の隣は小高と呼ばれる街です。 駅のマークがある「小高」というところですね。 僕が小さい頃は小高町だったので、南相馬市に合併された時は衝撃でした。 「あ、町が変わった。」そんな感じでした。 と、そんな小高ですが、震災後は浪江町と同様に一時的な避難指示区域になっておりました。 原発事故前の人口は12,000人ほどで、現在は3,600人ほど。https://www.city.minamisoma.lg.jp/material/files/group/11/kyojyuuj

          僕が素敵だなと思うもの。そして、大堀小再生の糸口。

          目の前が帰還困難区域の小学校。「学校って最後の砦じゃね?」

          浪江町は大堀地区。 僕の本当の生まれ故郷であり、伝統工芸品大堀相馬焼の発祥の地。 細かい話になってしまうんだけど、県道35号線から西側は帰還困難区域で、その道路で人の生活ができるところとできないところに分かれていて。 僕の母校、大堀小学校は人が住める側から1kmぐらい行った本当にギリギリにある。 (大堀幼稚園の真隣が小学校ですね。) ちなみに2016年時点の小学校はこんな感じ。 現在もあんまり変わらないです。 (参照:http://namieseoffice.seesaa

          目の前が帰還困難区域の小学校。「学校って最後の砦じゃね?」

          決断と今後

          報告です。 来年4月から浪江町に戻り、実家の仕事を継ぐことになりました山本幸輝です。知ってる方もいるかもしれませんが、実家は建設業会社です。 実際は来年1年間仙台で専門学生ですが、学校がない日は浪江で親父の仕事を手伝う日々を過ごしていきます。 (撮影by友達。底上げ年末マラソンより。) 大学4年間非常に回り道をした僕でしたが、僕の中では全てが繋がっていたと思っております。 人と人との出会いは僕に知恵と今後の希望を与えてくれ、お酒は僕の生き方を決めてくれた。そして何より、家